第6話 今のキセナに必要なもの
キセナが警察署へ赴くと、初老の男性が歓迎してくれた。穏やかな笑顔で、落ち着いた話し方の人だった。髪は真っ白で、老眼ゆえか目を細めている姿は、クレタ村の平和を象徴しているように感じられた。
キセナがさっそく働こうとすると、今日は挨拶だけでいいから適当に街を散策しなさいと追い出されてしまった。どうせ事件など起こらないのだからと。
仕方がないのでキセナは寮へ行って、軽く荷解きを済ませた。列車に乗る前に送っておいた私物は、キセナより早く寮に届いていた。
ぐゥ……と腹の虫が鳴く。
思えば、時刻は昼を通り過ぎておやつの時間に差し掛かろうとしている。
キセナは担いでいたベッドを下ろし、外食へ向かう。
部屋の扉を出て、寮に併設されたガレージへ。ポリスの寮のガレージだけあって、2RS――Real Scale Remote Skeletonが何機か天井からぶら下がっている。長いこと使われていないようで、埃を被って装甲もくすんでいる。
だが、そんな古びたガレージの中に、輝きを放つモノが一つ。
「久しぶり~~~!!!」
キセナは駆け寄ると、両手を広げて抱き着いて頬ずりをする。
最近、なかなか乗る機会の無かったキセナの愛機。操縦式駆動二輪車のVL6000-ツグミだ。オルガノン時代はプラクシスタワーで生活が完結していたことと、ネオ・アイチ・シティの道路はほとんどが自動運転専用で操縦不可だったことで、手入れくらいしかできていなかった。こちらも無事、届いていたようだ。
ようやく乗れる。その喜びは、島流しの怒りを消すことはなかったが、心を占める怒りの割合を大きく減らした。
ツグミにまたがり、エンジンをかける。静音性が高く音は響かないが、確かな振動が伝わってくる。
「ここを、こうして……っと」
キセナが隠されたレバーを引くと、ガチャリと胴体の一部が変形する。バイクの中から、アームに保持された日本刀が飛び出した。
キセナの愛刀、
姿勢を低く、胸を車体に押し付けるように左手を下に伸ばして、赤令を掴み上げる。
ハンドルやフロントシールドを避け、右斜め前に抜刀。
すると、自然と刀身を間近に見ることになる。赤令の刀身はその名の通り、赤みを帯びている。それも炎が燃えるような鮮やかで眩い赤だ。
ツグミに乗ったまま構え、数回素振りをして納刀する。そのままアームへ戻して、隠しスペースへ収納した。
「よし」
いよいよキセナは、クレタ村へと走り出した。
遅めの昼食を取るために。
☆
スピードに乗って切る風を、エンジンが回転して発する振動を、加減速によって生まれる慣性を、全身で味わう。
気分が晴れて、ようやく冷静に復讐を考えられる。
キセナの戦闘力は超人的に高い。それでも、それは武力だけ。しかも生身の武力に限定される。財力はそこそこ、オルガノンとしては訓練生時代が長かったが、それでもプラクシスは世間一般より高給だった。権力もそこそこ、ポリスは警察機構であり、一般人よりは権力があるが暴力方面に偏っている。人脈は無い。知り合いと言えばほぼ全員がプラクシスのオルガノンで、復讐の助けになってくれそうな心当たりはまるでない。
何より、ARSが無い。
直接ミナト・クゼを殺したところで満たされないだろうことは自分でわかっている。だからARS戦で黒星を叩きつけようというのに、肝心のARSが無くては復讐など夢のまた夢だ。
(相棒が、必要……?)
