第19話 定期採集依頼:竜骨結晶

 プラクシスタワー最上層。だだっ広いわりに薄暗く、無機質な局長室に男が二人。

 一人は昼間の光で真っ白に眩い窓を背に、デスクに肘をついている局長。眼鏡が光を反射していて、その瞳がどこを見ているかはわからない。


「決行は来週の『竜骨結晶定期採集依頼』だよ?」


 局長の言葉に答えるのは、不敵に笑う最強のオルガノン。ミナト・クゼ。


「そいつらを倒せば、世界は平和に近づくんだろ?」

「ああ。敵の名は回命教。ネオ・アイチにドラッグを流通させている危険な宗教団体だよ」


 ミナトは心の中で闘志を燃やす。


(待ってろよキセナ。俺が必ず、世界を平和にしてみせるからな……っ!)


   ☆



 局長室とは打って変わって、地下のような暗黒を燈火が照らす薄暗さの空間。三方の壁には、常人には読めないような呪文らしき文字列が記された和紙が整然と貼られ、部屋の中には焚かれた香の煙が漂っている。

 その部屋には、修行用の真っ白な和服に身を包んだ信者たちがすし詰めとなって、みな一様に一方向へ頭を垂れている。


「来週には、竜心丹が再び手に入ります。ヒデオ、リツト、頼みましたよ」


 御簾の向こうから、声が聞こえる。男とも女とも、若者とも老人とも取れぬ不思議な声。穏やかで、声を聴くだけで安心感と信頼感が生まれてくる声だった。

 それはもちろん、信者たちが頭を垂れて尊崇する教祖の声だ。


 名前を呼ばれた少年二人は、使命感に満ちた顔を上げ、返事をする。


「「はい! お任せください、サイラ様!」」



   ☆



『オレには、どうしても成し遂げたい復讐がある。だけど今はまだ、仇が誰なのかもわからない状態で……。ただ、この復讐はオレ一人の自己満足のためだけじゃないんだ。うまくいったら、世界は今よりずっと良くなるハズだ』


 復讐という言葉に、キセナもネオンも共感するところはある。けれどそれ以上に、気になるところがある。


(仇がわからないのに復讐ぅ~?)

(世界が良くなるって、どういう意味?)


『だから……だから二人ともっ! オレの復讐に手を貸してほしい!』


 本当は、ユーゴは二人を手駒にする予定だった。自分は裏で計画を進めながら指示を出し、思い通りに動かそうと考えていた。けれど、その計画は今や難しい。なぜなら、この二人には計画していた脅しは通用しないようだし、そもそも指示を出しても想定通りに動いてはくれなそうだからだ。

 それでも、キセナの身体能力と、ネオンの開発能力は復讐に必須だ。


 だから、ユーゴの言葉は、心の底から出た願いそのものだった。


 大きなガレージは、静寂に包まれている。二人に背を向けているユーゴには、二人が要求を吟味しているだろうことしかわからない。

 様子を窺うかどうか、迷う。


 携帯を握り締めて寝っ転がるユーゴの遥か後方で、キセナは顎に手を当てて思案していた。ネオンは頭の後ろで手を組んで、天井を見上げる。二人とも、迷っていた。これまであったこと、先ほどの言葉、そして自分の復讐とユーゴの能力について、無数の腕が伸びる複雑な天秤に、慎重に錘を乗せてバランスを取るように、想像して、計算して、勘案する。


まず口を開いたのはキセナだった。


「もちろん、あなたも私たちの復讐に協力してくれるんですよね?」

『ああ……! 約束する』

「まあ、地表のガレージ好きに使っていいなら、手伝ってやらなくもないケド?」

『本当か!? 好きに使ってくれ。そのために色々と準備もしている』


 話はまとまった。

 こうして、ここに、三人の復讐者が集まった。



   ☆



 少しだけ状況を整理しよう。


 キセナは、プラクシスのエース、最強のオルガノンと言われるミナト・クゼに復讐しようとしている。

 その理由は、告白にOKを出さなかっただけでオルガノンとしての役割を奪われ、平和とは程遠いクレタ村の警察に左遷されたから。

 復讐の方法は、スケルトン戦で勝利することで、今なお続くミナトの不敗神話を崩壊させることだ。

 しかし、一つ誤解がある。ミナト・クゼは振られた腹いせにキセナを左遷させたワケではない。むしろ惚れたキセナが平和を望んでいたから、一見すると平和に見えるクレタ村で、戦闘の機会が少ないポリスへと配属させたのだ。結果的には最悪だが、良かれと思ってやったコトだった。


