第6話 贈り物

 可愛い雑貨というのは年齢も性別も関係なく需要があるらしい。群雄割拠のショッピングモールでこんなにも人を集める程度には。


「私が入ったら邪魔になってしまうだろうね」


 可愛い雑貨が陳列されている棚の間の通路にひしめく若者たちを見て、車いすに乗っている陽子はそう分析した。気を遣ってくれはするだろうけど、落ち着いて見られるとは思えない。


「ゆっくりなら立って動ける?」

「向日葵が支えてくれるなら立てるよ。力が弱いだけで、動かないわけじゃないからね」

「なら、そうしましょうか」


 折角の外出だ。ここで諦めて帰るのは勿体ない。陽子の車いすを邪魔にならないところに置いて、彼女を支えて雑貨店を見ることにした。


「……陽子、その、これはさすがに近すぎる」

「そうかい?」


 杖代わりに肩を貸す程度だと思っていたのだけど、陽子は私の腕をガッチリとホールドして、体を私にくっつけて寄りかかっている。まるでバカップルのような体勢に動揺する。この格好で若者がひしめく雑貨店に入ったらどんな目で見られるか。想像しただけで恥ずかしくなる。


「歩きやすい恰好がこれなのだが、何か都合が悪い事があるのかい?」

「恥ずかしいでしょ。こんなバカップルみたいな恰好」

「カップル? 私たちは友達だとさっき言ったばかりじゃないか」

「そうじゃなくて、周りからどう見られるかって話」

「どうでもいいじゃないか。どうせ今後関わることのない人間だろう?」


 どうでもいい、確かにそうだ。恥も外聞も、この世界から消えたい私にとってはどうでもいいはずだ。今まで人と関わることを避けていたせいで気付かなかったけど、意外と人間らしい感情が私にも残っていたらしい。


「……それもそうね」


 陽子の言う通り、ここにひしめく人間からどう見られるかなんてどうでもいい。陽子が歩きやすい恰好がこれなら、私がどうなろうとそれを最優先にするべきだ。


 ピンクと白を基調とした可愛らしい雰囲気の雑貨店の中には規則正しく棚が置かれていて、多種多様な雑貨が陳列されている。ふわふわなぬいぐるみから、一風変わった文房具まで置かれていて、様々なニーズに応えられるだろう。おしゃれな女子高生が目がぎょろぎょろした赤い毛玉みたいなモンスターのキーホルダーを手に取っていたり、金髪の男子高校生が可愛い文房具を吟味していたりと、現代の柔軟な価値観を象徴するような光景が見られた。


「さて、ここで私に何を見せてくれるんだい?」

「何をってわけじゃないわ。陽子が自分の目で見て気に入ったのがあったら教えて欲しいの」

「気に入る、ねぇ。さっきの服屋でわかっているだろう。私はそう言った感情を持ち合わせていない」

「でも、おしゃれも悪くないって言ってたじゃない」

「しかしねぇ……まぁ、あれこれ言うのは見てからにしようか」


 陽子に幸せを感じてほしい。そのためには陽子のことを知る必要がある。陽子は自分に好きなものはないと言っているけど、それはまだ知らないだけだ。あんなつまらない病院の中に閉じ込められていたら、好きなものが何かなんて分かるはずがない。


 いろいろなものがあるここなら何かヒントが得られるかも知れない。


「ふむ、これを可愛いと思う人が一定数いるのか。世の中は不思議な物だね」


 陽子は所謂キモ可愛いと言われるキャラクターが揃っている棚を見てそう言った。ああいうのはあまり好みではないみたいだ。


「向日葵、私に好きなものを探せと言うなら、君も探すのが筋というものだろ」

「あぁ、そうね」


 肩に寄りかかる陽子をずっと見つめているのがバレて、私もちゃんと雑貨を見るように言われた。私としては陽子が何を選ぶのかしか興味はないが、陽子に言われたのなら仕方ない。


 とはいえ、このキモ可愛いゾーンには興味がない。陽子を連れて他のゾーンまで移動した。


 長年続くゲームタイトルのグッズが並んでいる棚にやって来た。こういうのに疎い私でも見たことあるような人気者のキャラクターたちは、ゲームは全年齢向けでありながら、子供たちだけでなく大人たちにも好かれているようだ。目の前にあった一頭身のピンクのキャラクターのぬいぐるみを手に取ってみる。ふわふわした触り心地はなかなか癖になるし、さっきとは違う素直に可愛らしいデザインは見ていて癒される。


