第4話
秋になると、お母さんの元気はまたなくなってしまいました。夏に全ての元気を使い切ってしまったのでしょうか。
また、私の不安な日々が続きました。
「お母さん、起き上がれる?」
「ごめんね、もう少し寝かせて」
お母さんは起き上がることさえ、気力がないようでした。前はよく本を読んでいたのに。これでは本の感想を言い合うこともできません。
大好きな時間が失われたことが、私は悲しくて仕方ありませんでした。これから一つずつ、大好きな時間が失われていくのでしょうか。
「お母さん……」
私はベッドの横に座り、お母さんの寝顔を眺めました。ちゃんと息をしています。大丈夫、お母さんは生きてる、これからもずっと。
そう言い聞かせ、なんとか安心しようとしました。
冬になると、お母さんは一日中眠っているようになりました。言葉を交わせる時間も少しだけ。私はいつもお母さんの寝顔を見つめていました。
お母さんともっと居たい。私は仕事を休みがちになりました。良くないことだとはわかっていました。このままでは仕事仲間にも迷惑をかけるし、なにより生活費がなくなってしまいます。
それでも、一分一秒でもお母さんと一緒に居たかったのです。
お母さんが亡くなるなんて思いたくはありませんでしたが、お母さんの日々の様子を見ていると、何だか予感めいたものがあったのでしょう。
私はお母さんのベッドにぴったりとくっつき、お母さんの手を握って一日を過ごしました。
「お母さん……約束、守ってくれるよね」
私のそんな呟きは、眠っているお母さんには届かないまま、虚空に溶けていきました。
ある夜、私は夢を見ました。お母さんと、あの秘密の花畑に行く夢です。
お母さんはとても元気で、私と一緒に花畑を駆け回りました。二人で鬼ごっこです。小さい時によく遊んでもらったなぁ、と私は懐かしさでいっぱいになりました。
その時、私の背中に温かい手が触れました。はっと振り向くと、そこには優しそうな男の人が、笑顔で立っていました。
「次はハルが鬼だよ。お父さんを捕まえられるかな?」
「おとう、さん? どうしてここに?」
「さあハル、こっちにおいで」
そう、この男の人は私のお父さんでした。私はお父さんの姿をまじまじと眺めます。私は実のところ、お父さんの顔をよく覚えていませんでした。しかしなぜか、目の前の男の人をお父さんだと認識しています。
そう、私の大好きなお父さん。
私はお父さんを追いかけました。
「わあ、ハル、速いわね!」
お母さんが手を叩いて応援してくれます。
「私、今すごく楽しい! お父さん、お母さん!」
私は笑いながらお父さんとお母さんに抱きつきました。二人は優しくぎゅっと抱きしめてくれます。
「……私、二人とずっと一緒にいたい」
「ごめんね、ハル。それはできないんだよ」
それは、お父さんとお母さん、どちらの言葉だったのでしょう。
そこではっと目が覚めました。
私はお母さんのベッドで、お母さんと一緒に眠っていました。お母さんはいつの間にか、私を抱きしめてくれていました。
その時、私は気づきました。お母さんが息をしていないことに。
「おかあ、さん……」
現実を受け入れることに、しばらく時間がかかりました。
そして私は、この時初めて泣きました。わああああ、と大きく声を上げて。今まで我慢していた分の涙まで、とめどなく流れてきました。
「お母さん、お母さん!!」
何度呼んでもお母さんが返事をすることはありませんでした。
もう、お母さんと本の感想を言い合うことはできません。お母さんと寝ることも、お母さんとご飯を食べることも、全て。
花畑に連れていくことだって、叶いませんでした。
「うっ、うっ、お母さん……」
私の声がお母さんに届くことはありませんでした。
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