第10話 誘拐騒動 Side:ネオン
「手荒な真似して悪ィな嬢ちゃん。ちょーっと俺たちを手伝ってくんねェ」
「手伝うって、あたしに何をさせたいんです?」
ネオンは仏頂面で、自分を拉致した男たちに話しかける。
「ボスは優秀なメカニックをご所望でなァ、嬢ちゃんのお父さん、あの火嬬重工の技術者ってェ話じゃねェか。嬢ちゃんにゃァ、ちょっくら人質になってもらうのよ」
「ふーん」
「ふーんっておめェ、怖かァねェのかよ」
ネオンは頭の中で算盤を弾く。
(こいつら、最近のパパの成果が実は全部あたしの成果だとは知らないの? 聞かされてないか、情報屋の仕業じゃなかったのか。どちらにせよ、あたしが優秀なメカニックならすぐさま殺されることはなさそう。火嬬重工の技術者が欲しいってことはARS関連、てことは地表にARSの開発・整備ができるガレージ的な設備を持ってる? 隙を見て奪うか、乗っ取るか……ん?)
「ねえ、なんか追ってきてるけど」
ネオンはミラー越しに、つかず離れずの距離で走り続けるバイクを認めた。
「今時分に操縦式のバイクだァ……? メットもつけずに、何モンだァあの姉ちゃん」
「姉ちゃん……?」
ネオンは身をよじって振り向き、自分の目で確認する。
先ほど学生証の写真を持って現れた女に相違なかった。
(げぇっ、本気であたしを追ってきてんじゃん! いや待って、メイドカフェではあたしのことに気づいてなかった、じゃあ今あんな真剣な形相で追ってきてるのは何でよ!?)
ネオンの疑問に答えるように、追手が声を張り上げた。
「私はポリス、警察です! そこの車、止まりなさい!」
(うわ、ちょっと面倒なことになってきたな……。いやそもそも犯罪の無いハズのクレタ村で拉致られてる時点でかなり面倒なんだけどっ、まあそこは平和を嗅ぎつけて良からぬ輩が来たのかもしれないとするよ。その被害者があたしなのは納得できないけど、結果的に新しいガレージが手に入りそうだからまあヨシ! それよりせっかく目途が立った新ガレージが、このままだとあの警察にバレるかもしれないじゃん。そしたら差し押さえられて、最悪あたしがネオン・キサラガワだってあのよくわからん追手に気づかれるかもしれない)
「ねえあいつ撒けないの?」
「バイク相手じゃちと厳しィな。おいボス、どォする!?」
『気にするな。この村のポリスは何もできん』
実行犯のリーダーらしき男が尋ねると、合成音声で回答が返ってきた。
(この村のポリスは何もできない……どういう意味?)
ここで、はたと思い出す。
黒髪ポニテ、堅物マジメキャラ、鍛えられた身体。見覚えがある。
「今追ってきてるの、今日こっちに来たばっかりの人よ」
「んだそりゃァ」
「駅で見たの。だから『この村のポリス』じゃないんじゃない?」
『ならば、ポリスかどうかも疑わしいな』
(げぇっ、そう取るのか)
『……よし、捕まえるか。わざわざ向こうから来てくれるんだ、お前たちのアジトへ招待してやれ』
(……今、何か。お前たち? 俺たち、じゃなくて? ボスって呼ばれてたけど、違うの? いや、そうか。こいつらが使われてるだけなのか。下請けみたいなもん? そうなると、ボスの方に取り入るのが良いんだろうけど……追手と一緒になるのは困る~)
打開策を探すネオンの目に留まったのは、一つのボタンだった。他のボタンとデザインが異なり、後から付け足したのがよくわかる。
(実はさっき後ろ向いた時、見つけちゃったんだよね~ロケットランチャー。あれ、発射ボタンでしょ)
「いやいや~、自分からリスクを抱える必要ないんじゃないですかっ! っと」
足首を縛られていても伸ばすことはできる。
爪先で、謎のボタンを、ポチっとな。
「あっ、おめェ!?」
案の定、ボタンはロケットランチャーの発射ボタンだった。
バックドアが開き、風切り音が車内に流れ込む。
点火、のち、発射。
