第7話 クレタ村の真実

 気づけば、キセナの向かいに男が座っていた。ヘラヘラと笑い、品も知性も感じないニヤついた顔で話しかけてくる。目的意識の感じられない染髪、無駄にどこかに引っかけそうなピアス、現代医療でも元には戻せないタトゥー、どれもこれもが癇に障る。

 それだけではない。

 似たような範疇カテゴリーの輩が、キセナのテーブルを取り囲んでいる。総勢三名。


 平和な田舎だと思っていたが、まさか食事中に絡まれるとは。店員たちの様子を窺うと、誰もが目を背け、声も抑えている。怯えている、というか関わり合いになりたくないといった様子だ。


 本当なら言葉を交わすことも反吐が出るが、赴任早々に警察がいざこざを起こすのはいかがなものか。


「見ての通り食事中ですが、何の御用でしょう」


 男の一人が無造作にカトラリーケースへ手を突っ込む。ナイフやフォークをかき混ぜて、わざとガチャガチャと音を立ててから、ナイフを一本取り出した。刃の部分が波打つようにギザギザした、ステーキナイフだ。キセナが滲ませた僅かな敵意を敏感に感じ取り、脅しつける目的で取り出したのだろう。ナイフの切先をキセナに向けたり、ナイフの腹で頬をペタペタ叩いたりと、好き勝手してくる。


「だからあ、手伝ってあげるっつってんの」

「すべて私が食べるために注文したものです。お金が無いなら貸しましょうか?」


 作り笑顔で丁寧に問いかけて煽る。延々と絡まれるくらいなら、さっさと実力行使に足る理由を作ってもらった方がいい。


「立てや女ァ?!」


 襟首を掴み上げてくる。やれやれ、単純なことだ。


「私はポリスですよ」


 立ち上がり、男の手を解くキセナ。これでおとなしくなるか、逃げ帰るだろうという予想をしていたが、見事に裏切られることになる。

 男たちは、笑い出した。


「プッ、ハハハ! ポリス!? ポリスときたか!」


 三人して笑い、小さな合唱みたいになった。取り残されたキセナは困惑している。


「何がおかしいのですか」

「だって……なあ? 教えてやれよ兄弟」

「おうアニキ。……姉ちゃんよぉ、この村にポリスなんざいねぇんだよ!」


 勢いよく机を叩いて威圧的な音を立てる。野生動物の威嚇と大差ない。

 それよりも、ポリスがいない、とはどういう意味だろうか。


「私はキセナ・ロウイン警部です」


 実際に、警察手帳を見せてみる。カード型の身分証から、階級や顔写真、プラクシス・ポリスのエンブレムが空中に投影される。


「だぁからどうしたぁ?! 3対1で何ができるってんだ!」

「あんまり舐めてるとなあ、痛い目見るぞ?」


 ポキポキと指を鳴らす男。脅しをかけるなら撃鉄を起こすくらいはしてほしい。

 ため息交じりにキセナは告げる。


「今ならまだ見逃して差し上げます。お引き取りを」


 ようやく手を上げる気になったのか、男が青筋を立てて腕を引く。


「女ァ!」



   ☆



 その時、店の他のお客も、店員も、全員がキセナと名乗るポリスの方から目を背けた。この野蛮な男たちがどんな存在か知っていたから。男たちをむやみに挑発した若い女性が乱暴される様を目に入れたくなかったから。

 丸太のように太い腕が腹に突き刺さる。

 苦痛に見開かれる目。

 口からは、食べたばかりの料理が飛び散る。

 膝を折って倒れ、痙攣する。あるいは、浅く何度も呼吸をする。

 そして身体を動かそうとすれば、頭を踏みつけられて謝っても許してもらえない。

 そのまま縛られ、連れ去られて……三日三晩は拘束され、帰ってこられないことだろう。運が良ければ気に入られ、奴隷同然の立場で生き延びられるが……もしそうならなければ、ありとあらゆる暴力を受け、しまいには惑星アルケーの大気圏に放り出されることになる。


