第2話 新人 vs 新型

『なんだぁ? おあつらえ向きに道ができてるじゃねーか』


 レーダーによる戦況分析の結果、一方向だけ、機体が少なかった。まるで視力検査で見るランドルト環のように、進路が開けていた。


『リョーゴ・カヤガヤ。シラヌイ、出るぜっ!』



   ☆



 キセナ操るサザレイシのレーダーに、急速接近する反応あり。方向から、制圧目標たる火嬬重工の工廠から飛び出してきたことがわかる。

 AIが弾き出した接触までの時間はコンマ3秒。

 釣鐘のようなシルエットを視認して、それが秘密裏に開発されていた新型ARSであろうと察するのにコンマ1秒。

 手に持つ薙刀状の武器を把握し、回避行動の必要性を感じるとともに、自分が避ければ二度と追い付けないこと、後ろに控える第二十三部隊のメンバーでは対象を止めることは不可能だろうと直感するまで、さらにコンマ1秒。

 残りのコンマ1秒を使って、キセナはサザレイシを跳躍させる。やや後方へ宙返り、バック宙あるいはサマーソルトと呼ばれる動きに近いが、着地を考慮せずに高さを稼ぐ跳び方。空中姿勢は、走り高跳びの背面跳びの姿勢の方が似ている。


 次の瞬間、サザレイシの背中の下を、謎の新型機体が猛スピードで通過し……サザレイシを連れ去った。


 いや、それは正確な表現ではない。

 サザレイシは、自ら連れ去られたのだ。未使用だったパラシュートを展開させることによって、逃げ去ろうとする新型を無理やり捕らえたのだ。


 向こうの視点では、何が起きたのかわからなかっただろう。



   ☆



『はははっ!』


 リョーゴ・カヤガヤは専用武器の八朔を振り回しながら、ロズル荒野を爆走する。

 八朔は、片側に薙刀の刃、もう片側に直方体の錘をつけた長柄武器である。刃は関節を破壊するのに必要な最小限の大きさで、反りが強い。これは近接武器を意識した仕様だ。もう一方の錘は、高速移動しながら周囲のARSを破壊するための質量攻撃用だった。


 味方が道を開けてくれたと、預言者気分で気持ちよく走っていたリョーゴだったが、大きな勘違いをしていた。

 道が開けているのは、有住グループが保有する企業軍、プラクシスの新人が先行して大暴れした結果である。そうやってできた道を通れば、必然的に道の先には、大暴れした存在が待っている。


 だが、シラヌイの高速機動と、リョーゴ自身の油断から、状況把握ができていなかった。周囲に散らばる味方ARSの残骸すら、見えていなかった。


 レーダーが進行方向に敵の存在を知らせる。交錯までは1秒に満たない。


(問題ねえ……シラヌイの機動力と、八朔の攻撃範囲があればっ!)


 リョーゴは機体を加速させる。重量級ゆえに武器の取り回しは悪く、たとえば薙刀特有の柄を滑らせて持ち手を入れ替える持ち替えや、上段からの振り下ろしが難しい。しかし、地上を滑ることができるため、高速回転して遠心力を乗せた範囲攻撃が可能だった。


(右に避けたら左回転、左に避けたら右回転……そのまま突っ立ってるなら撥ね飛ばしてやる!)


 リョーゴが構えた瞬間、敵影は上方向に跳躍した。


(なにっ!?)


 予期せぬ挙動に、リョーゴは反応できず真っ直ぐに突っ込む。

 だが、追いつけるワケもない。倒せないのは残念だが、すぐに思考を逃走に切り替え――。


 突如、視界が塞がれた。

 全身各部の送風機が、吸気不全でエラーを吐く。操作室がにわかに騒がしくなった。

 それだけではない。上半身が後ろに引っ張られることで姿勢制御系でもアラートが鳴る。送風できないから速度が落ちるだけでなく、足裏への送風が切れたせいで踵が地面を擦っている。


(なんだ、何が起きた!? このままだと倒れるっ……!)


