第16話 生身 vs EXS

『あとは――あなただけ、ですか』


 無数のモニターだけが並ぶ無人の室内で、スピーカーがキセナの処刑宣言にも等しい声を垂れ流す。

 部屋の主、ユーゴ・ミナナカはここにはいない。



   ☆



 全高5 mを超える巨大な強化外骨格――EXSへ、キセナは切先を突き付ける。

 見据えるのは胴体下部の、本来なら人間が立って乗る操縦席だ。分厚い強化ガラスに正面を保護されており、外からも中を見通せる。乗っているのは人間ではなく、2RSだ。それも限界まで装甲を削ぎ落した細身の軽量型。なるほど乗り込んで動かす都合上、どうしても質量のかさむ2RSではEXSへの負担が大きい。それゆえの軽量型というワケだ。


 そもそもEXSを2RSで動かそうという発想自体、珍しいものだ。

 加えて、キセナを囲むように襲った2RSはすべて囮、最初からEXSの起動を狙っていたのなると、かなり思い切りが良い。柔軟な思考と、計算に基づいた冷徹さ。キセナは相対しているのがこの組織のトップだろうと感じた。


 獲物があるとはいえ、人間の体格でその三倍近いEXSを相手取るのは難しい。正面から突っ込むには、集中する攻撃を避けて装甲を貫く必要がある。だが回り込むには、敵機の回転速度を上回る速度で移動しながら近づかなければならない。自身を中心として回るEXSに対し、キセナは外から大回りする必要があるため、必要な速度は相当なものになる。


(縮地は連続して使えない……赤令じゃ手足を斬り落とすのは難しい。さて、どうしようかしら)


 攻めあぐねるキセナに対して、EXSはリーチを生かして腕を伸ばす。掌は人間ほど自由度が無く、三本指が互い違いについたマジックアームのような構造をしている。丸太のような資材が掴めれば良いという単純な形だ。……それでも、捕まってしまえば全身の骨を折られて握り潰されるだろうが。

 指の広がりは、斬撃を嫌って控えめだ。躱せば開いて、迎え撃てば握ることができるだろう。


 バックステップで間合いを外してみるが、すぐに無意味だとわかる。


 ギュゥゥゥン!!!

 モーターが唸る。EXSの踵につけられたモーターはホイールを回し、EXSが滑るように前進する。突進にも似た速度。足で轢き殺すことも可能だろう。


(股下、いやっ)


 キセナは方向転換し、縮地。一気に壁際まで駆ける。

 そして壁を蹴り、跳躍。EXSの頭上を飛び越える。


 モーター駆動では、急な逆進は難しい。おまけに壁際では、上半身を真後ろに回転させるにも腕が壁とぶつかりかねず、速度を出せない。

 後は、EXSがどこまで壁に近づくかだけだった。早めに制動をかけていたら、飛び越えろところまで行かず、肩に着地していただろう。だが、敵はそうしなかった。壁との衝突ギリギリまで速度を出したから、肩を大きく越えることが――。


 宙を舞うキセナの視界に、アームの指先が映る。下から迫ってくる。EXSが伸ばしていた腕を、肩を軸として回転させることで縦に振り、ハンマーよろしく叩きつけに来たのだ。

 空中では身動きが取れないと見計らって。

 引き抜くために曲げていた肘が伸ばされる。アームは斜め下から、ほぼ正面の高さまで上がる。


 轟音が響き、部屋全体が揺れる。アームハンマーが壁を叩いて、約7 mの高さに大きな罅を作った。もしも人間が巻き込まれていたら、ぐしゃぐしゃの肉片となって飛び散っているだろう、そんな威力。




 攻撃を放ったネオンは、思わず「やったか!?」と口にしてしまうほどの、避けようのない一撃。




 粉塵が舞い、天井の破片がパラパラと落ちて――

 EXSが叩きつけた腕の下に、キセナはいない。


 横の壁に、ふわりと着地している。


 簡単なことだ。空中では、何もなければ身動きなど取れない。だが、天井に固定されたクレーンのフックが掴めたら?

