第29球 熱闘!


 今日は男子の予選も各地で行われているため、晩稲田高校の監督が不在の中、晩稲田実業高校の野球部OBの男性が代わりに監督を務めていて、どのような采配になるのか、こちらも注目していきたい。


 試合は晩稲田高校が先攻。

 九家学院高校の先発ピッチャー、源から初球をセンター前に運んだ。まだ、体の余計な力が抜けていないところを見逃さないあたり、さすがは強豪校といったところ。


 しかし、九家学院はすぐに立て直しを図った。

 キャッチャーがしきりに高校生監督に指示を仰ぎながら、続く2番バッターに対して外角高め、外角低め、内角高めと巧みに投げ分け、三振を奪った。2球続けて外角へ投げることによって意識を外に引き寄せて、体の近くを通過するボールで焦らせてバットを振らせた配球は見事といえる。


 3番バッターも、同様に絶妙な配球で打ち取られ、続くのは晩稲田高校の主将で4番の新庄選手。


 ここで九家学院にとって厳しい場面が訪れる。

 新庄選手はボール球を見極め、手を出さない。ボールカウントが先攻し、ストライクを入れなければならない状況に追い込まれる。


 これは、事前に対策を練ってきたのかもしれない。

 本試合で初めて投げた縦スライダーにうまくタイミングを合わせ、ボールはレフト奥まで飛び、フェンスに直撃。しかし、レフトの安室選手の強肩で失点を免れた。


 続く5番は関東地区でも屈指の強打者である苗代。

 高校女子硬式では金属製バットが使えるにもかかわらず木製バットを構えている。手元の資料によると、公式で定められているバットの最大長42インチ(106.7センチ)を使用しているとのこと。誰も使っているのを見たことがないようなバットをぐるりと体を一周させた独特なフォームで構えている。


 もし九家学院の源投手の縦スライダーについて、晩稲田実業高校が何か対策を練っているのなら、すぐにでも手を打たないと、あっという間に大量点を許してしまうかもしれない。


 しかし、九家学院のベンチに特にこれといった動きはなく、バッテリーに任せるつもりのようだ。もし先ほどのヒットが偶然だと思っているなら、九家学院の監督を買いかぶり過ぎたかもしれない。


 内角を外れたボールを2球続けてピクリとも振らない様子から、5番の苗代が目が良さそうだということがわかる。次に外角やや低めのストライクゾーンへ3球目が入ってきた。


 苗代にとっては絶好球のようだ。

 外角は長いリーチを武器にしている苗代にとっては、願ってもないコースらしく、体の捻転がバットに伝わり、驚異的なトップスピードに変わる。これがまともに当たればスタンドに確実に飛び込みそうなスイングだ。


 しかし、バットはボールの上をかすめて、前方に大きくバウンドした。長いバットを持つ苗代にとっては痛い場面。振り抜いた後、バットの遠心力が収束するまでの硬直時間が他の選手より長いのが彼女の弱点らしい。ファーストを守る無造作ヘアで眠そうな顔をしている選手が、打球を捕ってそのまま自分でベースを踏んでアウトにした。


「3アウトチェンジです。晩稲田高校の攻撃はどうでしたか?」

「やはり4番、5番を抑えるのは難しそうですね」

 

 2巡目は1巡目よりも攻撃が激しくなるはず。それにしても、今の球は縦スライダーではなく、落ちながら横に鋭く変化したように見えた。あれはおそらく……。


「たぶん、3球目はパワーカーブだと思います」


 パワーカーブはアメリカMLBではスパイクカーブとも呼ばれ、普通のカーブよりも速く、空振りや凡打を狙える球種。日本のプロ野球界のレジェンド、沢村栄治も実はこのパワーカーブを投げていたという説があるくらい三振を取りやすい。


 縦スライダーとは違って、放送席から見てもフォームがストレートの時とは異なっていた。この試合を最後まで源選手のままで投げ続けたいなら、3巡目までは今の隠し球を温存しておきたかったはず。

 

 源選手は球速もかなり速い。たった11人の野球部で、ふたりも優れた投手がいるなんて贅沢な話だが、それだけでは強豪校を一方的に打ち負かすことはできない。


 手元の資料によると、九家学院高校のエース桜木は、球速で大会歴代記録を更新したが、スタミナに不安があると書かれている。源選手がこの試合でどれだけ長くマウンドに立っていられるかが、勝負を左右する要因になるといえる。


 1回の裏の攻撃が始まり、1番バッターは三ツ目というあの眠たそうな顔をした選手。

 晩稲田高校のピッチャー藤川のストレートは、全国でも簡単には打ち崩せないほど、強烈なノビのある球をミット目がけて投げてくる。


 しかし、そんな藤川の球を三ツ目は眠そうな顔のままカットし続け、ファールを量産していった。多少のボールにも手を出して、フォアボールにもさせてくれない。相手バッテリーからしたら、実にやりづらいバッターだろう。


 10球投げたところで、イライラした藤川が縦スライダーを投げて三振を奪おうとしたが、ファールラインを越えた浅いフライになって、アウトになった。


 首を捻りながらベンチに戻る姿は「思ったより落ちなかったな」と言っているようなものなので、それを見た藤川選手はさらに怒りを募らせている。九家学院もまた藤川投手の縦スライダーへの対策が万全なのかもしれない。


