第8話

 彼は、どうしてわかったのでしょう。私の心に秘めた、悲しい決意に。


「でも、私……」


「ハル。ここは、春を呼ぶエネルギーが集まる場所なんだ」


 少年は、唐突に語り始めました。


「僕はこれから、ここで春を呼ぼうと思っていた。でも今はやめておくよ」


 春を呼ぶ? そんなことができるのは、春の神様だけです。

 一体、少年は何者なのでしょう。


「このままじゃ、君は冬を越せないから。どうか、元気になって。ハルが元気にならないと、春は呼べない。僕はこうして、ハルに毎年会える世界が大好きなんだよ」


 このとき、私ははっきりとわかりました。ああ、目の前の少年は神様なのだと。彼はきっと、私の全てを見抜いていたのです。

 少年は、そっと私を抱きしめました。

 暖かくて、力強い。その優しさに安心して、私はまた泣いてしまいました。

 そう、私は間違っていたのです。悲しみのあまり、私はわからなくなってしまっていたのです。

 ですが、私を大切に思ってくれている人はいました。たった一人でも、この世に。それだけで私は、生きられる気がしました。


「ごめんなさいっ……私、間違っていた。私が生きている方が、お父さんもお母さんも喜ぶに決まってる。私、もう少し頑張ってみるわ」


 私は泣きながら微笑みました。

 もう、私は大丈夫。ちゃんと歩いて、家まで帰れる気がしました。そして家に帰ったら、ご飯を食べて、しっかり寝よう。

 私は頑張って生きてみることにしました。


「良かった。ハルが、またそう思ってくれて」


 少年はほっとしたように微笑みました。


「じゃあ、そんなハルに、良いものを見せてあげる」


 すると少年は、いえ、春の神様は、胸の前で手を合わせ、祈り始めました。

 やがて、目の前の雪は溶けていき、地面から植物が芽吹きました。そしてみるみる成長し、見事な花を咲かせます。木々は葉が茂り、その枝に鳥やリスが集まってきました。いつの間にか暖かな日が差しています。花畑が息を吹き返しました。

 あっという間に、春がやってきたのです。


「わあ、すごい……!」


「ハル、この世界には、素敵なことが溢れているんだよ。だからいつも可能性を諦めないで」


「うん、わかった」


「また来年も会おう。約束だよ」


 春の神様はそう言って、またすっと姿を消してしまいました。

 私は芝生の上に座り込み、ぼうっと美しい花畑を眺めました。鳥が嬉しそうに鳴き、リスや猫が楽しそうに遊んでいます。

 ふと下を向くとそこには、花びらが幾重にも重なってフリルのようになっている桃色の花が咲いていました。とてもとても小さな花です。

 私は、いつかお母さんとした話を思い出しました。きっとこれがハルカゼソウなのです。

 だってここは春の神様が住む場所。伝説のハルカゼソウがあっても、不思議ではありません。

 きっとお父さんとお母さんは、この花畑で出会ったのです。ハルカゼソウが咲く、この花畑で。

 二人の結婚式を、春の神様も見ていたでしょうか。

 春の神様は私たちに幸せをくれる、素敵な神様です。


「春の神様、毎年、春をくれてありがとう」


 私はそっと呟きました。

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