 キセナは片腕で全身を引き寄せ、方向転換して、EXSのアームを回避したのだ。


 そして今は、両足が壁に触れている。


 縮地+斬撃。

 弾丸のように飛び出したキセナは、人間でいうアキレス腱、踵のホイール接続部へ斬りかかった。


 しかし、弾かれる。

 直前で、ネオンは左右のホイールを逆方向に回すことで下半身を回転させた。斬撃から足を守るだけでなく、回転の勢いでキセナを弾き、さらに飛ばすことまで成功した。


 受け身を取って転がり、すぐに立ち上がって剣を構えるキセナ。


 決定打にならない理由は、ひとえに敵が巨体だからだ。速度自体は2RSと大差ない。大差ない速度が出せているのも凄いことだが、きっとリミッターでも外しているのだろう。だがそんな速度でも、攻撃を当てるまでに必要な距離が、向こうからの攻撃が当たる範囲が、巨体のせいでかなり拡大している。

 そして巨体ゆえに、2RSでは有効だった打撃がほぼ無効化されている。


 向こうは、またも突進の構え。今度は片腕ではなく両腕を低く前に出している。


(これで決めるつもりね)


 再びモーターが唸りを上げる。僅かに遅れて、EXSが走り出す。

 キセナとEXSの位置関係は先ほどとは違う。縦長のガレージの端にEXSが居て、そこから少し中央寄りにキセナが居る。反対の壁まで逃げ切るには長いし、横の壁に寄っても回避は難しい。


 もとより不利な対戦である。キセナとしても短期決着を望むほかなかった。


(ごめんっ、赤令!)


 EXSの動き出しに合わせて、キセナは刀を投擲する。目標は当然操縦席。

 絶妙なタイミングで、EXS(ネオン)は刀を回避も迎撃もできない。けれど、する必要も無いと考えた。刀は強化ガラスに突き刺さるが、そこまで。ガラスが罅割れて視界を奪われることもないし、操縦している2RSに届くこともない。


 EXSが両腕でキセナに襲い掛かる。逃げ場など無い。


 だからキセナは前に出た。

 縮地+跳躍+蹴撃。つまるところは超速の飛び蹴りだ。対象は、強化ガラスに中途半端に刺さった愛刀・赤令。その柄頭である。


 EXSの突進の威力と、縮地の加速。それらが合わさり、蹴りの威力を増す。

 切先は操縦する2RSの喉元へ。鍔に当たって強化ガラスは砕け散り、赤令が操縦者の首を貫く。


 それだけだった。


 キセナは操縦者を蹴落とすことも、2RSを停止させることもできなかった。ARSと違い、2RSは首を損傷した程度では止まらない。だからEXSもまだ動く。

 かろうじて、2RSが振り落とされないよう席にしがみついたことで、僅かな時間だけEXSが止まった。けれどもその時間は、キセナが柄を蹴って地面に戻るまでの滞空だけで消費されてしまう。




 だから、EXSを操るネオンは、今度こそ勝利を確信した。

 ホイールが摩擦音を上げながら、一気に回転数を増す。急発進。


 そこで、ネオンは目が合った。


 到底常人には扱えない大口径。その銃口と。




 赤令の投擲、そこへ続く蹴りで倒せないのは、キセナの想定通りだった。

 目的は、あくまで邪魔なガラスをどかすこと。

 そしてキセナの足元には、ついさっき斬り落とした2RSの腕がある。常人には扱えない2RSの銃火器を手にした腕が。


 さて。ここで問いを一つ。

 キセナ・ロウインは常人だろうか。

 答えは否。断じて否だ。キセナの身体能力は超人的で、つまり常人には扱えない火器でもキセナであれば撃つことができるのだ。


 持ち上げ、構えたところでEXSが動き出す。

 その進路は真っ直ぐ。何も問題は無い。


 キセナが心内で愛刀に謝罪したのは、投げつけるからでも蹴り飛ばすからでもない。


 銃弾を叩きこむからだ。


(さようなら)


 爆音のような銃声が響く。

 弾丸は、寸分違わず操縦席にいる2RSの胴体の真ん中、人間では心臓がある部分に着弾して、今度こそ操縦席から弾き出した。同時に、胸が凹み、2RS自体も機能停止する。


 慣性で進むEXSは甲高い擦過音とともに速度を落とし、キセナの目の前で動きを止めた。

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