第13話 大声で名乗りを上げて突っ込むなんて無謀
ひと気のない路地裏までバイクを転がす。その場で襲撃者が来るケースも警戒していたが、特に何事もなかった。
「それでは、見せてください」
『あっ、ああ……オレがアンタの味方だって証拠だよな? ……画面を見てほしい。ソイツは、スパルタンズがやってきたコトのほんの一部に過ぎない』
端末に、複数のウィンドウで動画が表示される。
やはりこの情報屋はただ者ではない。
動画では、養鶏場が大炎上し、鶏の悲鳴がけたたましく木霊している。
別の動画では、簀巻きにされた男が川に投げ込まれ、流されている。
また別の動画では、学生服の少年少女が、銃を持った男どもに囲まれ、荷物を物色されている。
「これは、ひどいですね……」
(何よりひどいのは、こんなことがあっても事件にならないこの村のポリス、だけど)
『オレもこのクレタ村の住人でね。アイツらにも、アイツらを野放しにするポリスにも困ってたんだ。だからとっちめてくれるなら何でも協力するぜ。ただ、アンタは一人、向こうは何十人だ。大声で名乗りを上げて突っ込むなんて無謀はよしてくれ』
この言葉が本心かどうかはわからない。だが、建前上こう言ったということは、少なくとも騙すその瞬間までは、街とキセナを守ろうと動くはずだ。
「わかりました。私も、ヤツらが街中でいきなりロケットランチャーを使うとは思っておらず……。案内、よろしくお願いします」
『ああ。ヤツら、まだアンタが追ってないか警戒して街の外をグルグル回ってるから、もう少しそこで隠れていてくれ。アジトへ向かったらまた連絡する』
☆
ネオンは一通りの設備を見て回り、連れて来られた目的をおおよそ察していた。
(ははーん、あたしに地表で新型スケルトンを作らせようってことね。望むところじゃない。どのみち火嬬重工には戻れそうにないし、しばらくはここに厄介になろっかなー)
連れてくる手段が拉致というのはいただけないが、設備だけ見ればかなりの好待遇だった。大企業の研究開発施設には劣るものの、その辺の下請け町工場よりはずっと整っている。それもいまネオンが居る施設内に限らず、地表に設けられた工場まで含めて、だ。
ウキウキ気分で調整をしていると、不意に一つのことを思い出した。
シラヌイが破壊されたことだ。
自分が手塩にかけて育てたと言っても過言ではない新型スケルトンが、実践投入間近というところで襲撃され、自爆――テレポータドライバの過剰反応による質量エネルギー転化現象――に巻き込まれて消し飛ばされた。
(だけど、自爆する前に無力化されてた……。オルガノンはパンタレイ本社の人間だったのに、負けた。あー嫌なこと思い出してきたな)
そうして、企業を騙しながら作った新型を屠られて、詰め腹を切らされる前に逃げてきたのだ。
(そう、反省会の前に、あたしはあたしの身の安全を確保しなきゃ)
追手は、来た。
有住グループ企業軍警察、ポリスを名乗って。
もしも捕まったら、どうなってしまうのだろうか。追手は一人だけなのだろうか。ネオンを火嬬重工に潜入させてくれた情報屋――タイラーと言ったか――が保身のためにネオンを売ったのか。
(わかんない。だけど、これからお世話になる人たちに、あたしのせいで迷惑をかけることになる。それは良くない)
ネオンは立ち上がり、案内をしてくれた誘拐実行犯のリーダーを探すとこう伝えた。
「もし、さっきのポリスを名乗る女が来たら、絶対に逃がしちゃダメ。多分……あいつはあたしを追ってきてるの。ボスの言う通り、殺さずに捕まえられたらそれが一番なんだろうけど……難しそうなら、手段は選ばない方がいい」
ネオンは腰を九十度折り曲げ、頭を下げた。
「迷惑をかけてごめんなさい。でも、きっとあんたたちの力になるから!」
男の手を取り、身体と顔を近づける。
「お願い。あいつをやっつけて」
☆
キセナは森の中を疾走していた。管理されているのか計画的に作られたのか、木々の密度は決して高くなく、木漏れ日は穏やかで、吹き抜ける風は爽やかな草木の香りを運んでくる。キセナの駆るツグミはエンジン音も静かで、小鳥のさえずりまで聞こえてくる。
そして聞こえてくるのは、小鳥の声だけではない。
『その森を抜けるとヤツらのアジトが見えてくるハズ……だがバイクで正面から近づくのは目立ちすぎる。相手は街中でロケットランチャーをぶっ放すくらい頭の飛んだヤツらだ。アジトには銃火器だって山のようにある。だからオレが、気づかれないよう潜入できるよう誘導する』
(潜入……。人質だけをこっそり連れ戻して、それから? 人質の証言があっても、ポリスはきっと動かない。それじゃあ、ヤツらの悪行を裁くこともできない。だからできるなら、全員捕まえるべきよね。ロケットランチャーに、銃火器……流れ弾には気を付けないと――あれ?)
