幽骸機復讐計画~Skeleton Breakers~
九郎 世歌
第一章
第1話 流れ星のように
戦火に彩られた灰褐色の空を見上げ、幼い少女は呟いた。
「どうして……ひとは、たたかっちゃうの……?」
彼女の言葉に応えるように、一条の流星が瞬いた。
☆
『いいかぁっ! 作戦目標はロズル荒野に隠された
隊長であるコウジ・イシジマから高圧的な通信が入る。
『我々第二十三部隊は展開される敵ARSの排除にあたりぃっ、クゼ様の援護を行うぅっ!』
語尾が跳ねているのは、決してコウジ隊長の気性だけが原因ではない。
大気圏突入による轟音に負けぬように声を張っているのも理由の一つであろう。
聞きながら、キセナはやれやれと首を振った。
確かに第一部隊を率いるミナト・クゼは
(だからって、気負いすぎよ……)
第二十三部隊は、全員が全員、初出撃だ。引率がいないのは、新人の中では期待される実力者が集められているから。それ以上に、人手が足りないから。手柄を立てれば上位部隊の目に留まるのかもしれないが、そもそも戦闘できるかすら怪しい。
キセナは初任務の目標を、撃墜されないこととする。消極的かもしれないが、キセナがクゼを追いかけるうえで必要なことだった。
ミナト・クゼは、初出撃から今に至るまで、被撃墜数ゼロを貫いているのだから。
ディスプレイの揺れが収まる。
『そろそろか……総員、セカンドダイブ用意!』
大気圏突入用ポッドの外壁が、花開くように剥がれて風に流されていく。
キセナは自身の身体を動かして、操作するARS――Armed Remote Skeletonを大気に躍らせた。
「第二十三部隊主攻撃手、キセナ・ロウイン。サザレイシにてセカンドダイブを行います!」
『なっ、おい待て! 僕を置いていくな!』
キセナに続くように、次々とARSが飛び出していく。
その数、六体。
それぞれがダイビングの要領で手足を広げながら、高度と落下方向を整えていく。
「先行します」
第二十三部隊において、切り込み隊長の一番槍こそが主攻撃手たるキセナの役目。
両手両足を身体に揃え、空気抵抗を減らすことで終端速度を上げる。
『おい、隊長は僕だぞ!』
キセナは操作室で、一人小さく溜息をついた。
コウジは功を焦りすぎている。その結果、隊長の役割も部隊の役目も忘れてしまうのは、組織人としてよろしくない。指揮能力の高さを買われて隊長に抜擢されているのに、キセナと撃破数を競おうとしているきらいがある。
(訓練生時代、一度も勝ったことないじゃない……)
キセナに続いて副攻撃手の二人が速度を上げ、V字を描いて追従する。
轟々と、風を切る音は操作室にも響く。ディスプレイに映し出された景色も振動している。視覚情報と聴覚情報から、自分がスカイダイビングしているイメージを構築する。
キセナ自身は今、操作室の中でハーネスに吊られている。
降下するARSをモーショントラッキングで操作する都合上、両者の姿勢を近づけた方が操作しやすい。ハーネスはそのための措置だった。
そして、だからこそイメージが重要なのだ。
『パラシュート、開きます!』
後続が背負ったパラシュートを展開して減速していくなか、キセナが操るARS、サザレイシは滑空を続けていた。
視界には、すでにこちらのダイブに気づいて展開された火嬬重工開発の重量級ARS、スモーキンが迎撃用のライフルを構えている姿が映る。工廠防衛だけあって数が多い。AIによる映像分析では、最低でも108体はいる。
味方の姿は……見えない。
(私たちはただの頭数だと思ってたけどっ)
キセナは焦った。味方部隊の後方支援につくと考えていたからだ。
味方がいないのならば仕方ない。キセナはサザレイシの姿勢を調整する。
敵の防衛線の少し手前、それが目標地点だ。
(まだ、まだ、まだ……今っ!)
