第11話 誘拐騒動 Side:ユーゴ

(こいつ、やりやがった!!!?)


 ユーゴ・ミナナカは思わず立ち上がり、キャスター付きの椅子が勢いでどこかにぶつかる音がした。


 モニタの半分以上を占めるのは、煙。正確には、ロケットランチャーの爆発による煙で埋め尽くされた、通りを映しているハズの街頭カメラ映像だ。

 そんなモニタ群の隅の方に、ユーゴの手足としているスパルタンズの車載カメラの映像もある。映っているのは、ネオンを拉致した車内の映像。そのど真ん中に、つい今しがたロケランをぶっ放した張本人、現在拉致されている真っ最中のハズのネオン・キサラガワが、悪びれもせずに座っている。


 ユーゴの復讐には、メカニックとオルガノンの双方が必要だ。

 そのために片方を連れ去り、もう片方をおびき寄せて捕まえようというのに、肝心のメカニックが、自身を助けようとしているオルガノンを爆殺しようとした。


(おいおいおいどうなってる!? 何のつもりだこのアホは! ここまで三年、準備に三年かかったんだぞ!? それをこんな最終局面ところでご破算にされてたまるか! どうする、とにかく無事の確認だ、警察無線をジャック……いや端末を直で操作した方が早い!)


 時間にして数秒の硬直。その間に煙の中から飛び出す影はない。


『おい! 無事か!?』


 返事がない。ユーゴの脳内で最悪の想像が膨らんでいく。

 焦げ付いて横倒しのバイク。そのバイクの下敷きになったキセナ。流れる血はとめどなく広がっていく。


『応答しろ! キセナ・ロウイン!』

『……私は無事ですが、あなたは?』


 カメラの映像も晴れていく。どうやら、無傷らしかった。


(無傷、だと……?!)


 驚きに声を失っていると、疑いの声が聞こえてくる。


『もしもし?』

(まずいな、思わず声を掛けてしまったが、接触するのは計画外……。どう修正するべきだ?)


『……どォします、ボス?』


 続けて男の声。今度はスパルタンズの車内からだ。


(待て待て、何の話だ!? 全然聞いてなかった!)

『聞こえているんでしょう? 何者ですか? 名乗ってください』

(くそっ、これ以上こっちを放置できん!)

『オレはタイラー、しがない情報屋をやってる』


 タイラーは当然偽名だ。


(こうなったら、オレが直接コイツをアジトまで誘導する)

『情報屋?』

『そうだ。ヤツらを追いかけたいなら、協力する』

『……そうですか』


『ボス? どうしたんでィ?』


 再びスパルタンズからの声。いい加減、無視するワケにもいかない。

 ユーゴは意識をキセナから外し、車内の声に耳を傾ける。


『少なくとも、発信機がついてる恐れのある車両ごとおびき寄せるのは、後先考えてないように見えて信用しにくいんですけど?』

(こいつは何を言っている……? 信用だと? つまり協力体制を望んでいる……? ならロケランをぶっ放したのも、オレがポリスを捕まえようなんて言ったからか。……そう、だよな!? よし、ならオレが取るべき対応は……)

『……言い分はわかった。あのポリスを誘い出して捕獲するのはやめにしよう』


 そして、大慌てで車内の会話の録音を聞く。録音を聞くさなかにも、車内の会話は進んでいく。


(倍速で流せばなんとかなるか?!)


『あーあ、かなりツラ良かったんだけどなぁ』

『アタシトシテハデスネエ、コノムラノジジョウトカシラナイノデポリスハケイカイスルニコシタコトナイトオモウンデスヨ』

『カラダも相当なモンだったぜ?』

『クルマノノリカエナリ、ガイソウカエルナリ、アジトマデタドラレナイホウガヨクナイデスカ?』


 辛うじて拾えた部分に返答する。


『だが乗り換えるのも塗り替えるのもナシだ。郊外に出れば大して関係が無いからな』

『とりあえず、いい加減にこれを解いてほしいんだけど』

『わかった。解いてやれ』

(ふぅ、これでこっちは一段落いちだんらくか)


『何も見せる気が無いのなら、私は車を追いかけます。では』


 今度はキセナ側から、ユーゴの意識に声が飛び込んでくる。


(追いかけます!? 止めないとマズい! だが見せるって何だ!? どうせオレが情報屋として信用に足る証拠とかだろ!?)