照準も、運転同様に自動制御だったらしい。後ろから追ってくるバイクめがけて一直線にロケットが撃ち出され、すぐに爆発する。
熱波がネオンの髪を揺らした。
爆発の煙は、すぐに後方へ見えなくなった。煙の中から飛び出して追ってくるバイクは見えない。ひとまずは撒けたと見ていいだろう。
「嬢ちゃん、なんのつもりだァ? つーか、なんでわかった?」
「そりゃあ、あたしが優秀なメカニックだからですよ」
ここぞとばかりのドヤ顔でまくし立てる。
「あなたたちはあたしのパ……父を動かすための人質としてあたしを攫ったつもりかもしれませんけどね、ここ三年くらいの仕事は全部あたしが裏でやったことで、父は一切関与していません。あたしのやってることなんか知らず、ずっとこの村でレストランを切り盛りしてますよ。だからあなたたちのボスが求めているのはあたし。それでですねえ、あたし、条件次第では喜んで協力してあげてもいいと思ってるんです」
「交渉ってェワケかィ」
同時に、脅しでもある。下手に扱うなら、さっきみたいに滅茶苦茶するぞ、と。
「とりあえずこれ、解いてくれません?」
「どォします、ボス?」
『…………』
ボスとやらの反応が無い。
(検討中? にしたって何か言うでしょ。この村……いやこの街であたしほどのメカニックを自由にできる機会は滅多にない。ここで切り捨てられないでしょ、ならこの沈黙は何? もうちょっと話しかけてみるか)
「あたしとしてはですねえ、この村の事情とか知らないのでポリスは警戒するに越したことないと思うんですよ。車の乗り換えなり、外装変えるなり、アジトまで辿られない方が良くないですか?」
『…………』
「ボス? どうしたんでィ?」
「少なくとも、発信機がついてる恐れのある車両ごとおびき寄せるのは、後先考えてないように見えて信用しにくいんですけど?」
(さて、どう出る……? ボスとやらの目的が、一般人の目の無いところであたしと追手を引き合わせるとかじゃなければ、実行犯との関係もあるだろうし、何かしらの対策を指示してくれると思うけど……)
『……言い分はわかった。あのポリスを誘い出して捕獲するのはやめにしよう』
(そもそも、この村のポリスが何もできないならどうしてわざわざ捕獲を……)
とネオンが疑問を抱いた直後、左右の男たちが溜息をついた。
「あーあ、かなりツラ良かったんだけどなぁ」
「カラダも相当なモンだったぜ?」
(あー、男所帯をまとめるのに必要、的な? 人間を目的にするなんてサイアク……宇宙に出てもヒトって変わらないのね)
『だが乗り換えるのも塗り替えるのもナシだ。郊外に出れば大して関係が無いからな』
(それもそう、かな? マズいぞ、ちょっと逃げ癖がついてるかも。さっさと元に戻さないとな)
「とりあえず、いい加減にこれを解いてほしいんだけど」
『わかった。解いてやれ』
そうしてネオンは車に揺られること約50分。
目的地のアジトに到着した。一見すると巨大な家畜小屋で、クレタ村郊外の雰囲気によく馴染んでいる。しかしよく見ると窓は締め切られ、壁は厚く、扉は重厚な金属製の門扉で、風通しが悪そうだった。
車両ごと建物内に入ると、ネオンは実行犯のリーダーらしき男に連れられて地下室へ通される。ざっと見た限りだが、電気系統はしっかりしている。換気用設備も整っていて、長期間の作業も可能そうだった。ガスや水道のインフラは見当たらなかったが、この建物が家畜小屋を改装したものなら水道くらいはどこかにあるのだろう。
(どれくらい業者が入ったんだろ。スケルトンのリモートコントロールシステムを自前で用意できるほど頭良さそうに見えないんだけど)
ネオンは歩きながら、アジトの成り立ちを訝っていたが、それも僅かな時間のことだった。
「俺ァここまでだ。入ンな」
目を見張るような設備が、そこにはあった。
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