第5話 もう一人の復讐者、ネオン
クレタ村は、村と区分されているが、中心部の発展具合は元居たネオ・アイチ・シティと同程度に見えた。巨大ショッピングモールを中心に、その周辺を住居が取り囲み、住居区画の外側には農業用地等の緑が広がって点々と民家がある。
田舎と言われれば田舎だが、警察の要らないほどのド田舎とまではいかない。そんな印象だ。
キセナは、どんなスローライフを送ろうか……などとは微塵も考えずに、この街からミナト・クゼに復讐を果たすならどうするかばかり考えていた。
(ただ乗り込んで痛めつけても意味が無い……。アイツの無敗記録に土をつける? なら、プラクシスとは関係の無いARSを手に入れる必要がある。……傭兵? いや、ポリスとの両立は難しい……ならいっそ、犯罪者のガレージを拝借して……)
まだ自分の立場も曖昧で、クレタ村に何があるのかも知らない。情報不足の段階でまともな計画など立てられるハズもない。それでも何か方針が立たないかとウンウン唸って頭を捻っている間に、列車は駅へと到着する。
静かな減速は、キセナに微かな慣性を及ぼす。
その感覚が、キセナには心地よい。ARSの操作では決して味わえない感覚で、思えば随分とご無沙汰だった。なお、出発時はあまりにも緩やかで気づかなかった。
キセナは荷物を持って降車の準備をする。持ってきた荷物はごくわずか、バックパック一つに収まる量だった。キャリーケースすら無い身軽さで、キセナはクレタ村に降り立つ。
ドアが開き、最初に出迎えてくれるのは新鮮な外の空気だ。暖かく穏やかな春の終わりの空気。
外だの春だの言っても、ここは天蓋大陸の中で、地球のように重力に引かれた大気があるワケではない。それでも、閉塞した列車の中に比べたらずっと広く、おかげで空気には自然の香りが混じっている。
プラットホームを降りて、自動改札機をくぐる。クレタ村のそれは、まだ地球時代の面影が残る古風なモノだった。
そうして、駅から外に出る。
穏やかな春の日差しの中へ歩み出る。
「「ん~~~着いたっ」」
解放感に伸びをすると、隣でも同じように伸びる若い女性と声が揃った。
奇妙な縁と、少なからぬシンパシーを感じて目を向けると、相手はキセナと同い年くらいに見えた。髪は短め、うなじが隠れる程度の長さだが、両側頭部に小さくまとめられた毛束がある。ツインテール……ではなくツーサイドアップといったか。
目が合って、彼女はニコリと笑った。屈託のない笑顔で、心の奥に復讐の火を燃やすキセナには眩しく感じられた。
ツリ目がちな大きな瞳は、どこかネコ科の動物を思わせる。好奇心に満ちて、悪戯好き、そんな印象を受けた。キセナより一回り小さかったが、ボディラインはメリハリがあって女性的な曲線を描いている。それは服装がTシャツに短パンで、バックパックが紐で固定されていたのも理由だろうか。
そして、その女子は荷物が多かった。バックパック一つのキセナとは対照的に、大型のバックパックとキャリーケースが二つ、そのキャリーケースのうち一つの上にはボストンバッグが二段に積まれている。
どうやら彼女はエレベーターから降りたところのようだ。道理で、階段を降りたキセナが気づかないハズだ。
二人は軽く会釈だけして、そこで言葉を交わすことはなかった。
☆
ネオン・キサラガワは技術者である。それも、天才がつくほどの才能の持ち主。具体的には、火嬬重工という大企業に勤める父親を軽く超え、裏で父親にアドバイスするどころか、隠れてこっそり父親の仕事場を利用して新型ARSのシラヌイを完成させるほどの超天才技術者である。
そんなネオンはある朝、驚くべきニュースを目にする。
ちょうど徹夜でシラヌイの最終調整を終え、今日か明日にでも天蓋大陸側に戻すため軌道エレベーターまで動かそう、なんて計画されていた、本来なら解放感に満ちているべき朝だった。
