第9話 成長と杖



 いつものログハウスから少し離れた平地。

 雲一つないない晴天の日。こんなにもいい日だと言うのに、俺は先生に襲いかかっていた。


「『光球』!」


 俺がそう言って、魔法を発動させると俺の周りにボーリング大の光の球が5つ生み出される。そして、俺は拳銃のような形を手で作り指向性を持たせる。


 行け…!


 光の玉は打ち出された弾丸のように素早く先生の元へと向かう。


「ふふ」


 先生は笑うと少しだけ杖を振る。 先を下に向けた状態で軽く数回。

 すると、土壁が地面から生え、光球を受け止めるべく光球の軌道上に現れる。


 ふっ!


 放った光球になさらなる変更を入れ、拡散して襲いかかっていた光球を同じ軌道上で走らせる。

 しかし。


「硬すぎだろ! 」


 土壁を1枚も破ることなく、光球は霧散したのだ。

 しかし、土壁に当たった衝撃で土煙が上がっていた。


 ちっ!


 土煙の中から炎の蛇が3つの首をしならせながら飛び出しだ。その蛇は大きく口を開き、俺に襲いかかってくる。


「『水の牢獄』!」



 水でできた魔法の鎖が俺を起点に上下に伸びる。下に向かった鎖は地面に突き刺さり、上に伸びた鎖は上空から炎の蛇を捉えた。


「『氷の輪廻』!」


 捕まえた蛇は蒸気を大量に上げながらもがく。それ対して俺は氷の魔法を放つ。熱を感じると対象を凍らせる魔法だ。

 みるみるうちに炎の蛇は凍っていき、根元まで凍ると同時に砕け散った。


 ………。



 かなり大きな蒸気を発生させたため、視界にもやがかかる。こういう時。どういう行動を取るか。先生はどうやって倒しに来るか。



「油断してるね」


 後ろから声が聞こえた。

 振り向くと、杖の先に魔力を貯めた先生がいた。あの杖から魔力砲を放つつもりだろう。

 でも。


「油断しているのは先生ですよ。『滅光砲』」


 発射寸前で待機していた魔法を打ち出す。魔力を光に変換し、それをエネルギーとして放つ魔法。この魔法は特殊で威力は知力ではなく込めた魔力の量に依存する。

 俺は残りの魔力を込めていたそれを放った。


「へぇ、やるじゃないか…」


 先生は防護魔法を展開する暇もなく、もろに俺の魔法を食らう。そして、地面へと落ちていった。

 大きな土煙を上げて先生が落ちる。俺もそれに続いて地面に着地した。


「やっぱり…おかしいですよね。先生」



 俺の魔法をもろに食らったはずだ。あれから俺の魔力は向上し続け、1986となっている。その全てではないにしてもほとんどの魔力を込めた魔法だった。

 なのに、先生はケロッと立ち上がったのだ。変化と言えば少し髪が焦げ付き、いつものローブが敗れているところだろうか。


「ははっ、仮にも超越者だからね。でも君はそんな私を地面に落とし、この通り傷を負わせた」


 先生の指導が始まってから約1年。

 そして1ヶ月前に始まったこの模擬戦。言わば卒業試験のようなものだ。合格条件は先生に傷を負わせること。それも本気で傷をおわないようにする先生にだ。

 最初は全くと言っていいほど歯が立たなかった。戦闘経験のない俺は全く動けなかった。そして、負ける度に先生から指導が入る。どうすれば勝てるか。ドンな戦闘を組み立てているのか。そういうことを教えてくれた。



「まだまだですよ。魔法の発生速度も先生から比べれば遅い。無詠唱だってまだ少ししかできない」


 魔法については先生の指導のおかげでありえないくらい成長した。ただ、まだ無詠唱で使える魔法は極わずかだ。大体が魔法名を言わなければ放つことが出来ない。ここに関して、先生は完全に年季と言っていた。


