第18話 復讐者集結
ユーゴ・ミナナカは暗く狭い通気ダクトの中を、携帯のライトで照らしながら這い進んでいた。
(くそっ、どうしてオレがこんなことを……)
もともとは、キセナを誘導して罠にかけるための潜入経路だった。スパルタンズの面々に見つからず、ガレージまで行ける直通経路。本来は頃合いを見計らって2RSを操作させ、スケルトンの人間離れした力で捕縛するつもりだった。
しかし、キセナは正面から突入し、銃撃を受けた。生きていたとしても虫の息だろう。計画への利用は諦めるほかない。
状況は自分の目で確認したいが、スパルタンズに姿を晒すワケにはいかない。ユーゴは自らスケルトンを操縦することで、キセナが撃たれた現場へ向かおうとしていた。
本来なら、部屋のモニタで確認できることだ。だがユーゴは混乱して、現実を認めたくなくて、半ば逃避する形で外に飛び出した。煙が晴れた後の映像を想像するだけで、立っていられなくなりそうだった。
全身に無数の風穴を空け、大量の血液と肉片をあたりにぶちまけて倒れるキセナ。シルエットだけは人の形をしているのに、その表面はぐちゃぐちゃに潰れて、赤黒く染まった繊維がこびりつくように包んでいる。整った顔立ちも、鍛えられた筋肉も一緒くたになって、横倒しになった金属扉の上で粗挽き肉となっているだろう。
そんな現実を目の当たりにする瞬間を、できるだけ後回しにしようとして、ユーゴは今、這っている。運動不足で進みは遅く、汗が噴き出している。感情の制御も効かなくて、涙も溢れる。体液で床を濡らしながら進む姿は、まるでカタツムリかナメクジのようだった。
☆
キセナとネオンが談笑していると、壁の方から物音がした。見ると、壁面高さ2 mほどに据え付けられた換気扇を外して、顔面蒼白の若い男が這い出てくるところだった。両腕を穴から出して壁を押し、上半身まで外に持ってくると、重力に引かれてだらりと垂れる。
傍から見ていると物干し竿にぶら下がったような姿で、男は数秒ほど動きを止めた。迷っているようだった。
確かに、これ以上出てくれば頭から床に落ちる。かと言って、もう上半身まで出てしまったから引っ込むこともできない。
男はやがて覚悟を決めたのか、身をよじって穴から腰まで出す。そこまで出れば足は簡単に抜けて、案の定、床に落ちる。
「うっ」
男は受け身も取れずに、呻き声を漏らした。
そして、のそのそと身体を起こして、呆然とした顔でキセナとネオンを見つめた。
「何が、どうなってる……?」
「それは……」
「こっちのセリフだよねー」
キセナが見るに、男の身体能力はデスクワーク中心の事務屋よりも低い。運動神経云々というよりは、純粋に体力がなさそうだった。おまけに基本的な運動の経験が無い。だから自分の身体の動かし方もロクにわかっていない、そんな感じだ。
大体、纏っている雰囲気がスパルタンズの構成員とは違う。スパルタンズはなんだかんだ体育会系、とにかく自分を大きく見せようとしているのか声も身振りもハッキリしている。一方で目の前の男は、むしろ自分を小さく小さく見せようとしているような、影に潜み隙間に隠れようとしてきた人間特有の、窮屈そうな素振りが見える。
「とりあえず、名乗っていただけますか?」
キセナが誰何すると、男は緩慢な動作で立ち上がって、いそいそと近づいてきた。そしてキセナとネオンから約5 mほど離れた位置で立ち止まって、ぼそぼそと小声で名を名乗った。
「オレ、は……ユーゴ・タイラ……です。ええと、情報屋……です」
一拍。
……二拍。
…………三拍。
「「タイラー!?」」
キセナとネオンは、声を揃えて驚いた。
☆
ユーゴは、名字を隠していた。ミナナカ姓は、この世界の根幹に関わる人物との繋がりを示唆するから。その繋がりを悟られると、復讐がやりにくくなるから。