 ああ、かわいそうなキセナ警部。

 この村が、武装集団スパルタンズに支配されているとも知らずにポリスを名乗った愚かな女性。

 どうか恨まないでくれ。

 私たちとて死にたくないのだ。

 喧嘩さえ売らなければ、私たちは平和に暮らすことができるのだ。


 先に私たちの平和を、この村の秩序を乱したのはキセナさん、あなたの方なのですから……。




 鈍い音がレストランに響く。続いて、人間が倒れこむドサリという音。


「ふん、他愛もないですね」


 続く女性の声に、店内の人々は一斉にキセナに注目した。

 状況は誰の目にも明らかだった。キセナが男の一人を一撃でダウンさせたのだ。


 スパルタンズの男は手にしていたナイフを投げつけながら飛びかかるも、掴まれ投げ返されたナイフにベルトを斬られ、ズボンがずり落ちた。その直後、男自身もキセナに投げ飛ばされる。


 残る一人が逃げようとする先に、二本目のナイフが鋭く突き刺さる。あまりの勢いに、床に刺さったナイフは振動して弦を弾いたような音を立てている。

 たたらを踏んだ男の首筋に、机やソファを飛び越えたキセナの回し蹴りが命中する。ただの一撃で意識を刈り取り、男は床に沈んだ。


 手際よく手足を拘束しながら、キセナは己が職場に電話をかける。



   ☆



「レストランで暴力集団に絡まれ、公務執行妨害で逮捕・拘束しました。パトカーをお願いします」

『誰か死んだのかい?』

「……いえ、そんなことは」


 違和感のある反応だった。背筋に冷たいものが走る。


『なら、事件は起きていないね』

「なっ――――」


 何をバカなコトを。


『そんなに仕事熱心になることはないよ。帰ってゆっくり休みなさい』


 わかってしまった。

 なぜ、クレタ村の犯罪発生件数が五年連続ゼロ件だったのか。


「それは――、上官命令…………で、すか?」


 震える声で、縋るように問う。


『そうだ。何もするな』


 通話を切る。

 ああ、そうか。そうなのか。

 この村は、犯罪が起きていないんじゃない。警察の要らない平和な村なんかじゃあない。


 男たちの『この村にポリスはいない』という言葉も今なら頷ける。クレタ村は、犯罪が取り締まられない、報告もされない、だから表向き犯罪発生件数がゼロ件の、警察が役に立たないほどの、“地獄”なのだ――。


 キセナの胸の内に、怒りと悲しみが溢れて止まらない。

 こんなに美味しい料理を出すレストランがあるのに。街の人たちはほとんどが悪いコトをしようなんて考えてなくて、自分の平和を守ろうとしているのに。


 ――チカラが無いから。


 理不尽を見過ごし、誰かの不幸を見て見ぬフリをして、嵐が過ぎ去るのを待つように、自分の首が締まるのを放置している。


 何より許せないのは、そんな中にあっても己が平和を信じて他人を見捨てられるヒトが善良な一般市民と呼ばれることだ。


 怒りと悲しみで荒波立つ心の中に、納得、あるいは理性という名の一隻のボートが浮いている。

 なるほど、クレタ村への左遷は、キセナ・ロウインという人間にとって最も手酷い仕打ちかもしれない。私を苦しめるなら、この村はもってこいだ。


(ミナト・クゼェ……ッ)


 天井を仰いで、拳を固く握る。

 キセナの復讐心は、いっそう熱く燃え上がった。


 だが、何はともあれ腹ごしらえだ。半ばヤケ食いの勢いで、残りの肉と野菜と米をかっ喰らう。

 心が怒りのただなかにあっても、料理は確かに美味しかった。



   ☆



「ごちそうさまでした」


 会計を済ませて、レストランを後にする。キセナが男どもは、道端に放り捨てておく。なんでも大きなグループの一員らしいから、いずれ誰かに拾われるだろう。


 端末を操作して、個人情報を漁る。


(プラクシスの権力は凄まじいですね……)


 キセナの求める素人大学生メカニックなども、条件づけて検索することが可能だった。


条件1:クレタ村在住

条件2:理工系大学生

条件3:ARS整備許可証ライセンス所持


 これだけの条件で、人数は片手で足りるほどまで絞り込まれる。クレタ村の人口が少ないのか、ライセンスは高専で取る者が多く、大学生では少ないのか。

 とまれ、一桁台まで絞り込めればあとは経歴を読み込み為人ひととなりを分析していけばよい。


(この人、ちょうどいいかもしれませんね)


 キセナが見つけたのは、休学中の女学生。

 名を、ネオン・キサラガワといった。

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