 ネオンも、ミナト・クゼに復讐しようとしている。加えて、パンタレイグループにも。

 その理由はそれぞれ異なる。ミナトの方は、ネオンが丹精込めて作り上げた新型スケルトン、シラヌイを鹵獲もせずに木っ端微塵にしたから。パンタレイグループには、自分が騙していたことを棚上げして、処刑される恐れを与えてきたから。

 復讐の方法は、ミナトの方はキセナに自作のスケルトンで倒してもらう。パンタレイグループの方は、最強たるミナトを倒せるほどのスケルトンを作れることをアピールして見せつけてやる。

 しかし、ここにも誤解がある。ネオンの作ったシラヌイを倒したのはキセナだし、木っ端微塵にしたのはキセナの居た部隊の隊長であるコウジ・イシジマである。ミナト・クゼはただ、新型を倒した名声によってキセナが無益な争いに巻き込まれないように、功績を肩代わりしているだけだ。


 ユーゴの復讐対象は、未だ明確でない。

 ミナナカ姓を隠していることは、復讐の理由と無関係ではあるまい。

 スパルタンズを利用してキセナとネオンを捕らえ、手駒とする計画は失敗した。それでもどうにか協力関係にはこぎつけて、参謀としての立ち位置を狙う。キセナは情報網も持たず、フィジカル頼りで計画立案能力は低い。ネオンは自分の開発ができれば良いと考えているし、その他の面倒ごとにかかずらうのを嫌う。

 だから、実質的には何も問題ない。


 これが現状。

 そして、ユーゴが最初の作戦を二人に説明する。



   ☆



『まずするべきは、ガレージの有効化アクティベートだ』

「ちょい待ち、自由に使えるんじゃないの!?」

『今はまだ、できない。オレ(とスパルタンズの馬鹿ども)だけでは、どのみち宝の持ち腐れになるからな。二人の力も必要だ』

「詐欺じゃんそれー!」


 楽しみにしていたおもちゃを取り上げられた子供のように、ネオンは口を尖らせて抗議する。

 一方で、キセナは必要と言われたことに反応する。


「私たちに何をさせるつもりですか?」

『簡単な配達だよ。天蓋大陸こっちから地表へのな』

「そんなことが可能なんですか?」

『意外とな。汚染対策で逆は難しいが、こっちから持ち込むのは案外簡単なんだ。適当な依頼に便乗して機体を降ろすときに、コンテナにでも乗せとけばいい』


 ユーゴの言葉に、ネオンがさらに嚙みついた。


「それってさあ、あたし要らなくない? 二人で降りる必要ないよね」

『まあな。ただ、名前だけ貸してくれ。元プラクシスのキセナの名前で依頼に出るワケにはいかないからな。その点、ネオン・キサラガワの名前はまだどこにも出ていない。年齢も近いし、キセナが騙っても疑われないだろう』

「あたしオルガノンのライセンス持ってないけど?」

『それくらいは偽造できるさ。とりあえず依頼を申請する』

「は? ちょっ」


 ネオンの制止は間に合わず、すぐに依頼内容のスクリーンショットが二人の携帯に届いた。


『依頼は有住グループが出している竜骨結晶の定期採集以来だ』



   ☆



 薄暗く、狭く、インスタント食品の残骸が散乱した室内。ベッドやテーブルの起伏が見えることから、そこが居住空間であるとわかる。唯一の光源である携帯のバックライトが、一人の男の顔を照らしている。

 無精ひげの生えた、日々の労苦が刻まれた顔。


「なんか…………なんもねえなあ…………」


 虚ろな瞳で見つめる画面は、惰性のままに幾度もスクロールされ、大量の文字列が流れては消えていく。

 いつものように、時間とともに意識が溶けて眠るのを待つばかりかと思っていた男は、文字列の中に光を見た。


 流星のようだった。


 慌ててスクロールする指を止めて、文字列を掘り返す。


「依頼参加者……ネオン・!? 逃げた技術屋の関係者か!? こりゃ俺にも運が回ってきたかあ!?」

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