「だとしても、ここに来た時に比べれば大きく成長している。もう、巣立ってもいい時だね」


 先生はそう言って笑う。

 その笑顔には一切の曇りや悲しみはなく、ただ嬉しいという感情が見て取れた。


「…ですね。卒業試験の内容はクリア、しました、し」


 ポロポロと大きな雫が目から滑り落ちる。

 泣くつもりなんてなかった。泣いてもどうにかなることじゃない。前から決まっていたことだ。心は完全に準備できていた。毎日、今日こそ卒業すると意気込んでいたくらいだ。なのに。涙か止まらない。



「ふふっ。泣いてくれるなんて嬉しいね」

「っく、バカにしてます、か?」

「いや、してないさ。純粋に嬉しいんだよ」


 先生は俺の頭を撫でる。髪の方向に沿って、ゆっくりと撫でてくれた。


「そうだ。君に卒業記念の物を送らないとね」

「卒業記念?」

「ああ、これまで頑張ったからね」

「正直、死にそうな時もありましたけどね」

「ははっ。でもそのおかげで君は強くなった」

「ええ、本当に、ありがとうございました!」


 その場で頭を下げる。

 この1年間、この人にはお世話になりっぱなしだった。魔法の練習だけでなく、この世界の情報なんかも教えてもらった。もし、この人に助けて貰っていなかったら俺はあの場で死んでいたのだから、感謝しかない。


「うん。こちらこそだよ」


 先生はもうすぐ沈もうとしている太陽と茜色の空を見ながら言った。


「さぁ、戻ろうか…!」

「ええ!」


 2人でログハウスに向かって歩く。明日から俺はここを旅立つ。今からすごす時間が先生との最後の時間になる。先生に認められた嬉しさとここを離れる寂しさが俺の中で絡まりあっていた。







 ※※※





「さぁこれが卒業記念だよ」


 翌日の朝。俺は先生のくれた旅装束を身にまとい、ログハウスの前にいた。


「これは、杖?」


 先生が持ってきた卒業記念品。それは先生の杖と同じ形をした、灰色の杖だった。


「そうだね。僕が昔使っていたものさ」

「先生が使っていたもの…」


 まじまじと杖を見る。

 杖にはいくつかの傷がついており、長年の間先生の杖として使われたであろうことが伺える。そしてなにより、先生の杖をくれるということが俺にとっては酷く嬉しかった。


「この杖は魔法の威力を大きくする効果がある。そして、この杖は所有者として設定されたものにしか使えない」

「そんなことが…」

「昨日のうちに所有者は君にしておいた。何があっても君のもとへと戻ってくるよ」

「…ありがとうございます」


 何から何まで本当に良くしてくれる。

 旅の注意点も、服装も、道具も全て用意してくれた。でも、俺は何かを返すことが出来ただろうか? これから返すことはできるだろうか?


「…先生。俺は先生に何か返せたでしょうか」

「ふふっ。変なことを気にする子だね。元々無理やり連れてきたんだ。そんなことは気にする必要は無いよ」

「しかし…」

「それに君は僕が思っていた通り面白い成長を見せてくれた。結局、スキルの方は分からずじまいだったけどね」

「す、すみませ」

「いやいや、いいんだよ。レベルが上がって、そのスキルが何か分かったらまた、教えに来てくれるかい?」


 また先生に会いに来ていいと言う。

 教えに来るかどうか? そんなのは決まっている。


「はい! もちろんです!」

「ふふっ。いい返事だね」


 先生はいつものように笑う。


「さぁ、そろそろ行きなさい。いいかい、旅の醍醐味は道中で出会う人との縁だ。大切にするんだよ」

「はい、先生。本当にありがとうございました…!」

「うん。達者でね」


 先生に深く頭を下げる。

 そして、踵を返して歩き始めた。振り返りはしない。振り返れば戻りたくなるから。まだまだ教えてもらいたいことが沢山ある。まだまだ俺の事を強くして欲しい。

 でも、それはワガママだ。だから振り返る訳には、戻る訳にはいかない。

 


 俺は1歩1歩を踏みしめながら歩く。

 今この瞬間から俺の旅は始まったのだ。


 

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