『待て待て待て! 見せる、すぐ見せるから早まるな!』

(このまま追走が始まれば、今度はネオンの方から信用されにくくなりかねん! 足止めをしつつ、時間をかけてアジトに誘導する!)


 録音を倍速で聞き流しながら、時間稼ぎを試みる。幸い、カメラの映像自体はずっと見えている。バイクの向きを直し、今にも追いかけそうだ。


『ひとまず、物陰に隠れてほしい。街中での戦闘は望むところじゃない』

『それもそうですが、見失いますよ?』

(まだ見失ってないのかよ!?)

『大丈夫だ、オレが追跡する』


 不承不承といった様子で、キセナは路地までバイクを押して転がす。


『それでは、見せてください』

『あっ、ああ……オレがアンタの味方だって証拠だよな?』


 キセナは小さく頷いている。どうやらアタリだったらしい。


(しかしさて何を出す? オレが警察の味方をしてアイツらと敵対するだけの理由なら納得してくれるか? スパルタンズの悪事の痕跡、特にオレに関わりのないバカどもの暴走系の画像をいくつか投げて反応を見るか……)

『画面を見てほしい。ソイツは、スパルタンズがやってきたコトのほんの一部に過ぎない』

『これは、ひどいですね……』

『オレもこのクレタ村の住人でね。アイツらにも、アイツらを野放しにするポリスにも困ってたんだ。だからとっちめてくれるなら何でも協力するぜ。ただ、アンタは一人、向こうは何十人だ。大声で名乗りを上げて突っ込むなんて無謀はよしてくれ』


 端末を覗き込ませることに成功したので、端末のインカメラから表情がハッキリと読める。

 今のところ、疑われてはいないようだ。


『わかりました。私も、ヤツらが街中でいきなりロケットランチャーを使うとは思っておらず……。案内、よろしくお願いします』

(よしよし、これでどうにか潜入の方向に誘導できるな……。後はアジトの捕獲用罠にかけてこっちは完了。ネオンの方も、追手がいなくなれば問題なく協力してくれるだろう。どうにか軌道修正は完了だ)

『ああ。ヤツら、まだアンタが追ってないか警戒して街の外をグルグル回ってるから、もう少しそこで隠れていてくれ。アジトへ向かったらまた連絡する』



   ☆



 そうして、キセナを無事に足止めすることにも成功し、ネオンの反感を買うことなくアジトまで連れ込むことができた。

 ネオンはアジトの設備を見て感心している様子。個別の機器を確認し、自分用に調整を始めたので数時間は放っておいても問題ないと判断した。


 ユーゴはスパルタンズからの音量を絞り、キセナの誘導に専念する。


『その森を抜けるとヤツらのアジトが見えてくるハズ……だがバイクで正面から近づくのは目立ちすぎる。相手は街中でロケットランチャーをぶっ放すくらい頭の飛んだヤツらだ。アジトには銃火器だって山のようにある。だからオレが、気づかれないよう潜入できるよう誘導する』

(まあ、ロケランをぶっ放したのは攫ったばっかのネオンだけど)

『……アジトの周囲に民家や農地があるのですか?』

(なんだ? 微妙に話が噛み合わない……いや、そうか。オレが街中で追跡できるのはハッキングだとしても、どうして周りに何もないアジトまで案内できたのかが疑問なのか。監視カメラが無いのになぜ、と。ここで疑われると罠にかけにくくなるな。正直に答えとくか)

『いや、アジトは森に囲まれている』

『そう……ですよね』

(何か考えてるな。どうする、オレから言及するか? そうだな、コレなら自然だろう)

『頼むよキセナさん。オレはアンタみたいなポリスが来てくれるのを待って、ずっと準備してたんだ。ノネさんを助けて、犯罪の証拠を掴もう!』

『ええ! 望むところです……っ!』


 そう言ってキセナは、スロットルを全開に回す。

 バイクは前輪を浮かせながら、一気に加速して土煙を上げる。


(……待て? 加速してどうするつもりだ?)


 キセナのバイクはぐんぐんスピードを上げて――森から勢いよく飛び出した。


(待てぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?!?)

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