第3話 急転直下
キセナが新型を破壊したことで、火嬬重工の防衛部隊の動きが変わった。
生き残っていた六十体近くが、一斉にキセナの方に押し寄せてきたのだ。
「なっ、何!?」
堰を切ったように、という表現そのままの勢いで、いままで時間稼ぎに徹していた防衛部隊がキセナの操るサザレイシ一体を取り囲む。異様なのは、工廠を挟んで反対側にいた機体すら、キセナの元へ向かっていることだ。
なんとなく察しはつく。キセナの倒した新型、それは実際のところ、非常に重要な存在だったのだろう。防衛部隊は、すべてこの新型一機を逃がすために時間を稼いでいた。それが無為になりそうで焦っているのだ。
(これは、さすがに……)
多勢に無勢。
密度が高すぎて撃破しながら切り抜けるのは不可能だ。そして、いかに丈夫なARSといえど、質量攻撃が有効である以上、大軍勢に轢かれたら破損は免れない。地面に丸くなれば踏まれることには耐えられるかもしれないが、蹴とばされて転がされたら二度と制御できない。そのまま顔面を踏み抜かれたら行動不能だ。
逃げよう、そう思った矢先、隊長からの指示が飛んでくる。
『おい、ロウイン! キセナ・ロウイン! 聞こえるか!』
「イシジマ隊長、離脱します!」
『待て! お前はそこで敵を引きつけておけ! 僕に考えがある!』
(また無茶を……でも)
この突発的な状況でも即座に対応策を練れるとは、さすがに隊長に抜擢されるだけのことはある。キセナは少しだけコウジ隊長を見直した。
(時間を稼ぐならっ!)
キセナはサザレイシを再び跳躍させる。向かってくる敵機体の頭を踏んで、次の機体の上へ。群がる機体をお立ち台にして舞い踊る。敵の密度が高ければ高いほど落下しにくいが、今度は別の危険が生まれる。
(おっと!?)
踏まれた機体が腕を伸ばして、足を引っ張ろうとしてくるのだ。
時には逆立ち、時にはブリッジ姿勢を取りながら、下から伸びてくる腕を躱し、不安定な足場を渡り歩いて引きつける。
生身で行ってもそう簡単ではない動きだが、モーショントラッキングによるリモート操作では数段難易度が高い。手や足を置いた際の不安定さを感覚することはできないし、キセナが下を向いてもカメラの映像は床に映し出されてくれない。何度も無理やり飛び上がることで、接触時間を減らしてどうにか時間を稼いでいる。
だが、そう長くは保たせられない。足首を掴んだ手首を叩き斬りながら、敵機の頭上を転がる。無数に伸びる腕が絡みついてくる。足が滑って溝にはまる。カメラを敵機の腕が覆う、胸や腰にも腕が回される。
立った状態で暴れてみるが、ディスプレイ画面は改善されない。もみくちゃになって、完全に制御を失った。
「隊長、まだですか!?」
敵ARSの群れに飲み込まれゆく姿は隊長にも見えているだろう。
キセナは焦れる。
無事に帰るのが目標なのだが、果たして達成できるだろうか。
『よくやった! もう大丈夫だ! これで僕たちは認められる!』
一体どうやってこの数の機体を排除し、新型機体を鹵獲するのだろう。キセナは僅かな不安と大きな期待を胸に寄せ、画面を見つめる。
映像が、少しずつ赤く染まっていく。
それは返り血とか、塗りつぶされる類のものではない。機体内部から、赤い光が強まっている。
「隊長、まさか――」
『これだけの敵をまとめて吹き飛ばせばっ! 勲章だって貰えるぞ!』
突如、映像が途絶えた。
自爆だろう。
ARSの動力を暴走させることで、ARSの装甲ですら防御できない特殊な爆発を引き起こすことができる。しかし、通常することはない。通常の場合、行動不能になる理由が頭部破壊による通信途絶であり、自爆機能を作動させられないのもそうだし、何より自爆には大きなデメリットがある。
周囲を跡形もなく吹き飛ばすため、得られるモノが何も無いのだ。敵機のパーツにしろ、敵性生物の素材にしろ、一切合切消失する。