だから、名乗る必要がある時には、ユーゴ・タイラと名乗ることを決めていた。
名乗ったのは、今回が初めてだった。
そもそも、他者と面と向かって言葉を交わすこと自体、ユーゴにとっては十数年ぶりで、ましてや相手はキラキラと汗を滴らせる若い女性が、二人。ネオンはスケルトン操作のために薄着だし、キセナも大立ち回りをしたおかげでシャツが汗びっしょりになって、どちらもかなり色っぽい。
端的に言って、ユーゴは
挙動不審、という言葉は人付き合いが得意な人間の偏見とも言えるが、とにかく身体的距離は会話をするには遠く、そのくせ声は小さくて、目は泳ぎ、始終どこか身体を動かしている。
身体が遠いのは警戒と、接触に対する恐怖。心の距離がそのまま具象化された形で、お互いに手を伸ばして一歩ずつ歩み寄らなければ届かない間合いを保っている。
声が小さいのは、今まで大声を出さないようにしてきたからと、通信では声を張る必要がなかったから。それでも生身を人前に晒していることで、普段より声は小さくなっている。
目が泳いでいるのは、相手の視線を意識してしまうから。自分が見ているところを相手に気取られることの気まずさと、自分が相手からジッと見つめられることに耐えられないから相手を見続けられない。加えて、普段はマルチモニターを流し見ていることも一因かもしれない。
最後、身体を動かす理由としては、緊張によって冷たくなった手足に血液を送って温めるため、少しでも他人の視線を顔から外させ、動いている身体の末端へ向けさせるため、どこかを動かしていないと口すら動かせなくなってしまいそうだから、といったところか。そもそも会話をしていて、口以外の部位を一切動かさない人がいたらそっちの方が不気味じゃあないだろうか。もちろん身体を動かす、にも色々な動かし方があって、手足の伸び縮みや、関節の捻り、手首をパタパタと動かして、風に吹かれる木の葉のように不規則に見えたら、警戒心も与えてしまうだろう。しかしユーゴの動きはあくまで貧乏ゆすりだったり、指先で軽くどこかを叩くだったり、自分の身体の一部に触れたり覆ったりと、決して強い違和感を与えるものではなかったというコトは、ユーゴの名誉のために申し添えておく。
でも、まあ、無様は無様だったワケで。
この場における格付けは完全に確定した。
一番上は、キセナ・ロウイン。結局単騎でスパルタンズの拠点を制圧してネオンが操る2RSとEXSを生身のまま破壊したのだから当然だ。
次点はネオン・キサラガワ。拠点を襲撃し、多数の構成員を瞬殺してきたキセナに対し、四機の2RSと一機のEXSを用いて一分以上持ちこたえた。自分の身こそ晒していないが、スパルタンズ側としては最大の戦果を挙げている。
一番下はもちろんユーゴ。三年かけた計画はぶち壊され、焦って外に出てきてみれば最も重要なキセナの拠点制圧は終わっていた。挙句、通信時とはかけ離れた醜態を見せた。
式にするとこうだ。
キセナ > ネオン >>> ユーゴ
(仕方がない)
(今は、それでいい)
(最終的に復讐が為されるのなら、オレは何度だって計画を立てるし、書き変える)
ユーゴはそっと壁際へ移動し、キセナとネオンに対してグループ通話を繋げた。
『見苦しい姿を見せてすまない。まずは、二人とも無事でよかっ、た……です』
同じ空間に居るとどうしても、相手の視線が気になってしまう。凝視されたことに気づいて、語尾に丁寧語をつけてしまった。これでは対等な関係など程遠い。
背を向ける恐怖と見られる緊張のどちらを取ろうか迷い、ユーゴは部屋の隅まで行って床に寝そべり丸くなった。
『訊きたいこともあるだろうが、まずはオレから説明させてほしい』
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