第14話 生身 vs 2RS

(待て。落ち着け。何が起きた?)


 ユーゴ・ミナナカは頭に手を当て、室内を右往左往しながら混乱を振り払うことに努める。

 キセナが持っていた端末はポケットにしまわれて、カメラは何も写さない。ただ、雨のような絶え間ない銃声だけをユーゴに聞かせている。


(なぜ撃たれた? オレはアイツらに殺さず捕らえるように…………言ってない、か……)


 スパルタンズのアジト内にある監視カメラの映像をモニタに出力させる。


(くそ、何も見えん!)


 アジトの入り口付近、突入したキセナが居るハズの空間には、銃撃によって巻き上げられた粉塵がもうもうと立ち込めて、人影すら見えないほどだ。


(どうする。今からあの女の代わりなんて用意できないぞ。……この三年の準備が水の泡? なんで突っ込んだ? なんで撃たれた? オレはどうすればいい? ここからできることがあるのか?)


 未だ鳴り響く銃声は、ユーゴの精神を追い立てる。

 混乱、不安、喪失感。宇宙に放り出されたような、地に足がつかない感覚だけがあって、画面の向こうの光景に現実味が感じられない。どこか空虚で、作り物めいていて、自分の心が現実に抗っているのかもしれないと、自分を外から見つめる自分を感じる。その外側にも自分が居て、壮大に仕掛けられたサプライズなんじゃないかと疑っている。その外側にも自分が居て、そんな都合の良い妄想をして何になると冷笑している。その外側の自分は焦り、何の手立ても思い浮かばないのにひたすらに動かなければと強迫観念に駆られている。

 万華鏡を覗いた時のような、フラクタル図形が成長する様を見ているような、自分自身という箱が無限に外側に開いていくような感覚。


 混沌の中で狂気に落ちたユーゴは、安全な部屋を飛び出して現場へ向かった。



   ☆



 銃声が次第に止んでいく。弾切れを起こしたのだろう。

 戦場の、嵐のような砲煙弾雨に比べたら、ほんの通り雨程度だとキセナは感じた。


 立ち込めていた煙が薄れていく。現れる人影はしっかと立っている。影はやがて実物となり、細部まで観察することが可能になる。


 無論、キセナ・ロウインは生きていた。


 降り注ぐ銃弾という銃弾を素手で掴み、指の間で受け止めて。


「この程度ですか」


 拠点の入り口は大きな広間になっており、その広間をぐるりと取り囲むように、二階部分に通路がある。その上に並んだ男たちはほとんどが銃を手にしており、銃撃をしてきたことは明らかだった。


「お返しします」


 指弾。指で弾くことでモノを撃ち出す技術で、掴んだ銃弾を撃ち返す。両手で、同時に複数発を放って、一秒と立たずに襲撃者を無力化した。

 無事なのは、リーダーらしき男ただ一人。銃を持っていなかったこと、訊きたいことがあったことから、キセナはあえて見逃したのだ。


 走り、跳び、壁を蹴って二階通路の床を掴むと、全身をふわりと浮かせてリーダーらしき男の前に着地する。


「あなた方が連れ去った女性はどこですか」


 軽い威圧のつもりだったのだが、男は腰を抜かして気絶してしまった。

 抵抗されるよりマシだと割り切って、キセナは拠点を探索する。


 屈んで耳を澄ます。聞こえる音を頼りに進む。それが話し声なら走って行って殴り飛ばす。それを三回ほど繰り返したところで、地下のガレージのような空間に辿り着いた。


 そこは高さ10 m、横50 m、奥行き30 mほどの地下としては広大な空間で、天井にはクレーンを動かすレール、壁面には複数体の2RS――Real Scale Remote Skeletonや大型の作業用強化外骨格、部屋の端にはエレベータも設置されている。

 かなり大掛かりなガレージ、といった様相だ。


(この拠点……使えそうね)