 アンチグラビティ・フロートシステムは足裏に備えられている。起動状態で地面と接触するのは破損に繋がる。

 やむなく、リョーゴはシステムを一度停止させて制動をかけた。


 足裏が閉じて、地面に着く。甲高い擦過音がスケルトンを伝って操作室を震わせる。ディスプレイに移る映像も振動して、リョーゴの五感を揺さぶった。


(くそっ、なんなんだ――)


 瞬く間に減速し、静止したのも束の間。

 カメラ映像が左右にブレる。AIが首への攻撃を検知し警告する。



   ☆



 パラシュートによって高速移動する新型機を捕らえたキセナは、引っ張られながら対象の急減速を感じた。張力が無くなり、ロープが弛む。

 今だとばかりにパラシュートを切り離して、振り向きざまに首を斬る。


 操作室で腕を振り抜いたキセナとは異なり、戦場のサザレイシは腕が止まっていた。


(斬り損ねた!?)


 急いで腕を引き戻して、機体との同期をとる。しながら、失敗の理由を分析する。斬撃の位置は狙い通りだった。威力も十分、機体の動作不良でもない。

 ならばどうして、と敵機を見れば、理由は明らかだった。


(首が……繋がっている!?)


 頭部の可動を完全に殺して、弱点を無くしていた。頭部と胴体はひとつながりとなり、それゆえ斬り落とすことができなかったのだ。


 キセナは首を落とせないことを察すると、すぐに別の弱点を探し始める。

 後ろから見た肘は、二の腕から伸びた装甲に守られて攻撃しにくい。肩は肥大化した肩甲骨のような装甲が邪魔だ。腰部も関節は存在せず、攻撃の意味がないようだ。ひかがみ――膝の裏側は腰から垂れた鋼板で見えないが、可動するのなら隙間があるハズだ。最後は足首だが、袴の裾のようなカバーに覆われて、とても攻撃が通りそうにない。


(あとは、カメラか……!)


 ARSの弱点部位は、関節とカメラだ。基本的に、近接武器を使う場合は範囲も広く命中時の被害が大きい関節部を狙う。だが、今回のように関節部分を固めた重量級を相手にする場合では、カメラのレンズから内部を破壊することも検討しなければならない。

 なお、最強と呼び声高い有住グループの絶対的エース、ミナト・クゼはライフルでカメラを狙撃し炸裂弾で頭部を破壊することがメインの戦闘スタイルである。


 キセナは爪先でひかがみのカバーをめくり、左手の刀を膝関節に突き刺しながら、片手間でカメラを探す。頭部が固定されている以上、全周囲を観測するために背面にもカメラがついていなければおかしい。


(あった)


 キセナの考え通り、カメラはあった。頭部の上端についていた。首が動かせなくても問題ないよう、内部カメラが円周上を動く仕組みのようで、緊箍児状に透明部が膨らんでいる。申し訳程度の両断対策として段差がつけられていて、一見しただけではカメラ部位とわからなかった。

 だが、わかってしまえばこっちのもの。

 片足を破壊され、パラシュート除去に手間取っていて隙だらけの新型に向けて、ブレードを両手で水平に構える。高さはカメラを狙うため顔の横、霞構えと呼ばれる構えだ。


 カメラの光がこちらを向いた。

 目が、合った気がした。


「さようなら」


 突きこみながら、刀身を地面と水平にする。腰にも首にも可動のない敵ARSは、回避行動もとれずカメラを破壊された。


 だが、これで無力化できたワケじゃない。

 キセナはすぐさま突き刺されたブレードの柄を下から蹴り上げる。バキン、という小気味いい音がして、ブレードと敵機頭頂部装甲が空高くへ舞った。てこの原理で頭頂部の装甲を引っぺがしたのだ。


 そのまま跳躍して、空中でブレードを掴む。


「終わりよ」


 切先を真下へ向け、落下する。その刀の先には、中身を晒した敵ARSの頭部がある。その頭部には、通信系や機体制御系がぎっしり詰まっている。


 キセナは、敵の頭から胴体までを串刺しにした。

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