第16球 恋人ゲーム


「そうなんですか、天花寺先輩が兄を……」

「うん、コーチとして色々と教えてもらってて、すごく助かってるよ」


 海はちゃっかり月のそばに座っている。僕としては海がこの部屋にいてくれてありがたい。女子ばかりのこの空間をどうしたらいいのかサッパリなので、妹の力を借りることにした。


「ナー」

「ぐふっ」

「どうしました、桜木さん?」

「いや、大丈夫、あまりの破壊力かわいさに鼻血が出そうになっただけさ」


 桜木さんって、ホント猫好きなんだ。

 膝に乗せて、感極まった顔でコロを撫でている。


「それにしても海ちゃんかわいいな、妹にしたい」

「私より火華義姉ねえさ……火華さんの方が素敵です」

「うはぁっ、太陽……この子もらっていい?」

「え? ダメだよ!」

「火華さんが、兄のお嫁さんになってくれたら義妹いもうとになれるのに」

「ゴメンね海ちゃん、それは無理」


 火華が会話に入ってくると大変なことになる。海も悪ノリしてとんでもないことを口走っているけど、本気じゃないよね?


「遅くなっちゃったけど、これ」


 まあ、なんということでしょう!

 水那さまから手土産をもらった。


 ミミズみたいな字で書かれた紅茶の絵柄のある箱。見るからに高価そうなパッケージがされている。


「これをお母さんに渡してくれる?」

「これは?」

「ウチの店の餃子、太陽のお母さんに持っていくよう、母に頼まれたの」


 月は思い出したように餃子の入った紙袋を僕に渡した。


「おにいさま、どういうことですか?」

「うん、実は……」


 母親同士が昔の同級生で、商店街にある食堂の娘さんであることを説明した。


「おっ、幼馴染じゃないじゃん! 幼馴染からの恋が芽生えるルートは私が許さねー!」

「はわわっ、キュンキュンな展開です!」


 火華がよくわからない理論を唱え、海は頬に両手を当てて、うっとりとした顔をしている。


 ふたりに言っておくけど、月はコロに会いに来たのであって、僕みたいな雑草級モブキャラを男として見ているわけではないからね?


「そうだ太陽、これ持ってきたよ」


 桜木さんが思い出したようにレコードプレーヤーと、何枚かレコードを鞄から取り出した。思っていたより小さい。


「おすすめは、前森暗菜と高島みゆきかな」


 コンセントを差し込んでレコードをプレイヤーにセットした。

 昭和っぽいレトロな曲。歌詞のインパクトと強烈なメッセージ性、メロディーラインが頭に残る名曲ばかりだった。


 あと、なんといってもプチプチとしたノイズと深みのある音がすごくいい。


「桜木さんすごくいいです!」

「そうかい? ならプレーヤーごと貸してやるよ」

「ふむふむ、なるほど」

「海、どうしたの?」

「いえ、おにいさま、海のことはお気になさらずに」


 やった。嬉しい。

 桜木さんは頬を赤らめて、レコードをしばらく貸してくれると言った。最初は遠慮しようと思っていたけど、プレーヤーを他にも持っているから大丈夫だと言ってくれたので、お言葉に甘えようと思う。


 それはそうと、海が桜木さんと僕の会話を聞いて、なにやら手帳にメモを取り始めた。あの手帳には桜木さんや月の個人情報がたくさん書かれているから、バレないかとちょっと不安になってきた。


「そろそろゲームを始めないかい?」


 お菓子や飲み物を囲んで、1時間くらい経った頃、水那さまが鞄から2種類のカードを取り出した。


 ひとつは何の変哲もないトランプ。もうひとつは……。


「父がスポンサーをしているゲーム会社が作った恋人ゲーム」


 源グループって、ゲーム会社まであるんだ。


 水那さまが恋人ゲームのルールを説明をし始めた。まず、トランプの方はサイコロでも代用できるらしいが、今日はトランプを使うことにしたらしい。


 ゲームは偶数人で行い、最初に男性役、女性役を決める。


 全員がトランプの山札から1枚ずつトランプを引いていき、同じ数字を引いた異性が恋人になる。


 全員がパートナーを見つけたらゲーム開始で、いちばん早く15ポイント獲得したカップルが勝利となる。


「太陽はもちろん男性役だけど……」

「私が男役やる!」

「ボクも男役でかまわないよ」


 月がどうするか悩んでいると、火華と水那さまが男性役を引き受けてくれたので、すぐに決まった。


「ちなみに最初のゲームでクリアすると……」


 このゲームには都市伝説が存在し、初めてこのゲームをやって最初にクリアしたカップルは100パーセント本当に結婚するって噂があるらしい。


「ただし」


 水那さまはすこし意地悪そうに笑う。

 恋人ゲームは減点要素があり、マイナス10ポイントになると「破局」。ゲーム脱落となるそうだが、実際に結婚間近の何組ものカップルが本当に破局したって噂もあるらしい……。


 まっ、まあ、ただのゲームだし。


「月出ろ月出ろ! でも桜木センパイや海ちゃんも……いや浮気しちゃダメだ!」

「ボクは誰でもいいよ、みんなかわいいから」

「あ、アタイは誰でもいいしっ!」


 トランプで組み合わせを決める。


 心の声が漏れている火華と不穏な発言をしている水那さま、そして照れているのになぜか怒っている桜木さん。


 僕が引いたのは「ジョーカー」。え、これって無理くない?


