第12話 誘拐騒動 Side:キセナ

 最後に、一連の誘拐騒動をキセナの視点から追おう。


 キセナは『極楽昇天メイドカフェ&バー でっど♡らいん』の従業員ノネが攫われたと聞いて、店を飛び出し愛機ツグミに跨った。

 この時のキセナの心情は以下の通り。


・情報源を逃してなるものか。60%。

・警察として見逃せない。30%。

・支払いたくない。10%。


 支払いたくないという気持ちが混じっているということは、キセナは支払いもせずに飛び出したということだ。無銭飲食は警官にあるまじき行為だが、ぼったくりに対して支払う義務もない。


 そうして追いかけて、少しだけ迷った。追いついてノネを取り戻すか、尾行して本拠地まで案内してもらうか。ことを起こすにしても街中では被害が大きいため、つかず離れずの距離を保っていると――目が合った。


(気づかれた。なら……)


 呼び掛ける。


「私はポリス、警察です! そこの車、止まりなさい!」


 反応はない。時速80 kmで淡々と走り続けている。キセナを撒くでもなく、銃撃や煙幕で牽制してくることもない。もっとも、大型車でツグミに乗ったキセナを振り切ることはできないし、銃撃も煙幕もキセナには効果が薄い。


(対処するつもりはない……ならこのまま本拠地までついていくだけだけど……)


 あまりの無反応さに、違和感が募る。キセナの本能が警鐘を鳴らす。

 いざという時のため、保険として、キセナはポケットの小銭を握り締める。レジ前で散々出し渋って、財布に戻す時間が無かったのが幸いした。なぜ小銭なのか。それは、手頃な大きさで硬いからだ。本当なら貨幣よりも道端の石ころや氷などが主流だが、小銭でものに問題はない。


(飛び道具にしかならないけど、無いよりは……)


 角を曲がる、高架をくぐる、カーチェイスにもならないドライブでスリルは無い。本当に警戒する必要があるのか、そんな疑問が浮かび始めた時だ。


 ゆっくりと、後部のドアが上に開いていく。


(来た! ……ってあれは!?)


 開きかけのドアの隙間から覗いたのは、ロケットランチャーの弾頭。


(避ける?! いや、この距離だと誘導や起爆機能があったら避けきれない!)


 制動をかける。バイク全体を右へ九十度回転させ、車体を真横へ向けて摩擦を上げる。路面には二条の摩擦痕が引かれる。

 ほぼ同時に、ロケットが放たれる。

 速度を落とす暇は無かった。

 迎撃のタイミングはほんの一瞬。早すぎれば向こうの車両を誘爆させかねず、遅ければこちらが木っ端微塵になる。


 左手を突き出し、見極める。


 極度の集中が、世界をスローモーションに見せる。


(師匠は明鏡止水の境地って呼んでたっけ)


 コマ送りのように弾頭が進む。


(まだ)


 白煙を引きながら宙を駆ける。


(まだ)


 車とキセナの中間点を過ぎる。


(今っ!)


 キセナの左手からコインが放たれる。

 限界まで引き絞った弓が矢を放つように、限界まで力を溜めた親指がコインを弾く。


 亜音速で飛び出した百円玉はロケットに突き刺さり、爆発を引き起こす。その爆風を貫くように第二射を撃つ。正確には、ほんのわずかに時間差をつけて二枚のコインを撃ち出して、一枚目で誘爆、二枚目で爆風を軽減した。

 さらにブレーキのために限界まで車体を倒していたことでも衝撃が緩和される。


(防げた……二発目は!? 追いかけ……なければ撃たれない? どうする?)


