第9話 平凡

 最初は似た者同士だと思ったんだ。この世界に絶望したような目をした君と出会い。それは神様がくれた最後の贈り物なんだと。両親に捨てられ、誰とも関わることなく死んだように生きていた私に、死にたいという気持ちに共感できる人と出会わせてくれたんだと。


 でも、君と過ごす時間が長くなるにつれて違うことが分かって来た。私はただ誰とも関わってこなかっただけの、余命があること以外は普通の人だった。私の心は誰にも触れられることなく、胸の奥底に隠されていただけで、君に触れてもらったことで人間らしくなれた。


 でも、君は違った。等身大の優しい少女で、たくさんの人と触れ合った過去があって、人として世界で生きていた。そして、自分の目で世界を見て、自分の足で立って世界で生きた中で、心が壊れてしまったんだ。


 死にたいという願望の根本が私たちは違った。最初から何もなかった私と、手にあったものが壊れてしまった君。いつしか私は君に死んでほしくないと思うようになっていた。何もなかった私の掌には、一か月にも満たない君との思い出しかない。私には君しか居ないんだ。そんな大切な人に死んでほしくないと思うのは当然の事じゃないか。


「え、リハビリ?」


 私の担当医はそうやって目を丸くした。彼は一度そう反応した後、違う違うと首を横に振って、別に馬鹿にしたわけじゃないとさっきの言葉を取り消した。十数年何も要求しなかった私が突然歩けるようになりたいと言ったのだから驚いても無理はない。別に気にしていないと伝えてから再度私の要求を伝える。


「足の筋肉が弱ってるだけだから、少し頑張ればすぐに歩けるようになるよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「……いい笑顔だね」


 彼は私の顔を見て一瞬呆気にとられたような顔になってから、慈しむような優しい顔を私に向けた。笑顔。おそらく彼が一度も見たことがなかったそれは、君が私にくれたものの一つだ。


「両親には私のことは自由にと言われてるんですよね」

「そうだね」

「なら、もう一つお願いしたいことがあるんです」


 担当医の彼にもう一つのお願いを伝えた後、私は一人で歩けるようになるためのリハビリを開始した。自分が思っている以上に一人で歩くことは難しいみたいで、ほとんど使われることなく、病気の影響もあって弱り続けた足は全くいう事を聞かなかった。それでも頑張ろうと思えたのは君が居たから。


 自分の命の灯が尽きかけていることは分かっていた。君とどこかに行くことがその時間を短くすることも。でも、君と価値のある時間を、君との思い出が欲しかった。君の事をもっと知りたかった。君の笑顔を見たかった。全部私のわがままで、普通な人の私が壊れてしまった君にできることだ。

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