第17話 キセナ→キセのん

 かくして、キセナ・ロウインによるスパルタンズ拠点の制圧戦は終結した。


 敗北を悟ったネオンは2RS操作用ヘッドセットを外すと、手足のモーショントレーサーはそのままに操作室を出る。




 倒れる2RSから赤令を引き抜くキセナ。拍手をしながら、誰かが近づいてくる。先ほどまで戦っていた相手、つまりはこの組織のトップだろうと予想しながら振り返る。果たして、そこにいたのはキセナより一回り小さい若い女性だった。


「いやぁ~参った参った。煮るなり焼くなり好きにしなよ」

「あなたは……」


 見覚えがあった。

 駅で大荷物を抱えていた女性だ。ちょうどキセナと同じタイミングでクレタ村へ降り立った様子だった。


 だとすると、おかしい。来たばかりの人間が組織のトップになるだろうか。あるいはトップが出張中だったとして、あれほどの大荷物が必要になる出張とは何なのか。違和感がある。

 だが、まず聞くべきことは決まっていた。


「あなたがここのメカニックですか?」


 人質のノネ? そんなもの探せば見つかるだろう。

 ネオン・キサラガワ? 目の前の人間が協力してくれるなら必要ない。




 ネオンは困惑した。

 自分を処刑に来た相手から出た言葉とは思えなかった。

 おまけに、ここへ来たのは今日が初めてだ。すでに2RSの調整には手を付けていたが、それだけで「はいそうです」と答えて良いものかも悩ましい。


 続く言葉は、さらにネオンを悩ませた。


「私に協力してくれませんか?」


 本日二度目の協力依頼だった。

 そもそも攫われたのがスパルタンズに協力してほしいからだったのに、その組織が一人のポリスに潰されたと思ったら、今度はポリスからの協力依頼ときた。いつの間に世界のメカニック需要が高まっていたのか。求められるのは悪い気がしない。


 ところが、相手がポリスとなると少し都合が悪い。ネオンはあくまで自由な開発環境を得て、火嬬重工ひいてはパンタレイグループへ喧嘩を売り、己が技術で目にもの見せて復讐しようという気概でスパルタンズへの協力を了承したのだ。これがポリス相手となると自由も復讐もなくなる可能性がある。それは困る。

 一応、訊いてみた。


「それは……捜査協力的な感じですか?」

「いえ、私個人に協力してほしいのです」


 真っ直ぐな眼差しだった。

 しかしながら意味がわからない。ポリスの女が何だって個人的にメカニックを求めるのか。生身で2RSを凌駕できるのであれば、メカニックなど必要ないだろう。仮に何か必要があったとしても、ポリスならメカニックの伝手くらい持っていそうなものだ。


「個人的な、協力……」

「はい」

「一体、何をしてほしいんです?」

「ARSを一機。できれば、とびきり丈夫なモノを」


 ネオンは天を仰ぎ、情報を吟味しながら息を吐いた。

 合点はいった。確かに、ARSが必要なら本人の強さはそこまで関係ない。それどころか、並みの機体ならこの女の身体能力についていけない。

 ふと、ポリスはプラクシスの下部組織であることを思い出す。


(もしかしてこの人、元オルガノン?)


 そんな予想が浮かぶが、口では別のことを訊いていた。


「何に使うんですか?」

「復讐です」


 ネオンは心の中で口笛を吹く。


(おぉ~、あたしとおんなじじゃーん)


「世界最強、ミナト・クゼを倒します」


 目が点になった。

 目の前の女は、いまだ無敗の最強を倒すと言った。倒せると思っているのだ。自分なら、ARSさえあれば。


「それが、あんたの復讐の相手?」

「はい」


 ネオンの口角は、自然と上がっていた。最強へ挑む超人へ相応しい機体を作り上げる。なんと胸躍ることだろう。

 ネオンはワクワクしていた。

 なにより、ミナト・クゼはシラヌイ――ネオンが手塩にかけて作り上げた新型機――の仇だ。それを、自分の作ったARSで倒してくれる人が現れるとは、渡りに船じゃあないだろうか。


