第17球 練習試合(晩稲田実業高校戦1)


「九家学院女子野球部は強いと思う」

「どこが告白やねん!?」

「火華、ちょっと黙ってて」

「うっ……源センパイ、すみません」


 僕の告白に対して、火華が途中ですかさずツッコミを入れてきた。だけど、水那さまに注意されてシュンとなっちゃった。


「バットは振らなきゃ当たらない、だから見逃し三振なんてもったいない」

「……」


 これは僕が尊敬するプロ野球選手の言葉。

 際どいボール球なんて気にせずにバットを振ればヒットになるかもしれない。だが、振らなければ、ボールは前には飛んでくれない。


 僕の意味不明な話を月は黙って耳を傾けてくれている。


「だから可能性が0.1%でもあるのなら一緒に全力でバットを振ろう」


 毎年1回戦敗退するような弱小校に有望な選手が何人か入ったからって、いきなり甲子園に出られる可能性はほぼゼロに近い。


 球児たちは、甲子園の土を踏むために才能の有無にかかわらず、ひたすら努力している。でも、どれだけ時間をかけて汗を流しても、ほんの一握りの人だけしか夢は叶わない。


 野球は実力差がハッキリと出るスポーツ。がむしゃらに練習しても意味がない。しっかりと練習の効率や効果を最大限に高めないと、天賦の才を持った九家学院の才媛たちでも「あの舞台」には手が届かないだろう。


 以前、バッティングセンターで会ったどこかの男子野球部部員たちのことを思い出す。言い訳ばかりして、中途半端な練習をする人間はけっして「向こう側」にはたどり着けない。口にするのはどうかと思い、黙っていた。

 

「ストライク、バッターアウト!」

「え?」

「今は私がバッターで、太陽がピッチャー」

「うん? んんんんんッ!?」


 月がなにを言っているのか全然わからなかった。

 頭の中がごちゃごちゃして、自分が妙なうめき声を出していることに気づいた。


「つまりOKってこと!」


 僕の気持ちが届いた……のか?

 愛情ゲームで野球の話をするのは、ずるいかもしれない。だけど、ルール上、告白すればいいとあったので、思っていたことを言えてよかった。


「では、月、太陽てだペアの勝ちだね」

「わぁー結婚おめでとう、おにいさま!」

「いや、ただのゲームだから」


 水那さまが僕と月ペアの勝利を宣言してくれた。その直後に海がとんでもないことを言い放ったので、火華が全力でそれを否定した。









 恋人ゲームが思いのほか盛り上がって、お昼を過ぎてしまった。月の両親がやっている食堂に寄って、腹ごしらえをしてから、九家学院高校に向かった。


 桜木さんと水那さま以外の2年と時東さんと亜土がすでに練習を始めていると思っていた。だが、グラウンドには重く張り詰めた空気が漂っていた。


 あのふたりは誰だろう?


 ドレッドヘアの褐色肌の女子と、ロングヘアを左右に刈り上げてツーブロックにして後ろで束ねているド派手な女子がグラウンドの中にいる。


「あ、あれが噂の四天王?」

「四天王って、なんじゃそりゃ!?」


 刈り上げ女子がつぶやき、ドレッドヘアの女子が小馬鹿にしたような顔で、遅れてやってきた僕たちを見る。


「あ? なんだ、テメーら?」

「ウチらもずいぶんと舐められたモンだねー」

「ちょちょっ、ストップ!」


 火華と桜木さんが反応した。

 ズカズカと2人の前に歩いて行ったので、僕と西主将で止めに入った。


「で、どいつが源水那なん?」

「ボクだけど、キミたちは?」


 ドレッドヘアの女子の質問に水那さまが答えた。


「お、おまえがの女を泣かせたヤツかぁぁぁぁぁあ!」

「まあ、落ち着きなって、球子たまこ

「たまこって言うなぁぁぁ、QCキューシーと呼べって言ってるだろ結都莉ゆとり!」


 ふたりで、漫才みたいなやり取りを始めた。水那さまが女の子を泣かせたってどういうことなんだろう?


「ボクは女の子を泣かせたりしないよ?」

「嘘つけ、SNSで『ファンです』ってDMを無視しただろ?」

「毎日、たくさん来るからね、一人ひとりに返信はできないよ」


 毎日、たくさん来るんだ……。僕なんて、ついこの間まで家族としかSNSのやりとりしていなかったのに。


 それにしても個別に送って返信がないから逆恨みするなんて、水那さまも大変だ。ところで、このふたりは一体どこのどちら様なのだろう?


晩稲田おくてだ実業高校1年の藤川……QCだ」

「同じく晩稲田実業高校1年、苗代なわしろ結都莉ゆとり


 晩稲田おくてだ実業高校!?