「アジトの周囲に民家や農地があるのですか?」
今、キセナが走っているのは森の中だ。
流れ弾に気を遣う必要などあるのだろうか。
『……いや、アジトは森に囲まれている』
「そう……ですよね」
(なら多少の荒事は覚悟して、直接乗り込んだ方が動きやすい。人質をかばいながら逃げ回る連中を逮捕拘束するより、人質を守ろうとするヤツらを全滅させて、最後に人質を救出する方が楽よ)
『頼むよキセナさん。オレはアンタみたいなポリスが来てくれるのを待って、ずっと準備してたんだ。ノネさんを助けて、犯罪の証拠を掴もう!』
声の主、情報屋のタイラーは、正義の味方が悪人を懲らしめるのがご所望だ。
だったらキセナは、全力でそれに応えるまで。
「ええ! 望むところです……っ!」
真っ直ぐに突っ込む。
今までずっと静かだったツグミが、鳴き声を上げる。急加速の傍らで、キセナはレバーを引き、捻る。
日本のアームが飛び出して、キセナに愛刀の赤令を献上する。
それを、アームごと取り外す。刀の鍔近くを持って取り上げただけだが、まるでアームが折れたかのように半ばから分離し、ついてくる。これがレバーを捻ったオプションだ。
キセナは赤令の掴んだ手を、腰の半ば、臍の下あたりに押し当てる。するとちょうど、折れたアームの根元は腰の横に当たって、ガチリ、と
手を離すと、赤令はキセナの腰にぴったりと固定されていた。
これで戦闘の準備は万端。
キセナは全身を使ってふわりと飛び上がり、ツグミの背に腰を落として立つ。
それはさながらサーフボードに乗っているようで、半身の姿勢で足を前後に開いている。
(見えた!)
目的地たるスパルタンズのアジト、鉄扉のついた家畜小屋のような建物がついに視界に入る。
(あれなら、大丈夫そうね)
森を抜ける。防衛用に、拠点周辺は切り開かれているらしい。
だが、最高速で突っ込むキセナには関係ない。気づいたころには到着している。
身体を揺らし、僅かにバイクをカーブさせ――そして、飛ぶ。
車体を蹴って、速度を増して。
キセナは50 m近くをひとっ飛びにして、固く閉ざされた分厚い鉄扉に、後ろ回し蹴りを放った。
パイルバンカーのような轟音が鳴り響く。
アジトの中に砂煙が舞う。
そこには、半円に凹んだ二枚の鉄扉と、それに押し倒された複数のスパルタンズ構成員。
そしてその上に立ち、逆光を浴びるキセナ・ロウインの姿があった。
「私はポリス! 警察です! 全員神妙にお縄に着きなさい!」
「撃てええええええええええええっ!!!!!!!!!!!!」
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