第11球 鬼ごっこ
練習試合の翌日。
僕は昨日、買った転生ラブコメに感動しつつ、ちょっと寝不足気味になった。
いつもより校門前が混雑していて、校門を通るだけで1分以上時間がかかってしまった。
これはいったいどういうことなんだろう?
源水那さまと月が向かい合っていて、ふたりの間で頭をかいている桜木さんがいる。
校門前が混んでいたのは、九家学院高校四天王のうち3人がただならぬ様子で立っているのが何事かと野次馬たちが、すこし離れて円を作っているからだった。
「太陽っち、いいところに来た」
「
桜木さんの子分、喜屋武美海と安室冥紗。
喜屋武さんは、学校側にくせ毛だと言い張っているパーマ頭で、安室さんは茶髪のハーフアップで、比較的おとなしい髪型の九家学院ではやはり目立つ髪型をしている。
「この状況はいったい!?」
「月っちが水那っちを野球部に勧誘しようとしたら条件出された」
「
状況はなんとなく理解できたけど、安室さんの凍てつくダジャレを誰か止められる人はいないのか。この数日見ていて思ったが、みんな彼女の親父ギャグを華麗にスルーしている。まるで僕だけがおかしいみたいな感じになっている。
ふたりの話をまとめると、今日の放課後にグラウンドで勝負しようという話をしている。
「では、ボクが負けたら野球部に入ろう、だけど……」
その代わり水那さまが勝った場合は、ある人物を陸上部に入れると話している。
「私以外の人ですか? それは私の一存では決められません」
「そうだろうね、陸上部に欲しいのは野球部に最近入った1年の男の子」
へ? 僕のこと?
「
「ふふっ、あの子とは知らない仲じゃないからね」
先ほどより、空気がピリッと張り詰めた感じに変わった。水那さまとは、男の子が川に落ちそうになったのを一緒に助けたけど、それ以外で会話したことなんてないのに。
「太陽っち、ここにいるよ」
「うわっ、喜屋武さんひどい、裏切り者ぉぉ!」
輪の外で静かに見ていたのに喜屋武さんが手を挙げて、僕を指さした。この場にいる生徒全員の視線が僕に集まる。
「
月が僕に確認を求めてきた。
喜屋武さんと安室さんに背中をドンっと押されて、輪の中心に踊り出てしまった僕は月と水那さま、そして桜木さんの順に目をやる。
「まあ、負けても、陸上部に行くだけだしね」
桜木さんひどい。
どんな勝負をするか知らないけど、水那さまは絶対、手強いに決まってる。
でも……。
「わかりました」
「ふふっ、男の子に二言はないよね?」
水那さまの目尻がすこし下がって、より一層、艶が出る。まわりを囲んでいる女子生徒の何人かが「はぁぁぁ」と悩ましげなため息を漏らす。
それから約7時間後。
放課後のグラウンドには九家学院高校の生徒の約3分の2が集まった。休み時間に噂が広がり、遠く職員室の窓から教職員まで顔を見せている。
僕たち野球部と水那さまが向かい合って、彼女の後ろには10人ほど親衛隊が控えている。
「勝負の内容を提案してもいいかな?」
「ええ、もちろん」
「ボクとキミたち野球部全員で鬼ごっこをしよう」
ルールはシンプルで、ベースランニング上での鬼ごっこ。
水那さまがバッターボックスからスタートし、1塁から出発した野球部のメンバーが彼女に捕まらずに一人でもホームへ帰れたら野球部の勝ち、全員捕ったら、水那さまの勝ちという無茶な設定。
いくら足に自信があるからと言っても野球部全員を相手に、しかも大きなハンデを与えた上で勝つなんて、現実的じゃない。
「わかりました、それで勝負しましょう」
月が代表して答える。
これで負けたら野球部はかなり恥ずかしい。全員で挑んで、たった一人に負けでもしたら、野球部の評判は地に落ちるだろう。
「しゃーないね、やるからには勝ちに行くよ」
桜木さんも、ようやくやる気になったみたい。みんなに作戦を提案した。
「何回も走れば水那ちゃんでもさすがに遅くなると思う」
スタミナを切らす作戦。
足に自信のある人ほど順番を後に持っていく。
なるほど、水那さまは俗にいうスプリンタータイプ。後になればなるほどスタミナが削られるから、そこで勝負をかける作戦か。
順番を整理すると……。
大門亜土
時東成瀬
喜屋武美海
安室冥紗
西 金穂
林野木乃葉
火華・ソルニット
桜木茉地
天花寺 月
の順番。
亜土は走るのはホントに苦手そう。
全力疾走でも普通の人のランニング程度の速さなので、外野の浅いところからだとアウトになる可能性がある。
紙雷管の音を模した電子ホイッスルを合図にスタートを切る。スタートダッシュも加速も信じられないくらい速い。亜土が2塁に到着する前に1塁を蹴って亜土の背中を追いかける。
亜土は2塁を回ってすぐのところで、水那さまにタッチされた。
西主将までは、3塁につくまでに捕まってしまう。こんなにも足の速さが違うなんて恐ろしい。
林野さんは、3塁のベースを回ったところでタッチされた。火華、桜木さんと徐々にホームベースに近づいていく。桜木さんはホームまでもう少しのところで捕まった。
「ハァハァ……最後はキミだね、月クン」
「いいえ、次は志良堂太陽です」
え、僕も?
