第15球 イマジナリー女子


「これはいったい!?」


 週末を控えた金曜日。校内放送で野球部全員に放課後すぐに裏門に集合するようにとアナウンスが流れた。


 そこにあったのは、シャトルマシンが3台、小型アームマシンが1台、二輪式の変化球マシンが1台。それに大量の防球ネットと単管パイプが届いていた。


「父に頼んで、学校に寄付してもらったんだ」


 そう話すのは四天王のひとり水那さま。

 何日か前にクラスメイトが噂話をしていてたまたま聞こえてきたのだが、彼女の家は超お金持ちで、家にはメイドさんが何人もいるらしい。


 寄付した時に学院長と交渉して、グラウンドの端にある空き地に野球部専用の施設を建てる許可をもらったそうだ。


 でも、単管パイプってどうやって組み立てるんだろう? もしかして全部僕ひとりでやるんじゃ……。


「とりあえず運ぼう。明日父の系列の建設会社が来て工事をする予定なんだ」


 よかった。素人が頑張っても危ないから、プロに任せた方が安心。


 計画では、投球練習用のケージを1つ、打撃練習用のケージを2つ作る予定だそうだ。ケージの天井が半円形で、ビニールハウス用のビニールと巻き上げ機をつけるため、雨天時でも練習できるようになるという。


「ボクが入るからには、目標は少なくとも南関東大会優勝だよ」


 全国高等学校女子硬式野球大会は数年前まで60チームくらいしかなかった。だが、数年前に再結成された全米女子プロ野球で日本人の鳳舞流おおとり まいる選手がめざましい活躍をしたおかげで、日本の女子野球界が急激に盛り上がった。昨年は出場校が500チームを超えたため、ブロック大会を経て、全国大会へ出場するよう大会のルールが変わった。


 関東大会は北と南に分かれていて、準々決勝まで進めば全国大会へ出場できる。


 しかし、水那さまは日本でも屈指の激戦区である南関東大会で優勝をすると宣言した。女子高校野球のことはまだよくわからないけど、無名の高校がそんなに勝ち上がれるのかな?


「アタイが投げるんだから、甲子園も夢じゃないよ」

「それなら個々のレベルアップは絶対必要ね」


 桜木さんと月が順番に話している。

 数年前までは女子の全国大会決勝だけが甲子園球場で行われていたが、昨年から全国大会の2回戦から甲子園球場が使われるようになっている。まだ男子野球ほど注目されてないけど、確実に人気が出てきている。


 月がいう個々のレベルアップとは、みんな打撃力が圧倒的に足りてないことを指している。


 もし、その地方大会優勝を狙うのであれば、2年の西主将や林野さんでさえ、全然、練習が足りていないと感じる。機材を使った質の良い練習を繰り返すことで、打撃力は今よりずっと強化される。もちろん守備にも多少、時間を割くが、あくまで打撃力強化が今のチームの課題だと思う。


 ピッチングマシンなどの機材を運び終わったら、グラウンドで各自フリーバッティングを行い、そのフォームをスマホで録画して、Bluetoothで屋外用小型プロジェクターを校舎の壁に投影して、ひとりずつチェックする。


「西主将は手首を返す癖があるので、バットを長く軌道に入れるようにしてみてください」


 アドバイスをした人から順にグラウンドに戻って、自分のフォームの癖を意識しながら矯正していく。


 ピッチャーである桜木さんだけ別メニューを始めてもらっている。徹底的な走り込みで、スタミナを上げる目的。


「太陽も一緒にやろ?」

「そうだ、さっきからエラそうにしやがって」

「いや、僕はそんなつもりは……」


 月が誘い、火華が文句を言ってくる。


 僕も練習用のユニフォームを着ているが、一応、コーチとしてここにいるわけで、みんなの練習を細かくチェックした方がいいかと思っていた。でも、まあ一緒に練習することで僕の動きから学べることも多いのかもしれない。野球部のコーチになってからは、朝晩の走り込みと素振りを毎日続けているから、恥ずかしいことにはならないと思う。




「太陽、明日家に行ってもいいかな?」

「待て待て待て待てぇーーい! 貴様、月を洗脳したのか?」

「ちっ、違うよぉぉぉ!」


 後片づけをしている時に事件が起きた。

 明日、土曜日の午前中はサッカー部がグラウンドを使用する予定なので、練習は午後からとなっている。だから午前中に僕の家に寄っていいかと月がみんなの前で爆弾を投下した。


「火華も来ない? コロちゃんが、とってもかわいいよ」

「太陽貴様ぁぁッ、女子を自宅に連れ込もうとはいい度胸だ!」

「ふ、ふーん、アンタらそんな仲だったんだ?」

「いや、違いますよ桜木さん、ほら? 例の拾ったニャンコのことです……」


 事情をようやく説明できた。スマホでコロの画像を見せて、皆さんの誤解を解いた。それにしても、桜木さんの声が妙に高かったのはなぜだろう?