敵対している有住グループの最強オルガノン、ミナト・クゼがネオンの仕事場を制圧し、そして作り上げたばかりのシラヌイを木っ端微塵にしたというニュースが、SNS上で乱れ飛んでいた。
信じられない、という気持ちを抱えたまま朝食の準備をしていたら、感情は次第に怒りへと変じていったが、コーヒーを飲んでトーストをかじっている間に焦りと恐怖へと相転移する。
シラヌイは、本来は父親の仕事場である工廠を勝手に使い、父親の名を騙って、いわば企業を欺いて開発した機体だ。もしも調査でそのことが判明すれば、追及は免れられない。パンタレイグループに与えた損害を考えると、一家離散や、最悪の場合は処刑されるかもしれない。そんな不安がよぎる。
溜息をついて、立ち上がる。
「ごちそうさま」
いずれはこんなこともあろうかと、事前に雲隠れの準備は済ませていた。
☆
列車を乗り継ぐこと、五回。遂に目的地のクレタ村が見えてきた。ここまで追手の気配は無い。足取りも辿られないよう経路は選んだ。どうやら、ひとまずの安全は得られたらしい。
不安の霧が払われたら、怒りの炎が再び姿を現す。
アンチグラビティ・フロートシステムが完成したら、世界が変わる。それなのに試作機を鹵獲ではなく破壊して済ませたミナト・クゼ、ひいては有住グループは何を考えているのか。理解できない、したくもない。
結果として、ネオンは命の危機に怯えて逃げ出す羽目になり、革新的技術の芽は無残に摘まれた。
これを許してなるものか。
天蓋大陸へ入る直前、車窓から見えた瞬く星に、ネオンは一つの啓示を受けた。
(そうだ、復讐しよう)
自分にこんな行為を強いた存在に。自分の作ったシラヌイを破壊した存在に。ネオンからできることは復讐しかない。
決意を新たに、ネオンは列車を降りた。
配送を頼んで足がつくワケにもいかないため、必要な荷物は自分で運ぶしかなかった。おかげで随分な大荷物で、駅から出るだけでも一苦労だった。
「「ん~~~着いたっ」」
あとはタクシーで済ませられると、思わず漏れた喜びの声が隣の人と重なった。
その人は背の高いポニテの女性で、年は同じか少し年上に見えた。笑いかけてみると、愛想よく微笑み返してはくれたものの、あくまで社交上の挨拶という感じだった。
服装はいかにもマジメですと言いたげなパンツスーツ姿で、引き締まった筋肉が太腿や二の腕で、ところどころ主張していた。シャツの第三ボタンが苦しそうなのは、筋肉だけが理由ではあるまい。その磨き上げられた肉体を見てネオンが思ったのは、マジメなうえに努力家、きっとストイックな人なのだろう、ということ。苦手な人種だにゃ、とも。
この先、会うこともなかろうと、ネオンはタクシー乗り場へ向かう。
目指すは、もう三年以上も前に厄介払いした父親の経営するレストラン、兼住居。訪問の連絡は事前に入れてあった。
☆
「いやしかし……ふふ、まさかクレタ村とはね」
薄暗い局長室。広さに対してデスクが一つしかないことで、秘書からはいつも寂しげだと言われる。
プラクシスを束ねる長官は、一人静かにほくそ笑む。
(ミナトくんは善意で選んだんだろうけどね。いやはやなんとも……皮肉なものだ)
ポリスがプラクシスの下部組織である以上、プラクシス長官はポリスの内情もよく知っていた。
クレタ村の犯罪発生件数はここ五年間連続でゼロ件。
ゼロ件だ。
それゆえ警察の要らない平和な田舎だと誤解されることもあるが、訪れてみればすぐにその理由がわかることだろう。
(ぼくとしては、好都合なんだよね)
(来たるべきときまで、キセナくんを隠せるし)
(彼女は、牙を研いでいられるんだから)
「ふふふ、その時が楽しみだねえ……」
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