ARSが着地する直前、操作室でキセナのハーネスが切り離される。
己が身一つでスカイダイビングしたときを思い出し、全身全霊の受け身を取る。
大音量のノイズが鳴って、映像が激しく乱れる。
キセナは丸まったままタイミングを計っていた。
画面の向こうのARSは、何度も跳ねながら転がって勢いを殺しているだろうから。
そのまま、敵の防衛線に突撃する。
『うっそぉ……』
『サザレイシって、ノーパラでダイブできんの……?』
立ち上がると同時に、正面のスモーキンの頭部を掌底で破壊する。そのスモーキンを踏み台にすることで運動量をくれてやり、身を捻りながら宙返る。振り向きざまに腰のブレード二本を抜刀、向けられた銃口をはじく。
着地後は両手に持った日本刀型のブレードを操り、次々とスモーキンの首を刎ねていく。
ARSのセンサ類、および通信機能は頭部に集約されている。だからARSは頭部さえ破壊すれば無力化できる。頭部を失ったスモーキンたちは次々と膝を折り、地面に倒れ伏していった。
だが、敵陣に突っ込めば当然集中砲火を浴びる。
あっけにとられていたスモーキンたちが、ようやく急襲に対応してライフルを撃ちだしたのだ。四方八方から飛来する銃弾が装甲で跳ねて、まるで激しい雨音のよう。
キセナは意に介さない。
「そんな豆鉄砲が、ARSに効くワケないでしょ……っ!」
額に、胸に銃弾を受けようと、構わず突き進みブレードを振るう。
そもそも、迎撃用ライフルというのは、パラシュートを破壊してダイブ中のARSを落下させるための武器であって、降りてきたARSと戦闘をする際の武器ではない。
ARSの装甲は、並みの銃弾では傷つけられない。
だから必然的に、ARSの無力化には関節部などの装甲がない部分を狙う。そのため、ARS同士の戦闘は近接戦がほとんどとなる。
知識としては、誰でも知っていること。しかし、目の前にパラシュートなしでダイブして瞬く間に味方ARSを破壊していくバケモノがいたとして、そのバケモノに近接武器で挑もうと思える者がどれだけいるだろうか。
この場には、まるでいなかった。
火嬬重工の防衛線の一画は、なす術もなく崩壊した。
☆
現在、三十を超える部隊、百八十を超えるARSが火嬬重工の工廠を取り囲み、その包囲網を狭めている。
当然、襲われている火嬬重工側としてはたまったものじゃない。
『どうなっとる!? 囲まれとるぞ!?』
混乱する現場。
大気圏突入する無数のポッドに気づいて慌てて展開させた防衛用ARSも次々と撃破されていく。
このままでは、開発を終えたばかりの新型を奪取されてしまう。
それだけは……それだけは避けねばならない。
『リョーゴ・カヤガヤ。何としてもシラヌイを持ち帰れ』
『へへっ、了解っす』
親会社であるパンタレイ・インダストリーから派遣されたテスターを戦場に出す。大きな借りを作ることになってしまうが、技術を奪われるよりはマシだ。
新型ARS、シラヌイはスモーキン同様、重量級に分類される機体である。
重量級ARSは、可動を犠牲に関節部の装甲を増やし、質量攻撃によってARSの破壊を狙う。必然的に移動速度も遅く、拠点防衛や迎撃に用いられることが多い。だが、重量級ARSの真価は一対一の戦闘にこそある。高い防御力と、精度を必要としない攻撃手段は、対ARS戦において圧倒的なアドバンテージとなる。
では、そこに移動力を加えたら?
それこそが新型、シラヌイの強みだ。
アンチグラビティ・フロートシステムにより浮遊すると同時に、全身各部に備えられた送風機で自在に動くことが可能となる。
中でもアンチグラビティ・フロートシステムは発展途上の技術であり、現状でも移動や運搬の効率を格段にあげているが、将来的には完全自由飛行を実現させると考えられる。
この技術を制する企業が、次代を制するとまで目されている。
『いいか、絶対に奪われるな。万が一のときは……』
『わーってますよ』
包囲された工廠の一画で、シラヌイが動き出す。
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