第4話 新しい土地

「俺は……振られた、のか?」


 ミナト・クゼは、キセナに告白した日の夜に、有住グループ企業軍、プラクシスの長官と肩を並べていた。

 バーのカウンター席で。

 薄暗い店内は柔らかな膜に包まれているようで、他の客への意識をぼかしてくれる。


「ははは、天下のミナト・クゼも、こと恋愛では新参者ニュービーということかな」

「笑うなよオッサン」

「失礼。だが、話を聞く限り、振られたとまでは言えないんじゃないかな」


 すっかりできあがっているミナト・クゼは、据わった目で長官に疑いを向ける。


「本当さ。彼女は告白への答えは出していない、だろう?」

「まあ、確かに……」

「きみは少し性急すぎたんだよ。混乱してしまったんだろうね」


 ARSの戦いを中心に生きているミナト・クゼにとって、混乱や保留という概念に少しばかり理解が追いついていなかった。戦いの最中にそんなことをしていては、負けてしまうから。


「けど……嫌われたかもしれねえ」

「それはわからないよ」


 長官は笑いながら答えた。若人の悩みで酒が進む。特に、これまで弱った姿など見せなかったミナト・クゼが相手ならなおさらだ。


「人の気持ちも、未来のことも、ぼくたちには何一つわからない。今後のきみの行動次第なんじゃないかな」

「……なあ、オッサン。アンタって偉いんだよな?」

「そうだよお? だからオッサン呼びはやめてほしいんだけどね」

「なら、キセナを異動させることって、できるか?」

「また随分と急だね。きみの悪い癖だよ」


 座椅子をくるりと回転させて、ミナト・クゼは長官に向き直った。


「アイツは戦いを嫌っていた。だけど、前回の作戦では大戦功だ。新型ARS、それも高機動重量級をサザレイシで初見単騎撃破だ。火嬬重工はもちろん、パンタレイグループ全体から恨まれる。それだけじゃねえ、身内からだって恨み妬みを向けられるだろう」

「実感の籠った言葉だね。それで?」

「だから、もうこれ以上戦わなくていいように、平和な僻地の軍警あたりに異動させてやってほしいんだ。アイツのぶんまで俺が働くから」


 長官は目を見開いた。


「驚いたね。きみの口からそんな言葉が出るとは。いいとも、すぐに手配しよう」



   ☆



 キセナは、しばし呆然としていた。

 先の作戦では第二十三部隊として出撃した、イシジマ隊の隊室の扉の前。一枚の辞令が張り出されていた。


 本日付で、キセナ・ロウインという隊員の役職を、オルガノンからポリスへ変更する、という内容だった。


(キセナ・ロウインは、私)


 オルガノンというのは、ARSの操作者を指す言葉だ。骨を動かす臓器、という意味を持つ。

 一方でポリスというのは、企業軍=プラクシスの末端。企業都市の治安維持を担う企業軍警察を指す言葉だ。組織そのものと、その成員の両方を指す。


 実質的な左遷だった。


 固まっていても仕方ない。困惑は消えないが、ひとまず扉をくぐる。するとすかさず声を掛けられる。


「やあロウイン。お前、クゼ様に何したんだ?」


 嘲笑と憤懣と安堵と不安が混ざったような、複雑な表情のコウジが居た。神経質そうに、波打つ髪の先を弄っている。


「どういう意味ですか」

「聞いたぞ。昨日、クゼ様に“個人的に”呼び出されたそうじゃないか。そこで何かやらかしたから、お前だけトばされたんだろ?」


 コウジの言葉からは、言外に「作戦行動は関係ないんだろ?」という確認の意図が感じられた。新型機体を鹵獲せずに爆散させたことに気づき、後ろめたさがあるらしい。


「心あたりはありません」


 答えてから、ふと思う。

 もしも、上層部がサザレイシの自爆をキセナ・ロウインの仕業だと考えていたら、十分に左遷する理由にはなるな、と。

 自分の責を他人に押し付けて左遷させるのは、コウジとしても心苦しいのだろうか。けれど、自爆信号の発信元くらい軽く調べればわかることだし、第二十三部隊の通信内容も保存されているハズ。濡れ衣だとは考えにくい。


