第15話 2RS×3

「は……? はぁ!?」


 声が出た。

 ネオン・キサラガワは一人、ガレージ脇にあるスケルトン操作室に引き籠って襲撃者が退治されるのを待っていた。上階には銃で武装したスパルタンズが数十人は控えていたから、いくらなんでもここまでは来ないだろうと思っていた。

 しかし同時に、心のどこかで、あの女は来るかもしれないとも思っていたのだろう。だから引き籠って戦う準備をしていた。


 メイドカフェで初めて見た時から、常人離れした圧を放っていたからだろうか。


 どうして自分にこれほどの刺客が遣わされたのかわからない。企業を騙して新技術の開発援助をさせたのがそんなにいけなかったのか。開発直後に破壊さえされなければ十分すぎるほどの恩恵を与えられたハズなのだが。


 とにかく、追手はガレージに踏み込んだ。それも、無傷で。


 もはや、ネオンを守る盾は操作室の壁一枚となった。この場を切り抜けるためには、ネオンが追手を倒すしかない。おそらく交渉の余地は無いのだから。


(逃げ場はない……上等じゃん! あたしだってやる時はやるんだから!)


 覚悟を決めて、一機の2RSを同期させる。不意を打つために、女の背後にある機体にした。



   ☆



 背負い投げは、関節を回しても防げない。

 地面に倒れ伏し、同期が一瞬だけ途絶えて動きが止まる。それは戦闘中において致命的な時間で、キセナはその隙に追撃を叩きこむ。

 2RSの胴体を踏み抜く。

 ズン!!! と轟音がガレージに響き、クレーンのフックを揺らした。天井からはパラパラと粉塵が落ちてくる。

 キセナが使ったのはいわゆる震脚で、まともに喰らった2RSの胴体はひしゃげ、半ばまで凹んで、隙間からは機械部品をだらしなくはみ出させている。2RSはARSと異なり、頭部を破壊すれば無力化できるワケではないが、動力部のある胴体を破壊されてしまったらさすがに動かない。


 キセナはあっという間に一体の2RSを、生身で破壊した。


 だが一体。あくまでも一体だ。

 周囲から、次々と2RSが起動する音が聞こえる。三体の2RSが動き出し、キセナを取り囲むように展開する。


(操作室が複数あるのか……訓練用のAIで動かしているのか。どちらにせよ、私の敵では……っ)


 気づけば、キセナは三体のうち一体の目の前にいる。

 縮地、と呼ばれる技術によってあたかも瞬間移動したと錯覚する高速移動をしたのだ。


 顎をかち上げる掌底を浴びせ、敵の視界を上方へ逸らすと同時に体勢を崩す。

 わけもわからぬ敵は、正常状態に戻ろうと顎を引き、そして足を下げて立て直そうとする。

 だが、立て直せない。

 足を下げる動きを誘発させたキセナは、その下げようとする足に自分の足を絡め、引き上げる。


 そこでようやく、他二体がキセナを捉えたのか動き出した。


(――遅い!)


 2RSの運動能力は、常人の数倍に及ぶとも言われている。駆け出し、姿勢を低くしていく。その動き出しを見れば、相手がタックルを狙っているのがわかる。到達までは、まだ一秒ほど猶予がある。

 足をかけた2RSが倒れ込むまでのコンマ数秒でそこまで把握したキセナは、2RSの金属製の背中が地面に落ちるのと同時に、胸板に拳を叩きつけた。

 自分自身も倒れ込みながら、体重を乗せた一撃。

 落下の衝撃も重ねられて、ただの一打で二機目も無力化する。


 そこへ目掛けて走り込む三機目。

 腰を落とし、頭を下げ、両腕を広げてのタックルだ。人間と2RSの質量差なら、ただのタックルでも十分すぎるほどの殺傷力がある。


 キセナの姿勢は崩れている。片足が浮いて、腰は折れ、上体は地面と平行だ。

 だが。


(当たらなければっ!)


 残った軸足が地面を蹴って、前方斜め上に飛ぶ。空中で前転するように身体を丸めることで、タックルから逃れる。

 2RSの手がキセナのポニーテールをほんのわずかに掠めたが、掴むには至らない。


 タックルの不発を悟った2RSは、すぐさま急制動をかけてターン、キセナへ向き直ろうとする。


(だから、遅いっ!)