「先日、ミナト・クゼに呼び出され、告白されて……それを断ったらここに異動になりました」

「はぁ!? 最低じゃん何それ~っ!? 協力する、あたし協力するよ! 絶対その最低野郎をぶっ飛ばそう!」

「ありがとうございます……!」



   ☆



「ヘックション!!」


 ミナト・クゼが大きなくしゃみをした。

 場所はプラクシスタワー内、トレーニングルーム。ランニングマシンの上。


「どうしたミナト? 風邪でも引いたか?」

「いや……誰かが噂でもしてんのかな」

「ははは。確かに、バカは風邪を引かないものな」


 そう笑うのは、ミナトの戦友。カグ・ヒナゲシだ。ショートカットの髪とハスキーボイスからよく男性と間違われるが、れっきとした女性。制服姿ならともかく、トレーニングウェアなら一目瞭然だ。男性ファンも多くいるが、それ以上に女性隊員に大人気で、最強のミナトと人気を二分する存在。オルガノンとしての実力も高い。

 周囲からはミナトと付き合っているのではないか、と噂され、それを満更でもなく思っている。それが露骨に態度に出るため、カグの秘めたる思いに気づいていないのは、カグの周囲ではミナトだけ、という状況だ。

 今だってわざわざタイミングを見計らって、並んで走っている。


 ミナトがキセナに告白していることを、カグはまだ知らない。



   ☆



 キセナとネオン、二人は意気投合した。

 がっちりと、固い握手を交わし、協力体制を約束した。


「私はキセナ・ロウインです。よろしくお願いします」

「あたしはネオン・キサラガワ……です」

「ネオン、キサラガワ……?」


 キセナの反応を見て、思い出した。


(そういえばこの人、あたしを探してたんだっけ?)

「あー、はい。そうです」


 キセナは懐から端末を取り出して、画面とネオンを交互に見比べる。大方、学生証の写真を表示させているのだろう。


(まあ写真だとほとんど別人だし、そーなるよねー)

「可愛すぎてびっくりしました?」


 目の横でピースを作って、ウインクしてみる。メイドの時のキャラクターに似せて、わざとらしく振る舞う。


「まさか……ノネ、さんでも」

「ありまーす。助けに来てくれて、ありがとうございますっ」

(ロケラン撃っちゃったことは黙っておこ)


 キセナは自分の見る目の無さに少し落ち込んだ様子で、だけど心なしか打ち解けてくれたようだった。


「では、お店で訊いた時は」

「あー、あたしヤバい奴に追われてて……そっちの人かなーって思っちゃったんですよね」

「なるほど。ならネオンさんは今後、私がお守りします」


 誤魔化すための言い訳を言ったつもりだったのに、真っ直ぐに返された。

 どきり、とネオンの胸が打つ。

 嬉しかった。守ってくれるという言葉が、なぜか響いた。全身がくすぐったくて、どこか満たされる感覚。頬が火照り、全身から汗が吹き出した気がして少しだけ慌てる。これは2RSの操作で運動したから、なんて自分に言い訳しようとして、立ち止まる。


(なんであたし……いや、そっか。あたし、キセナさんと友だちになりたいんだ)

「さん付けなんてしないでいいです。ネオンって呼んでください」


 幼い頃から父親の背中を追って機械をいじり、同年代の友人はついぞできなかった。話が合わない、価値観も合わない相手と一緒にいるより、削り、組み立て、配線し、コードを書いている方がずっと楽しかった。だから、今まで友だちなんて要らないと思っていた。

 だけど、今、目の前のキセナという存在には驚かされて、興味を引かれて、それ以上にもっと仲良くなりたいと思っている。


 初めての感情に戸惑いながらも、心の底から出た言葉は、とびきりの笑顔も一緒に連れてきた。


 応えるように、キセナも笑う。


「なら……ネオン。私に敬称は不要です。ネオンの方が年上ですし」

「えっ、ウソ!? キセのん年下なの!?」

「ええ、まあ……22歳なので。ネオンは24歳でしょう?」


 さすがはポリス。個人情報もバッチリ把握しているし、年功序列がしっかりしている。

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