第30球【最終話】 約束の地
なぁっ!?
試合後の勝利投手と監督へのインタビューが始まる。
僕的にはある意味、試合よりも恐ろしい時間がやってきた。
手が震えているのがバレないように両手を後ろで組んで、お腹に目いっぱい力を入れながら、インタビューエリアに入った。
まるで甲子園球場でのインタビューみたいに、たくさんの記者が待っていて、その後ろには照明のスタッフまでいる。
なにより驚いたのは、書売タイニーズで数年前まで活躍していた僕の憧れの名捕手、宇部慎太郎さんが目の前にいて、マイクを持っていることだった。
「志良堂監督、準決勝進出おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
「これから、いくつか質問させてください」
宇部さんが聞いてきたのは、序盤にヒットを打たれた後の立て直し方や、4回表のランダウンプレーは想定していたのか、さらに4回裏の喜屋武さんと安室さんへのバント指示についてなど、どれも具体的な内容だった。
「なるほど、素晴らしい」
僕の答えに満足そうな宇部さんは、次にこう言った。
「私が語ったとされる君へのコメントは、ねつ造されたものです」
ねつ造された?
宇部さんは、監督という立場での采配は難しいが頑張ってほしいという応援の言葉を送ったが、どういうわけか悪意のある解釈をされてしまったとテレビの生放送中に話してくれた。
「野球に今も関わっていている一人として言わせてください」
宇部さんのコメントが、僕を批判する内容でなかったことに心からホッとした。まだ何か続けて話があるようだ。
「野球人は、みんな生涯野球のことを考えているバカばかりです」
少年野球から始まり、どこかで挫折しようとも、みんなずっと白い球を追い続けるものだと宇部さんは語った。
「だからわかります。君も私と同じ筋金入りの野球バカだと………今日の試合も立派な采配でした」
そう感じたのは私だけではないはずだと、宇部さんが力強く言い、最後に僕の隣に立ってカメラに向かって話した。
「ですから、どうか志良堂監督への心ないバッシングをやめてあげてください」
そう言って僕と軽く握手を交わし、宇部さんは桜木さんへのインタビューに移っていった。
「太陽、よかったね」
「うん……」
ロッカールームに戻らず、月だけインタビューを受けていた僕の近くで待っていてくれた。憧れの人から褒められるなんて、こんなに嬉しいことは初めてだった。
第3試合が終わったその夜、ネットやSNSでは僕に対する意見が分かれていたが、宇部さんの発言のおかげで、野球に詳しい人たちが、批判している人を論破する場面が目立ち、翌日には僕を応援するコメントがほとんどになっていた。
それから約2週間後。
九家学院は南関東地区で優勝し、全国大会へ出場した。勢いに乗って決勝まで進み、ここ10年で5回も優勝している神戸星稜高校と対戦。タイブレークの9回延長戦の末、6対5で惜しくも敗れてしまった。スタミナが切れた桜木さんの後を水那さまが頑張って投げてくれたが、優勝にあと一歩届かなかった。
それでも、無名の九家学院高校の活躍は大きく報じられ、有名校の仲間入りを果たした。
そして、3週間後の2学期。僕は東横大三浦高校に編入試験を受けて転校し、榊雷闇がいる野球部に入った。秋季大会で優勝した東横大三浦は春の選抜大会への出場が決まり、そこで全国優勝を達成した。僕はピッチャーをリードする力を評価され、正捕手として榊雷闇とバッテリーを組み、高校3年まで結果を残し続けた。
九家学院が準優勝したあの熱い夏から12年。
僕はFA権を使ってアメリカに渡り、MLBで日本人キャッチャー初となるローリングス・ゴールドグラブ賞を手に入れた。
そして2年目の春。
「ごめんね、待った?」
「ううん、さっき来たばかりだよ」
「1年も待ってるのに?」
「あははっ、冗談です」
「ふーん、冗談も言えるようになったんだね」
天花寺月、彼女もまたアメリカの地にやってきた。