 振り向いた時には、足払いを受けていた。

 キセナが横薙ぎに足を振り抜いても、2RSとは質量差があるため、軸足を真っ直ぐに蹴り抜き崩す。

 2RSは人間と違い、筋肉も腱も存在しない。伸縮による運動ではなく、関節部の軸を回転させることで運動している。そのため、上半身を起こす運動は基本的に腰部関節軸の回転によって実現される。だが上半身は脚部に比べて重く、瞬間的に上体を起こそうとすると巨大な角運動量が必要になる。それほどのトルクを発生させると、上体を起こすのではなく足を後ろに跳ね上げる動きになってしまう。


 つまり、2RSは構造上、操作が人間かAIかにかかわらず足払いに弱い。


 なす術なく重力に引かれる2RSの胴体へ、下へ潜り込んだキセナが蹴り上げを放つ。脚は相手の胸に垂直に。両手と片足は地面について、大地の重さを全身で伝える。人間の十数倍の質量があるハズの2RSが、浮いた。


(もう……一撃っ!)


 浮き上がった2RSの顎へ、立ち上がりながらさらなる蹴り上げ。軸足は地面と垂直に、上げた脚とのなす角は170°近い。

 空中で仰け反る2RS。

 キセナは片足で軽く飛び上がり――胸部を砕く踵落とし。それは隕石か落雷と見紛うばかりの速度と威力。そして轟音だった。一瞬のうちにキセナは片足を伸ばして屈んでおり、その足は仰向けに倒れた2RSの胸部に踵から突き刺さっていた。


 立て続けに二体を処理し、最後の2RSへ目を向ける。


 黒々とした銃口と目が合った。

 直後、銃口は火を噴き、弾を吐き出す。その銃の威力、弾丸の大きさは、上階でキセナが制圧してきた人間の持っていた銃とは比べ物にならない。当然だ。2RSの、機械の身体なら、人間には到底耐えられないような反動の銃でも軽々と扱えてしまう。2RS用の銃器が生まれるのはごくごく自然な流れであり、それがここにあるのもまた自然なことだった。


(これは――掴むのはさすがに無理そうね)


 一閃。

 赤い光が円弧を描く。

 ようやくキセナが抜いたのだ。愛刀――赤令を。

 抜刀で弾丸を真っ二つに斬り、弾道を逸らす。片割れはキセナの顔の横を抜け、僅かに髪を揺らした。


 ゆっくりと立ち上がり、正面に構える。


 片や大口径、片や日本刀だが、張り詰めた空気は西部劇のクイックドロウのようだ。隙を見せた方がやられる。タンブルウィードのように転がっていく2RSの頭。

 じりじりと、お互いに回り込むように動く。距離を、角度を、タイミングを計っている。


 合図は、ガゴン! という重たいロックが外れる音だった。


 キセナが縮地で飛び出し、銃口の内側、懐へ入り込んで赤令を縦に振り抜き、銃を持っていた右腕を落とす。しかしまだ無力化には至らない。そして、腕を斬り落とすまでに踏み込んでしまったから、続けて斬撃を加えるには距離が近すぎる状態になった。

 ここで安易に後ろへ退いたら、空いた左手に掴まれるだろう。2RSの握力ならば、どこを掴まれても致命傷になり得る。


 ならばどうするか。

 さらに踏み込み、密着する。肩を相手の胸板に当てる。


 お互いの動きが一瞬だけ止まる。


 2RSは混乱したようだ。斬撃もできない、両手で剣を持っているから殴ることも、投げることもできない。足は開いて、腰を落としているから蹴りや足払いも予想し難い。


 キセナは、ほとんど予備動作なく、僅かな踏み込みと体遣いで――勁を発した。

 足裏から腰、胴体、肩へと伝えられたエネルギーは、余すことなくインパクトへと転化される。

 結果、今までで一番の轟音を上げながら機体が吹っ飛び、二回、三回と転がりながら破壊された。


「あとは――あなただけ、ですか」

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