 2番の赤毛のソルニット選手は、相手が感情的になっているため、一度もバットを振らずにフォアボールで塁に出た。


 すこし落ち着いたのか、藤川は今大会で注目を集めている3番バッター天花寺に対して外角ギリギリの球で攻め始めた。初対戦では藤川が球威で押し切り、天花寺は詰まってセカンドゴロに倒れた。4番の林野選手には縦のスライダーを多用して三振を奪い、1回を終えた。


「今のところ九家学院の打線の方が怖いですね」


 実況の小森さんに1回の振り返りを聞かれたので、このように答えた。九家学院高校には晩稲田実業のようにホームランを狙える選手は4番くらいしかいない。晩稲田実業の4、5番の2大主砲と比べると、その差は歴然としている。それでも、ヒットを生みだす嗅覚は九家学院の方が上だと感じる。1回は互いに無失点で終わったのはたまたまの結果だと宇部は考えている。


 晩稲田高校の藤川と九家学院高校の源の好投手同士の投げ合い。

 下手したら終盤まで投手戦が続くかもしれないと思い始めたが、4回の表、晩稲田高校の攻撃中に源が晩稲田打線に捕まった。


 3番バッターをパワーカーブで三振に取ったけど、その後の4番新庄にホームランを打たれ、ようやく初得点が入った。続く5番苗代が1塁奥へホームラン寸前のスリーベースヒットを打ち、なおもピンチが続く。


 ここでようやく九家学院ベンチからサインが出た。


 3塁方向へ転がった打球を西主将がキャッチして1塁へ投げる……フリをして、3塁からホームを狙って離れてしまった苗代を挟撃……ランダウンプレーに持ち込み、苗代が必死に3塁とホームの間で足掻くが、最後はホームのカバーに入ったピッチャー源選手が俊足で追いついてアウトを取った。3塁まできてカバーに入ったレフト強肩の安室が2塁へ送球し、タッチ差で2塁を狙ったバッター走者もアウトにして、一気に4回の表を終わらせた。


 今のプレーは得点が入ってもおかしくない状況だった。経験の浅い高校生がこんなトリックプレーを即興であそこまでスムーズにできるとは思えない。きっと、こういう場面が起こりうることを想定して、守備の形に組み込んで練習してきただろうと想像した。これは九家学院の高校生監督の評価を改めないといけない。


 4回の裏の攻撃では、九家学院の攻撃パターンが見事にはまった。2番のソルニットに対して、感情的になっている晩稲田実業の藤川が2回目のフォアボールを出してしまった。3番の天花寺には縦スライダーを多用して後続を断とうとしたが、快音を響かせてレフト前に運び、1,2塁になった。4番の林野はサード新庄のファインプレーにより、1アウトを取れたものの、5番の西はボールを見極めて出塁し、これで塁がすべて埋まった。


 そして、ここまでまったくタイミングの合ってなかったDHの大門に一発が出た。手元のデータでは2試合で打率は0.000とまったく打っていなかった選手が、ここにきて120メートル級の場外ホームランを放った。ボールはレフト方向の観客席を越えて、背後にある木々の中へ消えていった。


 その後の7、8番は1、2回戦でもあまりヒットを打っておらず、人数合わせだと思っていたが、強烈な一発を浴びた直後に動揺している晩稲田バッテリーをあざ笑うかのように7番喜屋武がバントヒットで1塁に出ると、8番安室が送りバントを決めて2アウト2塁となった。


 やはり九家学院高校の高校生監督の采配、か……野球が心理戦という一面もあることをしっかりと理解している。一方、晩稲田実業の監督は、自分たちのスタイルにこだわっているのがプレイを通じてみえてくる。


 9番打者を務めるエースの桜木は、1回戦では7打数5安打と大活躍で、打点もチーム内では上位に入るため、上位打線に組み込まれてもおかしくないバッティングセンスを持っている。3回はヒットが出なかったが、バットを鋭く振っていたのが印象的だった。


 3球続けてきた変化球を見送った結果、すべてボールになった。フォアボール狙いで空いた1塁に向かうつもりかと思ったが、実際は違った。


 内角高めの枠から外れたストレートを無理やり引っ張り、サードのグラブをすり抜けて長打になる。2塁走者がホームへ生還して1点が追加された。


 ここで晩稲田実業のベンチが動き、ピッチャーを交代。資料によると、3年生の控え投手は2回戦で安定した投球をしたと書かれている。


 交代したピッチャーはその後の九家学院の攻撃を抑え込み、ようやく5回に移った。5回はエース桜木が登板。噂に違わぬ剛速球で、全国の強豪と対戦しても彼女を打ち崩すのは難しいだろう。ただ、前の試合の疲れが影響しているのか調子は今一つのようだ。それでも得点を許さず、7回へと突入した。


 晩稲田高校の4番、新庄は剛速球にも負けずにツーベースヒットも放ち、本日3打数3安打と素晴らしい活躍をみせた。続く5番苗代は時折、織り交ぜてくるツーシームを引っかけて、フライでアウトになった。そのまま6番と7番も三振を喫し、試合は終了した。


「小森さん、では、行ってきます」

「あっ、はい、今日はありがとうございました」


 宇部はゲームセットのサイレンを放送席のスタッフが鳴らしたと同時に席を立った。テレビ局側と交わした事前の約束通り、九家学院高校が勝利した時だけインタビュアーをやることになっていた。




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