第12球 四天王最強


「でゅふふふふっ、よーうこそ美術室へ」


 うわぁ……中条先生の目が完全に異世界に飛んじゃってる。


 グラウンドでベースランニング鬼ごっこが終わり、水那さまは野球部と陸上部を掛け持ちすることになった。陸上部の女子たちは野球部に四天王がふたりもいるので、たまに合同練習することを条件を聞いてニヤニヤしていた気がする。


 中条先生が厳つい顔で、ギャラリーをモーセのように人の波を割って歩いてくると、急に豹変して「月きゅん、茉地きゅん、火華きゅん迎えに来たよぉぉ~~ッ!」と別人のようになったので、周りの人たちは唖然としていた。


 そして水那さまを見つけると、月や桜木さんに「水那きゅんも一緒じゃきゃ古都、泣いちゃうぅぅーッ!」と大のおとなが堂々と駄々をこね始めた。


 水那さまは「野球部に入ったからには従いましょう」とあっさりOKしてくれた。そして中条先生に連れられて美術室にやってきた。


 なっ!

 この人は生徒会長!?


 3年の生徒会長、天雲六伽あまくもりっか

 四天王のひとりであり、かつ四天王最強・・・・・と言われている人物。


 その生徒会長が、デッサンするためにイーゼルの前に優雅に腰かけている。


 彼女が最強と呼ばれる理由は……。


「六伽きゅん、お邪魔するぜい!」

「みなさん、今日はよろくね」

 

 中条先生が声をかけると大人びた表情で返事をする生徒会長。

 しかし……。


 小柄で幼い顔立ち、見た目はまるで子ども。話し方まで舌足らず。でも、やけに大人びた物言いに入学式の挨拶で、1年生の女子を萌えキュンさせて虜にしてしまった。なにより本人は自分が真性ロリだと気づいていない。


 生徒会長は、美術部の部長でもあり、美術室を使うためには生徒会長も一緒に描くことが条件だったらしい。


「志良堂、モデルの件だが……」


 中条先生からモデルが4人もいるので、僕も描く側に回ったらどうかと提案された。僕の目的は桜木さんに頼まれたとおり、デッサン中、野獣せんせいから野球部員を守るためにこの場に留まることなので、それで全然かまわないと了承した。


 今回は描き手が3人いるので、人数分のデッサン人形を用意してもらった。描く側の各自のリクエストに応えてポージングをしてもらい、そのポーズをデッサン人形で再現していく。これは、ポージングが3種類もあり、休憩を何度か挟むため、モデルにそのポーズを再現してもらうため必要となる。


「志良堂君、素直ちゅなおで綺麗なちぇんを描くね」

「そうですか? ありがとうございます」


 生徒会長に褒められて、すごく嬉しい。

 実は小学校や中学校では休み時間など空いている時間におしゃべりできる友達がいなかったため、勉強や読書をして過ごしていたが、誰にも見られていない時にこっそり、推しのアニメや漫画のキャラのイラストをよく描いていたので、実は女の子を描き慣れていたりする。


「あれ? この子の顔はまだ描かないの?」


 4人の大まかな輪郭……アタリを描いた後、顔の部分に取り掛かり始めたけど、月の顔だけは後回しにして、他の3人の形を整えていた。それが気になったのか天雲さんが僕に質問してきた。


「打っている時の表情が想い・・・・・浮かばない・・・・・んです」


 僕は野球をしている4人の姿を描き始めていた。

 他の3人は部活中の生き生きとした表情を思い出しながら、細かい顔のパーツを描ける。だが、月だけはどうしても明るい笑顔がイメージできない。


 彼女が野球をしていて、一番輝くのは打った瞬間。でも、表情が硬い気がするのは僕だけなのだろうか? それに最近、打席に立つたびに表情がどんどん暗くなっている気がする。


 月はいつだって自信満々の笑顔を絶やさない。彼女が笑っているだけで、まわりの士気が上がり、守備の時にはその笑顔でみんなに勇気を与えてくれる。1年生なのに野球部のムードメーカーで、彼女を中心に野球部が回りつつある。


「しっかりイメージできてから描こうと思ってます」


 生徒会長もそれでいいと言ってくれた。なぜ、打席に立った時の月の表情が硬いのかその理由を理解しないと納得できる絵が僕には描けそうもない。


「志良堂君がよければいつでも美術部にあちょびにきていいよ」

「太陽ズルいぞ、センパイに優しくしてもらいやがって」

「火華さん、だったかな? 君もよければ一緒いっちょにおいで」

「はい、天雲センパイ!」


 火華の美少女好きには本当に困ったものだ。僕をひどく扱うくせに美形の女子にはどこまでもデレまくるんだから。


「ああ、凄くいい……不純物しらどうが混じっている以外は極上の空間だ」


 不純物で悪かったですね、中条先生。でも先生の野望(?)は僕が阻止できたから任務は果たせた。


 野球部のメンバーがごっそりとモデルに駆り出されたので、自主練習の日になった。

 部室に寄ったが、練習はすこし早めに切り上げたらしく、自主練習したメンバーはみんな着替え終わっていた。


「太陽、今日この後、時間ある?」

「え、あ、うん……」


 校門を出たところで月に声をかけられた。帰る方向が一緒だし、同じ野球部だからなんら不自然ではない。


 不自然じゃないけど……。


 やばい、めっちゃ緊張してきた。

 これって、周りから見たら、かかかっカップルに見えるんじゃない?