ツグミという愛機はある。赤令という愛刀もある。だけど、キセナには相棒がいない。
多くのオルガノンには専属のメカニックがついているものだ。それは身体の構造、動きの癖、好む戦法を機体に落とし込み、スケルトンとオルガノンの一体を図る職人であり、骨格と内臓の問題を解決する医者であり、一人の戦士を支える相棒である。
相棒探しは訓練生時代から始まり、正規隊員となっても相棒が居なかったのはキセナくらいだった。
相棒が居ない理由は三つ。
一つは、単純に必要なかった。無調整の量産機でも、十分な強さだった。
二つ目は、機体をよく壊したから。撃墜はさせなかったが、破損は多かった。
三つ目には、キセナ本人が強すぎた。枷にしかならないことに、心を折られた。
正直なところ、プラクシス所属のメカニックはプライドが高かった。厳しい競争を勝ち抜いて手に入れた立場だからか、自らがオルガノンの役に立てないと許せないらしい。キセナの機体を担当した者は皆、悔しそうに去って行ってしまう。
(必要なのは、怠惰な人? いいえ、むしろメカニック志望の子、かしら)
たとえば、ARS整備
キセナの心には迷いがあった。前途ある若者を復讐に利用する罪悪感や、警察の立場で誰かを騙す後ろめたさ。そんな迷いに後ろ髪を引かれる。
(どこかに都合のいい人はいないかしら。復讐心があって、ライセンス持ちで、利用しても心が痛まないような人……)
指針が立ったところで、風の中に香ばしい匂いが混ざってきた。食欲をそそる、肉の焼ける匂いだ。
キセナは通りにハンバーグ&ステーキレストランを見つけると、匂いに引かれるように駐車場に吸い込まれていった。
☆
店内に入ると、鉄板で油が焼かれた時のジュウジュウという音と、活気のある人々の声、肉とソースの香り、配膳する台車の車輪が転がる音と清潔感のあるホールスタッフの制服、入り口からも見通せる厨房で肉を焼くシェフの姿まで、ありとあらゆる情報がキセナの食欲を刺激してきた。
「ハンバーグランチセットとステーキランチセットをひとつずつ」
席に通されるや否や、案内してくれた店員さんに注文を済ませる。
「あっ、すみません。大盛りにすることはできますか?」
ライス、ステーキ、ハンバーグ、そのすべてを増量して、ついでにデザートも頼んだ。
ご飯が出てくるまでの間は、携帯端末で使えそうなメカニック候補を探す。
学生、ロボ部、スケコン(※スケルトンコンテストの略)、思い当たるキーワードを適当に組み合わせて、ネットで検索する。
(いや、ポリスの権限ならこの村の学生を総当たりで調べることも……?)
「お待たせいたしました。ランチセットでございます」
そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。二つの木製のプレートには鉄板が乗せられ、片方はハンバーグ、もう片方はステーキが焼かれている。湯気とともに肉の焼ける香りが漂ってくる。焦げ茶の肉の塊の横には、明るい黄色のコーンとこんがりきつね色のフライドポテト、飴色玉ねぎが盛り付けられて野菜も十分。白い小ぶりな陶器にはソースが七分目まで入れられている。ハンバーグにはデミグラスソース、ステーキにはおろしポン酢を選んだ。直接かけてよし、切り分けてつけてよしの好みに合わせられる提供方法だ。せっかくだからハンバーグの方にはソースをかけて食べることにした。
ジュワァァァッ!!! ソースが鉄板に触れた瞬間、加熱された水分が蒸発して、盛大な音と濃厚なソースの焦げる香りが立つ。
口の中に唾液が溢れ出してくる。
もう我慢できない。
フォークを、まずはハンバーグに突き刺し、ナイフを入れる。焦げ目に閉じ込められた肉汁がこぼれ出し、またも鉄板で音を立てる。弾力のある身をザクザクと切り分けて、一口に頬張る。肉の存在感を前面に押し出しつつも、臭みや硬さは一切感じない。噛み締める度に口内で肉そのものが爆発するような美味しさだった。
これなら、ステーキも期待できる。ライスと野菜を挟んで、水を――。
「お姉さん綺麗だねー! ってそれ食べきれる!? 俺たちが手伝おっか!?」
水を差された。
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