確かに野球部に所属しているが、選手じゃない。大丈夫なのかな?
「フゥ……いいよ、ボクはそれでも」
水那さまがOKした。
かなり呼吸が乱れている。
月は確実に水那さまのスタミナを奪って、自分の番で勝つつもりでいるらしい。それなら協力を惜しまない。
でも……。
「なにアイツ、1年の男子なの?」
「茉地さまと月さまに近づいて、水那さまにもすり寄るつもり?」
「ちょっと図々しくない?」
どうしよう。目立たないようにこれまで頑張っていたのに、思い切り悪目立ちしちゃってる……。
「ねえ、太陽?」
「ふ、ふぁい……」
緊張して月に妙な返事をしてしまった。
「ゴメンね、太陽を賭けちゃって」
「ううん、これは野球部にとって必要なことだから」
月はしっかりと僕の目を見てこう言った。
「でも、自分のことを他人に任せきりなのはイヤだよね」
それは確かにそうだ。
万が一、月が負けたら、僕はやったこともない陸上部に行かなきゃならない。野球は好きだからコーチを引き受けたが、陸上部にはまったく興味がない。
「だから、太陽が勝負を決めて」
「う、うん、頑張るよ」
月は最初から勝負を僕に委ねるつもりだったようだ。水那さまのこれまでの走りを見ていると、疲労は濃くなってきているが、徐々にベースを回るコツを掴んできている。月がやれば勝負はどうなるかわからない。それぐらい微妙なラインだと思う。
「よろしくね、太陽クン」
「はい、よろしくお願いします」
ホームベースで待機している水那さまの横を通って1塁へ向かう途中、声をかけられた。
「なぜボクがキミを欲しがっているか知っているかい?」
「い、いえ、わからないです」
身体をほぐしながら、その理由を教えてくれた。
「キミは自分自身のことをよくわかってないからだよ」
ごめんなさい、今ので余計に頭の中が迷宮に放り込まれたような気がする。
「まあ、かわいいってこともあるけどね」
「ななっ! 僕は可愛くないですよっ!?」
「ふふっ」
今まで、キモいとは言われたことはあるけど「かわいい」なんて女子に言われたことはない。ましてやアイドルみたいな美女に言われたら、その言葉が頭の中で次の日の朝まで響き続けてしまう。
「キミが欲しい。でも本気で来て」
「はっ、はひっ!」
ああ、どうしよう。今の言葉で確定しちゃった。今日はもう一睡もできない。水那さま、なんて罪深いことを言うんだ。
パンッと電子ホイッスルが合図を告げると、僕は雷に打たれたように猛烈なダッシュを始める。
水那さまは確かに僕よりずっと足が速い。前に子どもが橋から落ちそうになった時、彼女がもの凄いスピードで追い抜いていったから、その速さは身をもって知っている。
でも、たぶん大丈夫。
彼女がどんなに足が速くてもここはベースラインの上だから。
まっすぐ走るのとベースを踏んで回るのでは、走り方やコース取りが全然違うし、ハンデまでもらっているので負ける道理はない。
3塁を回ってすぐ、視線の端に水那さまを捉えたが、大丈夫。彼女の激しい息遣いが背中に聞こえてくる頃にはすでにホームベースを踏んだ後だった。
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