 何を話してどう歩いてきたのか緊張しすぎて、全然覚えていない。気が付くとふたりで河川敷に来ていた。


「ここって?」

「むぅ、やっぱり、ボンヤリしてたんだ」

「ご、ゴメンっ、ちょっと緊張しちゃって」

「そっか、私みたいな美人さんと一緒だもんね、それは仕方ない」


 自分で美人って言っちゃった。

 でも、ホントに美人だし、月が言うと嫌味には聞こえないのが不思議。


 一度、口を尖らせて不満そうな顔をした直後なので、からかわれたのかな? でも、コミュ能力がゴミレベルの僕はこの後どう返していいのかわからず、ダンマリしてしまった。


「ここでバッティングを見てくれるって約束したのにぃ~~」


 そうだったんだ。

 全然覚えてなかったけど、それなら大丈夫だ。月はバットと野球部共用のグローブを取り出した。


「あれ、先客がいるね」


 ホントだ。

 河川敷の橋の下。橋脚が壁タイプなので野球の壁打ち練習にはもってこいの場所なのだが。


「よく見ると林野さんだ。太陽行こっ!」

「うん」


 2年生の林野さん。今日は自主練習だったので、学校のグラウンドには顔を出さなかったって聞いたけど、こんなところで一人で練習してたんだ。


 堤防の斜面を降りて、林野さんの元へ向かうと、僕らに気づいた林野さんは黙って荷物を片付け始めた。


「林野さん、もう練習終わるんですか?」

「ああ、アンタたちに邪魔されちゃ、かなわないからね」


 相変わらず反応が冷たい。林野さんは月でも桜木さんでも、たぶん水那さまにだって同じ態度を取るだろう。


 でも、野球部のメンバーが好きでもないのに野球を続けるってことはかなり野球が好きなのだろうか?


「邪魔しないですよ、むしろ林野さんが私たちの邪魔をしないでください」

「はぁ? 天花寺、もう一回言ってみな?」


 ちょちょちょっ、月さん、九家学院の野球部って運動系なのに上下関係がユルユルだけど、さすがに先輩にそれは言い過ぎなのでは?


「不思議なんです。林野さんはなぜ野球部にいるんですか?」


 ど真ん中、真っすぐの直球しつもん

 

 僕がずっと気になっていたことを、いとも簡単に質問してのけた。


「ソフトボール部がないからだよ」


 答えてくれるんだ。

 林野さんは、片付けを終えてバッグを肩にかけ、月の方を振り向いた。


 林野さんは、中学校は関西の方でソフトボール部に所属していたらしい。強豪校で全国大会にも出場し、4番を打っていたが、親の転勤でソフトボール部のない高校に入学したため、仕方なく野球部に入ったそうだ。彼女はソフトボール部のある大学に進学したらまたソフトボールをやるつもりで、今やっている野球はただの通過点に過ぎないと話した。


「でも、高校野球で本気で熱くなれない人が大学のソフトボールで熱くなれるんですか?」

「天花寺、お前さっきからズケズケと好き放題言いやがって……」


 林野さんの言いたいことはだいたい理解できた。

 彼女の熱量は大したもんだ。

 実際、こうして黙々とひとりで自主トレをしている姿を見ると、数年先を見据えて、頑張れるのはやはりソフトボールへの情熱なんだと思う。


 しかし……。


「勝負は人を飛躍的に成長させます。たとえそれが負けたとしても……」


 林野さんの怒気がこもった言葉を完全に無視して、月は自分の考えを素直に口にした。


「でもそれは真剣にやった場合の話です。野球とソフトにいろいろな違いがあっても、これは不変のルールです」


 どんなスポーツにも共通する鉄則であり、真実。

 中途半端な気持ちでやる人間には飛躍的な成長はけっして訪れない。


「もし林野さんが本気でソフトボールをやりたいなら野球も本気でやってください!」


 月が言っていることは技術面やフィジカル面だけのことではない。勝負には、とても強いメンタルが要求される。絶対に勝つという強い気持ちを持って勝負に挑まなければ、負けた時にただの負け……字面じづら通りの意味でしかなくなる。でも逆に全力でぶつかって負けたら、その悔しい分だけ熱量に変換し、負けた経験から多くのことを学習し、次の勝負に活きてくる。


「ちっ、考えておくよ……」


 林野さんは途中から月の話を黙って聞いていた。それだけ月の言葉が胸に響いたんだろう。最後に振り絞るようにひと言残して、河川敷を後にした。




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