「そういえば茉地っち、太陽にレコード聞かせるって言ってたよね?」

「レコードについてる線って何? 『これコード・・・・』」

「いや、アタイは……」

「ボクも行こうかな?」

「やっぱり、アタイも行く」


 桜木さんが喜屋武さんと安室さんにレコードの話をしていたみたいで話を振ってきた。水那さまも行くって話したら桜木さんも急に行くことを決めたようだ。桜木さんの方が月より先に僕の家に来るって言ってたのに、遠慮していたのかな?


 火華は「月を悪の手から守る!」と息巻いているが誰から守ろうとしているのか考えたくもない。どうやら火華も僕の家に行くことにしたみたい。喜屋武さんと安室さん、亜土、時東さんは用事があると言っているし、西主将や林野さんはピッチングマシンなどを倉庫にしまいに行っているのでこの場にいない。結局、僕の家に行くのは、月、火華、桜木さん、水那さまが行くことに決まった。ちなみに僕に拒否権ってものはないらしい……。


 家に帰った僕は、さっそくういに明日の家庭訪問について相談した。

 

「おにいさま……現実世界に戻ってきてください」

「いや、ホントだし」

「イマジナリー女子ですか?」

「違うよ、リアルな女子だってば!」


 イマジナリー女子って何? イマジナリーフレンド的な!? たしかに中学時代、心の中で呟いてたら、返事をしてくれる人がいたけど、あれのことかな?


「では、おにいさまの頭がファンタジーになったわけでも、虚言癖が発動したわけでもないとしましょう」

「う、うん」


 けっこうひどい事を言われている気がするが、頼れるのは海さましかいない。おとなしく妹の話を聞く。


「ご友人のそれぞれの目的としては、天花寺先輩は猫、火華・ソルニットさんは先輩の護衛。でも、残りのふたりはいったい何しに来るのでしょう?」


 桜木さんはレコードを聞かせたいと話していた。プレーヤーも持ってきてくれると言っていたけど、そういえば水那さまは志良堂家に何しに来るんだろう……。


「源水那……身長171センチ。成績優秀で陸上競技は県大会で優勝、大企業、源グループの会長の娘。非の打ちどころがありませんね」


 そうなんだ。

 たしかに女王さま……いや、王子さまの雰囲気を持っている。


「まずは部屋にあるオタグッズを片付けましょう。それから……」


 妹ながら頼りになる。

 部屋は散らかっていないが、あちこちに漫画やアニメの推しキャラが、僕を見守ってくれている。でも、そういうキャラを理解できない人も少なからずこの世の中にはいるらしい。フィギュアやイラストなどを中が見えない袋に入れて、押し入れにしまった。


 次に玄関から僕の部屋までの掃除とトイレの掃除を徹底的にやった。母は綺麗好きなので、そんなに目立った汚れはないが、隅々までピカピカにした。


 最後に家の近くにある洋菓子店で、おしゃれなお菓子を買いに行った。僕はこういうのが苦手だから、海に選んでもらった。


 そして、次の日の朝がやってきた。


 最寄り駅でみんなと待ち合わせをして、迎えに行った。

 10分前に待ち合わせ場所に到着したが、桜木さんがすでに来ていた。5分前に月と火華。待ち合わせ時間ぴったりに水那さまがやってきた。


 いやー、あらためて見ると、ナニコレ怖い……。


 冴えない男子が美少女4人と歩く不可思議な光景。道行く人たちの注目を集めているが、男性から殺気を感じるのは気のせいであってほしい……。


「お邪魔しまーす!」

「ようこそいらっしゃいました」

「あれ……海さん?」

「はい、覚えてくださっていて光栄ですお義姉ねえさ……失礼しました天花寺先輩」


 玄関で、正座して深々と頭を下げる。月は2学年下の子とか覚えてるんだ……すごい。


「太陽の妹、だと? あの太陽ケダモノにこんなかわいい妹がいるなんて……」

「こらこら火華ちゃん、どさくさに紛れて太陽の妹に触ろうとしない」


 火華の手がなぜかワシャワシャしていて、桜木さんに注意されている。


「お兄さんに似て、キミもかわいいね?」

「そこも口説かない!」


 今度は水那さまが桜木さんに注意されている。水那さま、今のはいったい?


 こうして波乱に満ちた仔猫を愛でる会の幕が開いた……。



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