 男子の方は春夏甲子園連覇の偉業をなしたことのある強豪校で、女子も昨年、全国大会でベスト8まで進出した名門校。


 それにしても、球子って名前を名乗るのも呼ばれるのも絶対に嫌なようだ。でもQCっていうニックネームの方が恥ずかしい気がするけど、これが若気の至りってやつなのかな?


「で、源センパイに喧嘩を売ろうってか? 球子」

「球子って呼ぶんじゃねー、ぶっ飛ばすぞ! 赤毛」


 火華と球子はまるで水と油みたい。同族嫌悪をしているようにしか見えない。


「それにしてもお前ら、野球弱ぇーな」

「あ? 戦ってもないのに何言ってんだよテメー?」

「さっき、やったさ、な? そこの雑魚諸君!」


 西主将や時東さんが下を向いていて、林野さんは2人組を悔しそうに睨んでいる。


 野球で負けた?


「西っちはホームラン打たれたし、アタシらは全員、空振りしちゃったよ」


 喜屋武さんが教えてくれた。西主将は刈り上げ女子の方にホームランを打たれたそうだ。他のメンバーは実戦形式でドレッドヘアの球子に全員空振りを取られたという。


 喜屋武さんや安室さん、亜土は平然としているから、大丈夫そう。だけど、西主将と時東さんはかなり落ち込んでいる。


 他の人はともかく、林野さんはチームの5番打者。そう簡単に三振を取られるとは思えなかった。


「試合だったら、負けねー!」

「お! 言ってくれるじゃん、じゃあ来週、ウチらが来てやるよ」


 いやいや火華さん、何を言ってるんですか? 相手は去年の全国ベスト8。弱小校の僕たちが「」は相手になるわけがないのに。


 ドレッドヘアの球子がみんなを睨みながら、去ろうとしたけど、急に動きを止めた。刈り上げの苗代も足を止めて相棒の方を振り向いた。球子が月の前で立ち止まり、呆けるように見つめている。


「か、かわいい……」

「おいおいおい、球子、月から離れろ!」

「月……ちゃん? 名前もかわいいね……」


 やっぱり火華と同じタイプだ。百合百合な視線で月をじろじろと見つめ、火華が無理やり間に割り込んでブロックした。


「月ちゃん、また来週会おうね~」

「いや、もう来んな、球子」


 威嚇する火華を完全に無視して、月に視線を固定したままQCこと藤川球子と刈り上げの苗代なわしろ結都莉ゆとりが帰っていった。


「ボクの美しさが罪になるなんて申し訳ない」

「いえ、源センパイは何も悪くないです。ただの逆恨みですから」


 自分が美しいと、のたまう水那さまに誰もツッコまない。火華が水那さまに「気にしないでください」と優しく声をかけた。


「むしろ好都合だと考えた方がいいでしょう!」


 月が力強くみんなを見回した。

 

「私たちの今の実力ちからを測るには最適な相手だと思いますから」


 おそらく1週間後、今のままだと僕たちは見事に敗北するだろう。

 でも、1週間あれば対策を立てられる。彼女たちと戦ったメンバーから、ふたりのプレイスタイルを聞き出して、それをもとに能力や特徴を予測することにした。


 ふたりが晩稲田実業高校のレギュラーだと仮定する。そこから戦力を分析してみると、やはりかなり厳しい相手だとわかってきた。


 ──だからこそ、価値がある。

 

 これほど強い相手と練習試合を組むのは普通は難しいだろう。たとえ勝てなくても良い試合をすれば、その噂が広がって、他の強豪校との練習試合が組みやすくなる。


 でも、中には本気で全国ベスト8に勝つつもりで練習しているメンバーもいる。

 その中には、林野さんもいて、ちょっと驚いたが、以前、河川敷で月に言われたことが影響しているのかもしれない。







 1週間後、九家学院高校に晩稲田実業高校の選手たちがやってきた。

 顧問の先生が引率していて、テレビでよく見る監督はバスに乗っていなかった。


 中条先生が相手校の顧問と挨拶をしてメンバー表を交換してベンチに戻ってきたので、メンバー表を見させてもらうと、今日は1、2年しか試合に来ていないことを知った。おそらくこの中にレギュラーはほとんどいないはず。


「よろしく頼む。西殿!」

「はっはい、よろしくお願いします」


 主将同士も挨拶をする。白い歯がキラリとまぶしいのは相手校の3年主将、新庄しんじょうさら。


 主将同士の会話でわかったが、レギュラーは、例の藤川球子と苗代結都莉のみ。新庄主将はあくまで、監督代行としてやってきたらしい。


「この1週間でみんなのレベルは、かなり上がったと思います」


 重点的に練習したのは『超攻撃型プレイ』。野球はとにかく点を取らなきゃ勝てない。相手ピッチャー、藤川球子をいかに崩すかに掛かっている。


 








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 両校メンバー表【近況ノートに掲載】

 https://kakuyomu.jp/users/47aman/news/16818093085147773154




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