「向日葵はそれが気に入ったのかい?」

「可愛いとは思う」

「同感だね。愛らしい顔をしているよ」


 陽子は好意的な感想を抱いてはいるみたいだが、何か琴線に触れるものがあったというわけではなさそうだ。実際にゲームをやってみたら感想は変わるかもしれないが、ゲーム機なんて持っていないから潔く次に行くことにした。


 花やお菓子をモチーフにした小物が取り揃えられた棚の前まで来た。色々見て回ったけど、こういう王道なものが一番なのかもしれない。私と陽子は一般的には変わった人間かもしれないけど、好きなものの感性は普通かもしれないから。


 髪飾りやキーケース、部屋に飾る小物まで可愛いで埋め尽くされている。そんな中から私の目に留まったのは天使の羽をあしらった銀色の指輪だった。右翼と左翼それぞれ一つずつのペアリング。安物の、いかにもここにデートに来たカップルのために用意されたそれに、なぜか気を惹かれた。


「向日葵、これつけてみて」

「え、わたしに?」

「試着はご自由にって書いてあるから安心してつけたまえ」


 陽子がそんなことを言いながら私に押し付けてきたのは、赤と青のベリー系の果実がデザインされたブレスレットだった。確かにいいデザインだけれど、なぜこれを私に渡すのかがわからなかった。陽子が気に入ったものなら自分で試着した方がいいのに。とりあえず言われるが着けて陽子に見せてみた。


「どう?」

「うん、やっぱり似合ってる」

「私が似合ってたって意味ないでしょ」

「向日葵に似合うと思って選んだんだよ」

「……え」


 陽子はそう言うと今までに見たことがないくらい澄んだ笑顔を見せた。幸せそうだ。そんなものとは縁遠い人生を過ごしてきた私ですら、そう直感出来てしまうほどの幸福が陽子からあふれ出していた。


 私は陽子の好きなものを知って、それで幸せになってもらおうとした。そして陽子は私に似合いそうなアクセサリーを選んで、それをつけた私を見て幸せそうに笑った。でも、それじゃあまるで陽子が好きなものが私みたいじゃないか。いや、それは早合点が過ぎる。陽子は今、生まれて初めての友達との外出の最中なんだ。それで気分が上がっているだけだ。今の陽子からすべてを判断するのは危険すぎる。


「陽子が好きなものを選んで欲しいんだけど」

「それならこれで正解だよ」

「じゃあ返すわ」

「君が持っててくれ」


 陽子の正解という言葉で、自分が気に入ったのを私につけさせただけかと思ったが、なぜかブレスレットの返却が許されなかった。


「君が持ってるのがいいんだ」

「それって……」


 どういう意味、そんな言葉を飲み込む。ここで答えを乞うほど私は野暮じゃない。友達と楽しくショッピング。何もかもが初めての感覚の中で彼女は舞い上がっている。それなら私は相応の返事をするだけだ。


「なら、私も陽子につけてもらいたいものがあるの」


 さっき目に留まった天使の羽の指輪を陽子に渡す。元々私のものを探すつもりはなかった。そんな中で気を惹かれたこれは、何か特別な物なのだろうと直感した。


「これは……」

「どっちがいいか選んで」


 陽子の掌の上に広がる銀の両翼がきらりと光る。陽子は小さい左手から伸びる白く細い小指にゆっくりと指輪をはめた。


「向日葵」

「うん」


 残った右翼の指輪を受け取り、私は右手の薬指にはめた。


「どうかしら?」

「いいね。君が選んだものはしっくりくるよ」


 互いに指輪を見せ合う。指輪をはめる場所の意味を陽子が知っているかは分からない。ただ、陽子なら調べなくても直感できるような気がする。


 陽子の命は短い。彼女が抱いた気持ちに、彼女の幸せに、私は向き合いたい。私の終わりの安寧のためじゃなく、不幸に生きてきた友達のために。


「行こっか」


 陽子の肩を抱き寄せて、彼女が倒れてしまわないように歩き出した。

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