「ならやっぱり、お前が何かしたんだよ。そうじゃなくっちゃ、トばされないだろ?」


 煽るようなコウジには答えず、黙々と荷物をまとめていく。

 他の隊員たちも、いたたまれないのか、コウジの前でキセナに声をかけにくいのか、何も言ってこなかった。



   ☆



 午前11:07発の列車に乗って、キセナは赴任先へ向かっていた。有住グループが統治するネオ・アイチ・エリアのはずれにある離島、クレタ村。それがポリスとなったキセナの新たな勤務地だった。


『ならやっぱり、お前が何かしたんだよ』


 コウジの言葉が、頭の中に木霊する。

 何かをしたという自覚は無い。けれど、向こうが何かされたと思ったのなら。具体的には、交際を拒絶したと思われたなら。


(付き合ってくれなかった腹いせに左遷? バカじゃないの?)


 とてもそんなことをする男には見えなかった。

 だけど、思い通りにならなかったからという理由で権力を振りかざす人間は存在する。そして、人は見かけによらぬものだ。


(そんなクズに好かれたせいで、私はオルガノンから外されたの?)


 あまりにも理不尽だ。

 好かれた時点で、受け入れてもクズと付き合い続けることになるし、断ればこうして嫌がらせを受ける。


(こんなの、平和とは程遠い……)


 ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 どれだけ理不尽に抗って、どれだけ強くなっても、いまだに理不尽に傷つけられる。昔から、ずっと許せなかった。理不尽に力を振るう人も、それを見て見ぬフリをする人も、誰も彼もが許せない。


 キセナが平和を願ったところで、平和を享受しながら他者を不平和に陥れる奴がいる限り、誰もが平和を得ることはできない。


 誰だってやっていることだ。


 他人の平和より自分の平和。

 他人の平和を考えてくれる人が多い方が自分の平和も大きくなるが、自分が他人の平和を考えたところで、自分自身を平和にするのは自分自身。他人に任せてはいられない。


 なら。


 もういいじゃないか。


 キセナの願いが、ひび割れる音が聞こえた。


(私は、私のために、生きる……)


 車窓からは、数多の星が思い思いに輝く宇宙が見える。

 下方には地球型惑星の惑星アルケーと、それを覆うように建造された天蓋大陸パンゲアニウム。太陽系からは遥か彼方、数億光年先の新天地が広がっている。


(そうだ、復讐しよう)



   ☆



 西暦20XX年、一人の天才物理学者が、超長距離テレポーテーション技術を開発した。人類は新たな宇宙で、新たな惑星を見つける。


 その惑星、現在アルケーと呼ばれる星には、地球上には存在しなかった無数の新物質があった。その物質のどれもが、地球産の物質とは比べ物にならないくらい優秀な物性を持っていた。あるものは常温超電導の実現、あるものは圧倒的剛性と靭性、またあるものはほぼ完璧な電気的絶縁性と断熱性など。

 どれか一つでも革新的な物質の数々は、しかし、そのどれもがある一つの共通した欠点を抱えていた。


 致命的に、有害。


 そんな物質が惑星の各所に存在する。人類がアルケーに移住することは不可能に思われた。

 だが、周辺衛星から無害な資材を得ることによって、人類は惑星を覆うように大地を作り、その上に居住空間を築いた。それが天蓋大陸パンゲアニウムだ。


 そして新たな大地は、国家ではなく企業によって統治されることとなった。



   ☆



『まもなく、目的地に到着いたします』


 宇宙空間を走っていた列車は、天蓋大陸に飲み込まれる。

 短いトンネルを抜けると、緑豊かな大地の中に、ポツンと一つの街が見えた。

 ここが、キセナにとっての新たな天地。ネオ・アイチ・エリアのクレタ村である。

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