 爆発による煙に包まれ、誘拐犯の車両は見えない。だが、それは向こうも同じだろう。この状況なら誘導弾は撃ちにくい。行き先はエンジン音でおおよそ把握できる。


(少し距離を置くべきかしら)


 バイクに抱き着き倒れた状態で、顎を指でなぞりながら思案する。


『おい! 無事か!?』


 携帯端末から声が聞こえる。合成音声か、機械で変換された声か、正体を隠そうとしているが、焦りの感情がありありとわかる声だった。


『応答しろ! キセナ・ロウイン!』


 この状況で『おい』などと声を掛けてくる知り合いに心当たりなど無い。来たばかりの土地、上司は一人で口調が違う。知り合いだとしたら元隊長のコウジ・イシジマくらいなものだが、あまりに考えにくい。

 だとすると、声の主は知り合いではない。向こうが一方的にキセナを知っていることになる。

 だが、キセナの名前は訓練生時代には一般に公開されていない。プラクシスの訓練生名簿には載っているが、見られるのは有住グループの人間だけ。だけとは言っても、ネオ・アイチは有住グループの企業城下町だ。クレタ村に居住している人のほぼ全員が、有住グループと関わりを持っている。そこから絞り込むことはできない。


 だから、単刀直入に聞くことにした。


「……私は無事ですが、あなたは?」


 煙が晴れていく。車体を起こし、声の元らしき端末を取り出す。画面にはおかしなところはない。ポリスの犯人追跡システムが、街頭カメラを切り替えながら逃走車両を追いかけ続けている。


「もしもし?」


 相手がプラクシス・ポリスの端末に不正アクセスしてコンタクトを取ってきたのだとしたら、それなりの技術を持っていることになる。心配してきたのだから協力目的だろうが、油断はできない。


「聞こえているんでしょう? 何者ですか? 名乗ってください」


 端末へ向けて話し続ける。すでに声を上げてしまっているのだから、何もないフリもできるまい。キセナの予想通り、答えが返ってくる。


『オレはタイラー、しがない情報屋をやってる』

「情報屋?」

『そうだ。ヤツらを追いかけたいなら、協力する』


 端末の画面に、警告メッセージが表示される。

 逃走車両が追跡可能な範囲からもうすぐ出て行ってしまうらしい。聞こえてくる音も、もう微かだ。


「……そうですか」


 タイラーというのは屋号のようなものだろう。端末で犯罪者や個人協力者から検索してみても、該当する情報屋は見つからなかった。まだ新参なのか、それだけ逃げ隠れがうまいのか。


「情報屋として正体を秘匿したいというのは理解します。ですが協力関係を結ぶのであれば、信頼に足る証拠を見せてください。あるいは、あなたが協力する目的、私の助けになる情報でも構いません」


 もしかするとこの情報屋、キセナの復讐にも利用できるかもしれない。将来のために、ここで協力関係を築けるなら築いておきたい。


『……』


 まただんまりだ。

 何かを考えているのか、さきほどから反応が鈍い。


「もしもし?」


 あるいは、一方的に協力するつもりなのか。こちらからの呼びかけに応えないことで、己の立場を強めようとしているとも考えられるが、そういう手合いと“協力”するのは難しい。

 情報屋の伝手は欲しかったが、切り捨てるべきか。


「何も見せる気が無いのなら、私は車を追いかけます。では」


 端末は逃走車両をロストしたようだが、まだギリギリエンジン音が聞こえている。急いで追いかければ見失わないだろう。

 キセナがバイクの向きを戻そうと、前輪を持ち上げた時に声が入る。


『待て待て待て! 見せる、すぐ見せるから早まるな!』

(焦った声。私に追いかけられたら困るのかしら。なら)


 持ち上げていた前輪は、後輪を軸に九十度回転させてから地面に下ろす。向きを直して、いつでも追いかけられる体勢で情報屋――タイラーの出方を窺う。


『ひとまず、物陰に隠れてほしい。街中での戦闘は望むところじゃない』

(追跡を中断させたいみたいね。それは“協力”? それとも、向こうの手助け?)

「それもそうですが、見失いますよ?」

『大丈夫だ、オレが追跡する』

(誘拐犯に別動隊が居て、足止めのために銃撃とかロケットランチャーを撃って来るなら、泳がせた方がいいかもしれない。協力すると言っている以上、拠点までの案内くらいはやってくれるでしょう)


 情報屋の言葉に、乗ることにした。

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