「桜木さんとは会ってる?」
「ふぇ!? いやその……何回か一緒にご飯を」
桜木さんは僕と同じ年に全米女子プロ野球リーグに入って、昨年は月間新人MVPに3回も選ばれていた。一度、飲みに誘われ、酔った勢いで押し倒されそうになったことは月に黙っておこうと思う。
「そういえば源さんって、スポンサーもやってるんだよね?」
「うん、あいかわらず距離感がおかしくて……」
源財閥は飲料メーカーもやっていて、昨年、僕の所属したと同時にその球団のスポンサーになった。最近、僕を広告塔として起用したCMの収録で会ったが、「相変わらずカワイイね?」って耳元で囁かれて、ドキドキしてしまった。
火華は日本の女子野球リーグで活躍し、林野さんはソフトボール女子のオリンピック日本代表として頑張っている。西主将は大学の教育学部を卒業して小学校の教員になり、女子野球のクラブ活動に参加して、地域の子どもたちに野球を教えていると聞いた。
亜土は高校を卒業した後、料理の専門学校に進み、卒業後は地元の有名レストランで働き始めた。独自の料理スタイルを確立し、2年前に自身のレストランをオープン。野球の経験を活かして「スポーツ選手向けのヘルシーメニュー」を提供していて、最近になって地元のメディアにも取り上げられたらしい。
時東さんは看護師として働いている。病院での仕事を続けながら、火華や林野さんの女子野球やソフトボールの選手たちの健康管理をサポートしていると聞いた。
安室さんは高校卒業後、映像制作の専門学校に進学。卒業後はスポーツドキュメンタリーの制作会社に就職したそうで、昨年は月のいるチームの選手の成長を追った作品を作るためにチームにずっと入り浸っていたという。
喜屋武さんは高校を卒業してすぐに地元の企業に就職したそうだが、数年後に結婚。今は2人の子どもを持つ母親で、九家学院ナインの中で唯一の既婚者になっている。
「これで約束はお互い果たしたね」
「うん、そうだね」
子どもの頃に交わした約束を守れた。強く願ってここまで来たけど、まだ夢のように感じている。
「それで……私になにか言いたいことはない?」
「え?」
「え?」
どういうことだろう?
ふたりで子どもの頃に約束したアメリカで野球をやる夢は叶えたはずなのに。
「思い出せない?」
「何のことでしょう?」
「ちょあぁ!」
「あいったぁぁ!? ──あっ」
子どもの頃に月によくやられていたおでこへのデコピンを久しぶりにされて、やっと思い出した。
「……世界に名を残すような選手になりたいの」
「すごいね、がんばって」
「ちょあぁ!」
「いったぁぁ!? また、おでこにデコピンした」
「一緒に行くんでしょ?」
「僕も?」
「うん、でも、自分の力でついてくるんだよ?」
「わかった、僕がんばるよ!」
「約束だよ?」
「うん、まかせて、僕、ウソついたことないから」
「もう嘘ついてるし」
「でへへっ、でも約束は守るよ」
「じゃあさ、約束が守れたら、結婚してくれる?」
「えっ? 男同士はちょっと」
「誰が男だ、私は女ですぅぅ!」
「ホント? じゃあ結婚してあげる」
「これも約束だよ?」
「うん」
「嘘ついたら、つまようじ千本は確実に飲ませるからね?」
「なんか重いよ……でも約束する」
「やったー、
あれか……。
月って意外とヤンデレ気質なんだ……知らなかった。
それより、今は大事なことがある。
「月、結構時間かかっちゃったけど……」
「ふむふむ?」
頭が真っ白な状態で、ずっと想い続けてきた人に告白する。
「僕と結婚を前提に付き合ってほしい」
意を決して伝えた僕の告白に、月は欧米人のように肩をすくめながら、こう答えた。
「ダメ、今すぐ結婚してあげる」
─ The end of the game ─
白球を天高くかざせ乙女たち! ~九家学院高校女子野球部~ あ・まん@田中子樹 @47aman
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