 そう思っていたら月もジョーカーを引いた。そっか、トランプにはジョーカーが2枚入ってるし、2枚使うゲームもあるんだっけ?


 って、今さらだけど月とゲームとは言え、カップルになっちゃった。


「それじゃ、カップルごとにカードを共有するから、移動して」


 水那さまに言われてみんな座る位置を変える。僕は海の隣にいたが、月の隣へと移動した。


「太陽、よろしくね」

「うううううん、よっよろしく」


 ダメだ。

 たかがゲームのはずなのに恥ずかしくて月の顔がまともに見れない。

 

太陽てだと月の組み合わせはけしからんが、海ちゃんかわいい」

「もう、火華お義姉ねえさまったら、あっ、言い間違えちゃった」

「茉地クン、やっとキミと一緒になれたね?」

「源ちゃん、よせって、アタイの腰に手を回すな!」


 うーん、あらためて見るとウチの野球部って個性的な人が多いね。


 火華はういに鼻の下を伸ばしているが軽くあしらわれている。

 桜木さんは、顔を真っ赤にして水那さまの猛攻に早くも目を回し始めている。


「それじゃボクたちから……【美術館デート】」

「じゃ次は私と海ちゃんの番ね……【嫉妬の炎】」


 水那さまと桜木さんカップルは無難にプラス1のカードを引いた。

 火華、海ペアが引いたのは、指名したカップルの愛情ポイントを2ポイントマイナスにするカード。ただし、自分たちも代償として1ポイント減ることになる。そして、当たり前のように火華が僕と月を指名してきた。


「そ、それでは行きます……【記念日忘れ】」


 僕が引いたカードは、付き合ってちょうど1か月なのに相手に連絡しなかったからマイナス2になるというものだった。これは怖い。いつか誰かと付き合うことになったら、記念日だけは絶対に忘れないようにしないと……。


 2ターン目、今度は各カップルの女性役がカードを引く番。

 

「えっと、【映画館デート】、本当に手を握ったらプラス3って、ひっ!源ちゃん、タンマ!」


 桜木さんが、水那さまに両手を掴まれて、悲鳴を上げている。


「引きますね……【スマホチェック】やだなー、そんなことしませんよー」


 相手のスマホをチェックして、互いに愛情ポイントが下がる魔のカード。海が笑いながら否定しているが、妹の性格ならやりかねないと思う兄だった。


「次は私ね……【スポーツ観戦】、裏にプラス1って書いてある」


 よかった。月がプラスのカードを引いてくれた。2ターン目が終わって、水那、桜木ペアが+4、火華、海ペア、月と僕のペアは同じ-3と並んでいる。


 その後、水那、桜木ペアが愛情ポイントを順調に伸ばして+13。火華・海ペアも+5と持ち直したが、僕と海だけ-6になってしまっていた。


「それじゃ、行くよ【Wデート】、えーとなになに」


 火華がカード裏面の説明文を読み上げた。それによるとカードを引いたカップルともう一組を指名し、男性役がカップルの女性役に実際に相手を褒めるようにと書いてあるそうだ。成否の判定は褒めた人以外が、褒めた内容がOKだとなら手を挙げる。挙手が半数以上なら成功でプラス3。失敗したらマイナス3になるという。


「海ちゃん、かわいい、結婚したい!」

「ありがとうございます。お義姉さま」

「あ、あっあの! その……えーとっ、かわいい……と思う動物は?」

「うーんと、猫ちゃんだよ」

「アカンわ、太陽アウト」


 やってしまった。

 かわいいって言おうとしたのになぜか好きな動物を聞いてしまった。


 火華のように息を吸うように女性を褒められたらいいが、僕には人気転生ラブコメがバッドエンディングになるくらい、難しいミッションだった。


 月だけ手を挙げているが、他の人は誰も手を挙げないどころか、火華が親指を下に向けている。あれって絶対よくないサインだよね?


 まずい、これで火華、海ペアは+8になって、僕と月は-9、崖っぷちに立たされた。それに対して水那・桜木ペアは、水那さまの激しいアタックで桜木さんが「ゼーゼー」と肩で激しく息をしている。


「残念、【自宅デート】か」


 水那さまが残念そうにつぶやく。

 自宅デートは0ポイントで、現在14ポイントでリーチがかかっていて、かろうじて次のターンに持ち越された


 火華は【ヤンデレ束縛】を引いてしまった。SNSで1日30回連絡を返さないと刺されちゃうという重すぎる愛のカード。2ポイントが引かれ、+6まで下がった。


 僕の番がまた回ってきた。

 どうしよう、月は少しずつ増やしてくれていたのに、僕が強力なマイナスカードばかりを引きまくったせいで愛情ポイントが最下位。結局、高嶺の花すぎるんだよな……憧れることすら、おこがましいんだ、きっと。こうして月と友達として会話している幸せを今のうちに噛みしめておかないと。


 僕が引いたのは【告白】カード。

 現時点でのポイントがプラスの場合は、成功か失敗で±2ポイント変動する。ただし、今のポイントがマイナスである場合に限って、現時点のポイントに2を掛けてプラスに転じる一発逆転を狙える起死回生のカードになる。成否は自分の素直な気持ちを相手に伝えて、相手がOKなら成功、NGなら失敗となる。


 僕の気持ち?

 それは……。




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