第5話 激しすぎるメリーゴーランド



 目まぐるしく世界が回る。上下左右に縦横無尽に光景が移り変わる。言うなればメリーゴーランドが高速で上下左右に回っているようなものだ。それも浮遊感込で。

 そんなものにただの高校生が直面したらどうなるか。


「んぐっ! ぶぉ! おええええええ!」


 そう。もちろん吐く。


「おやおや、酔ってしまったかな? もう少しだから我慢しておくれ」

 胃袋の中身をひっくり返す俺に対してその男は呑気に告げた。俺が吐いたものはどこかへ消えてしまっている。口から出た瞬間から消えているのだ。


「おええええ!」

「ははっ! さぁ着くぞ〜」


 男は笑い声を1つ上げると、杖を2回。同じように円を描くように振った。


 男が杖を振った瞬間、景色が静止して、地面に着地する。

 急に静止したことでさらに気分が悪くなってしまう。


「おお、おえ」

「仕方がないなぁ」


 もう胃の中のものは散々吐き出したので胃液しか出てこないが俺は地面に向かって吐き続けた。

 そんな俺を見かねたのか、男は俺に持っていた杖を向けた。その瞬間、薄緑色の光が俺を包み込み、じんわりと熱を感じさせる。


「な、なんだこれ…」


 光が消える時、先程まで感じていた吐き気や倦怠感は全て消え去っていた。


「ふふっ。それが魔法さ」


 男は笑う。まるで面白いおもちゃを見つけたかのように。


「さ、ついてきてくれるかな? これからの君の寝床へ案内しよう」

「え、あ、ちょっと…」


 男は踵を返すとてくてくとひとりで歩いていってしまう。ついて行かないという選択肢もあるが、そもそもここがどこか分からない以上生きるためについて行くしかない。 


 男を追いながら周りに目を向ける。

 人工物らしきものは周辺には一切なく、あるのは色とりどりの花が咲いてる丘だけ。遠くには高くそびえる連峰が見えた。日本ではなかなかお目にかかれない光景だ。



「随分とここの事が気になるようだね?」

「え、あはい。あんまりこういう場所には来なかったものですから」


 男の急な問いかけに驚きつつも、無難な返答をしておく。この男は先程、皇女と対等に話していたことからそれなりの発言力と力を持っているのだろう。何者かは知らないが下手なことは言わない方がいい。


「そうなのかい。…ここはね、大陸の南部にある私の土地だよ」

「土地…?」

「あそこの山があるだろう? だいたい今いる所からあそこまでが私の土地だ」

「なんて、広い…」


 1人の土地と言うにはあまりにも馬鹿げた広さだった。男が指さした山は先程見ていた連峰であり、距離にすると…分からない。それほどまでに遠いのだ。


「と言っても、名目上はだけどね。もちろん僕以外の人たちも住んでいるよ」

「そ、そうなんですか…」


 名目上でもこれだけの土地を手に入れているこの男は一体何なのだろうか?

 そんな疑問を抱きながら男の後に続いた。



「やっと着いたね」


 男が足を止める。体感的に約5分程度だろうか。

 そこにあったのは丸太が綺麗に組み込まれて作られた1階建てのログハウスだった。

 男はそのログハウスに入っていく。

 中は質素なもので、テーブルとイス。そして何故かハンモック。テーブルとイスは手作り感満載で、イスに関して言えばもうあれは丸太である。丸太をいい高さに切って置いてあるだけだ。


「ここがこれから私達が暮らしていく場所だよ」

「私達?」

「決まってるじゃないか。僕と、君がさ」


 男はゆっくりと自分に指を指したあと、俺へとその指を向けた。

 どうやら俺はこの男と今後暮らしていくらしい。さすがに一生って訳じゃないだろうが。もしそうなら今すぐに逃げ出したい。


「安心していいよ。1年間だ。1年間だけここに住んでもらう」

「…わかりました」


 俺の心でも読んだのか、彼はそう言った。1年間ならすぐに経つだろう。そのあとどうするかは決めていないが、どうせ弱いステータスしか持っていない。どこかの雑用係でもして、食い扶持を繋ごう。



「ふむ。どうやら君は1年間なら大丈夫だと思っているね?」

「?」

「私が君をここに連れてきた理由を忘れたかな?」

「理由。確か面白そうだったから…」

「それもあるがね。私は君を弟子にして、私の知恵と技術を叩き込むつもりだよ。この1年間で」

「…一体なぜ…」

「さっき自分で言ってたじゃないか。面白そうだからだよ」

「…でも、俺弱いですよ」


 育てると言っても俺はステータス的に弱い。Lv1にしても数値が低すぎる。なら藤原の方を連れてきた方が良かったんじゃないだろうか?


「元々強いやつになんか興味はないさ」

「なぜ?」

「つまらないからだよ。僕は一時期教師をやっていたことがあってね、優秀なら生徒ほどつまらないものは無かった」


 だからといって俺では弱すぎて逆に面白くないだろう。

 しかしこの男はひらひらと手を振り、過去のことでも思い出したのかつまらなさそうな顔をした。


「ま、そういう点で言えば君はいいね」

「面白そうと言うのはそういう事ですか」

「うん。それもあるし、君の称号とスキル、ああ技能のことだね。それがとても興味深かった」

「…称号はともかく、技能は無能ですよ?」

「ああ、知ってるとも。面白そうじゃないか。その無能というスキルをどう育てていくのか。楽しみでならないよ」


 男は嬉々として語る。頬をニヤつかせ、こちらの目を爛々と輝かせた目で見ながら。


「まぁそういう事だよ。君はこれから1年間。僕が鍛え上げる。そして王城にいたあの子たちよりも優秀な勇者にしてあげよう」


 王城にいたあの子たち。級友達のことだろう。

 アイツらよりも優秀に?


 俺の中で眠っていた感情が浮上し始める。これまで、あいつらに蔑まれながら生きてきた。反発しようとしたこともあったが、反発しようにも材料がない。事実、あいつらは俺より家も才能も上だった。

 でも今、俺の目の前にいるこの人が強くしてくれると言った。優秀にしてやると。なぜそんなことを自信満々で言えるのかは分からないが少し、信じてみたくなる。アイツらを見返したい。もうとっくに消えてしまった感情が湧き上がってくる。


「お願いします。俺を強くしてください」


 目の前の男に頭を下げる。これからが俺の人生だ。俺は蔑まれそれに甘んじていた自分から脱却するのだ。



「ああ、いいとも。君を強くしてあげよう」


 力強く、ハッキリとしたその言葉は俺を酷く熱くさせた。





 

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