キセナの位置なら、工廠までは巻き込んでいないだろう。しかし、真下にあった新型機体は間違いなく消し飛ばした。
(どんな処罰を受けるんだろう……)
☆
後日、キセナは呼び出された。
場所はとある人物の部屋。
「失礼します」
とある人物とは、有住グループ企業軍、プラクシスの絶対的エース。キセナも憧れる最強の男。ミナト・クゼだった。
「悪いな、呼び出して」
特に悪いとも思っていなそうな声で、ニカッと笑いながら片手を上げて招き入れる。その立ち振る舞いは軍隊の堅苦しさを一切感じさせない、自由なものだった。
キセナは冷静ぶっているが、内心では非常に焦っていた。
(どっどどどどうしようどうしよう、ミナトさんに呼び出されちゃったよ。ここミナトさんの私室だよね!? なんでこんなとこに、でも内容ってやっぱり工廠制圧作戦のことだよね!? 私の機体が自爆して、敵部隊もろとも新型を吹っ飛ばしたから、そのせいで処罰を!? それとも何かもっと個人的なことだったりして!? えっ、どっちどっち!? 私はこれからどうなっちゃうの!?)
心の中のキセナは、瞳孔が開いて顔真っ赤、冷や汗ダラダラの醜態を描いていた。
現実のキセナはクールな表情で、心臓だけは胸の中で暴れている。
「その、ご用件は何でしょうか」
緊張をひた隠して、単刀直入に尋ねる。長居して、会話を重ねればボロを出しそうなのだ。
「そうだな。早速なんだが、伝えさせてもらう」
伝える。一体何を? 心の中で身構える。
だが次の一言は、キセナの構えなどやすやすと打ち砕くほどパワーのある言葉だった。
「惚れた、俺と付き合ってくれ!」
耳を疑った。
「はい?」
「ダメか? あっ、もしかしてもう……」
「いえ! そういうワケではなく……状況が飲み込めない、と言いますか」
咄嗟に恋人の存在を否定して、言う必要は無かったなと少し恥ずかしくなる。ストレートに好意を伝えられたこともあって、隠せないほど頬が紅潮しているのがわかる。
「いきなりすぎたか、悪いな。こほん、俺はキミみたいな強い
「待ってください。私たちはお互いのことをまだ何も知りません! その状態で付き合う、なんて……」
「ああ。そうだよな。だから、俺と戦ってくれ! シミュレーションなんかじゃなく、実機で!」
眩暈がした。意味が分からなかった。
(お互いのことを知らないから、戦う? ああ、付き合うってそういう……)
目の前に立っている男が笑顔でそう提案する姿に、どうしようもない隔絶を感じる。アレは、自分とは違う存在だと。
はじめからわかっていた。撃墜数ゼロの無敗の王者、絶対的エースとなるためには、常人とは全く異なる精神性がなければいけない。
同時に、薄らとした絶望も感じる。自分の憧れた強さの根底が、絶対に自分には手に入らないモノだと気づいてしまったから。実力と、運は比べがたい。だが、仮に実力も運も互角だとしても、争うことを楽しむことだけは、キセナには絶対に不可能だ。
キセナが戦う理由は、
「すみません、おっしゃっている意味がわかりません。私は争いが嫌いです。平穏が欲しくて、平和のためにこの仕事を選んだんです。どうして味方同士で戦わなければならないんですか」
「平和のため、か……そうか」
ミナト・クゼは困ったように頭を掻きながら、天井を見上げた。
「他に用件が無いようでしたら、失礼します」
踵を返すキセナを、ミナト・クゼが止めることはなかった。ただ、キセナの背中に声をかける。
「俺はキミが好きだ! だから、俺は諦めない」
どうしてそんなにも戦いたいのか、キセナには理解できなかった。
☆
翌日。
キセナは実行部隊から外され、企業軍警察への異動命令が出された。
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