 もともと、キセナは己が復讐のため、利用できるメカニックを探していた。メカニックに関してはネオン・キサラガワという目途が立っていたが、メカニックを活かす設備に関しては検討していなかった。メカニックが自前のガレージを持っていれば御の字、くらいの意識。

 ガレージを目の当たりにして初めて、自分の考えの浅さを恥じる。


 同時に、自分の幸運も実感する。

 このままスパルタンズを全員逮捕し、設備を丸ごと接収してしまえば、打倒ミナト・クゼに一気に近づく。

 そう思えば俄然、制圧に力が入る。


 拉致されたノネというメイドからネオン・キサラガワへの伝手を得られれば、必要なモノは揃ったも同然だ。


 次に進むべきはどこか。

 キセナは目を閉じて耳を澄ませる。喧騒は聞こえず、静寂に包まれている。

 空調の音、自分の心音に紛れて、斜め後ろから微かな音が聞こえる。


(これは……金属の擦れる音? 機械、2RSの駆動音!)


 咄嗟に前へ、踏み出しながら振り返る。

 眼前には2RSの掌が迫る。


(――奇襲!? ですが)


 キセナは冷静に、真っ直ぐ伸ばされた腕をくぐって躱す。身体を反転させた直後、接敵に気づいて逆方向へ切り返したのだ。

 敵2RSの脇をすり抜けるように交差する。同時に、伸ばされた腕を掴んで捻り、関節を極め、投げようとする。


 しかし、人間大と言えど相手は機械。2RSの関節構造は人体とは異なり複数の軸を回転させる機構。その回転角に制限はない。


 微かなモーター音がするのみで、手応えは無かった。それどころか、2RSは首をぐるりと180°回転させてキセナの方を向いた。

 関節の回転だけで前後を入れ替えた2RSは、掴まれていない方の腕で殴り掛かってくる。


(これは、なんて滑らかな……)


 キセナはオルガノン、ARSという、2RSと基盤の技術を同じくするスケルトンの操作者だった。だから、知識としては知っていた。

 2RSは、ARSと同様に操作室に居る人間の動きをトレースして動いているのだ。

 しかし、人間には不可能な動きをした。これは2RSの操作システムに組み込まれた自動姿勢回復システムによるものだが、多くの場合は人間的な動きで同期を図ろうとする。最速・最短で同期させるために関節だけ回転させ、前後を入れ替えてしまうというのは異常……とまではいかないが何者かの手が加えられているのは明らか。


 人体でも、ARSでもありえない動きに虚を突かれたキセナは、拳を躱しきれず腕で受け流す。


(重い……! さすがは機械の身体!)


 シルエットは人間と大差なくとも、2RSの全身は機械仕掛け、総質量は人間の十数倍だ。直撃をもらえばただでは済まないと実感する。


 キセナの顔に、自然と笑みが浮かぶ。


 戦うのが楽しいのではない。調整された2RSが動いているということは、それを調整した人間が居て、操作する設備があるということだからだ。

 喜ばしいことだ。この組織を壊滅させれば、メカニックとARSを動かす設備は手に入ることが約束されたようなものなのだから。


 これから行われるのは戦いではない。

 キセナ・ロウインによる一方的な制圧だ。


 拳を受け流したキセナは、そのまま相手の腕を肩に担ぐ。両手で抱えて、反転。腰を相手の胴体の下に入れて、跳ね上げ、一本背負いで地面に叩きつける。


 関節を極めて投げられないなら、関節を極めずに投げればよいのだ。


 そんなシンプルな思想の一手である。しかし、スケルトン戦において投げというのは、非常に強力な一手でもあるのだ。なぜなら、機体が投げ飛ばされても操作者は投げ飛ばされないから。立った状態で振り返るなら関節を回転させるという手もあるが、立った状態と倒れた状態、乖離した二状態を同期させるのは自動制御でも人力でも難しい。


 姿勢を崩した相手に、キセナは容赦なく追撃を加える。

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