第10球 心優しき偽善者


「じゃぁ、僕はこれで……」

「まあ、待てよ、太陽くん」


 肩をガシッと掴まれる。

 結構、力強いんだけど?


「ラ・ブ・コ・メ」

「ひぃぃぃっ!」


 完全にバレてしまった。

 すばやく別のラノベを手に取り、必殺「表紙重ね」をしたので、なんとか見つからなかったと思ったのに、なんて抜け目ないんだ。


「何をそんなに怯えているのかな、んー?」

「ぼっ、僕をどうするつもりですか?」


 今まで見た中でいちばんの笑顔。それが逆にすごく怖い。


「……てよ」

「はい?」


 ボソッとつぶやいたので聞き取れなかったので、もう一度聞き返した。


「だから、これから彼氏のフリしてって言ってんのぉ!」


 顔を真っ赤にして、怒っているのだが、どこか恥ずかしがっているようにも見える。


 待って、どういうこと?







 ──15分後、なぜか僕は学校の最寄り駅から3つ先の駅で火華と降りた。


 えーと、なにこの状況?


 ここはK県の中でもかなり大きな街で、繁華街も賑わっていて、高校生が遊べそうな娯楽施設もたくさんある。駅広場を挟んで向かいにある屋内型の複合レジャー施設の1階にあるカフェ店に入った。


「キミが火華の彼氏クン?」

「はっ、はい、志良堂太陽です」

「てだ? なにその名前ウケる~!」


 テーブル席の向かいに座っているのは、陽キャ族代表のような男女。いわゆるパリピと呼ばれる人たち。正直。こういうタイプの人と話すのは初めてだ。ギャルの方に軽くバカにされるが、こういった扱いには慣れているからまだ大丈夫。でも、「まだ」ってだけで、ダメージが蓄積していくと突然、血を吐いて倒れてしまうかもしれない……。


「まあ、いいんじゃね? それより早く上に行こうぜ!」


 手首や首にジャラジャラとアクセサリーを身につけている男が、隣に座っているギャルを急かす。


(ちょっとぉ、あのタイプは僕には無理ですよぉぉぉぉ!)

(うるさい、黙って彼氏役をらないと、ラブコメ好きなの学校でバラすよ?)

(誠心誠意、頑張らせていただきます!)


「おーい、コソコソと何やってんの? 早くしないと閉まっちゃうべ?」


 エレベーターの前で火華に小声で抗議するも弱味を握られているのをすっかり忘れていた。彼女の機嫌を損なわないよう必死に頑張ることにした。


 先に乗っていたパリピカップルは、ガラス張りになっている奥の方であろうことか互いの腰に手を回し、外の景色を見ながらイチャイチャし始めた。


 僕ら以外にも人が乗っているのになんてメンタル。海外に来た気分になる。


「これで勝負やらね?」


 アーチェリーのブースを指さすパリピ男。

 アーチェリーは正直、触れたことすらない。


 やってみたら、意外と難しかった。

 慣れるまで時間がかかったので、結局、僕がビリだった。


 次にバスケット。

 3on3用のコートで、2対2で勝負をする。

 火華が、ひとり奮闘するもパリピカップルの男はバスケ経験者らしくて、惜しくも負けてしまった。ちなみに僕は小学校から中学を卒業するまで、野球以外のスポーツを真剣にやったことがなかった。本当は何も考えずに楽しめたらいいが、どうしても周りに気を遣ってしまうので、動きが硬くなりがちだった。そのツケが今こうして回ってきている。


「ってか、火華って、趣味悪くね?」

「その見た目で運動神経もないって、見たまんま使えないクンじゃん」


 やっぱり、こんな感じになっちゃうんだ。


 パリピカップルの視線がどんどん冷たくなってきた。

 その後もバドミントンやテニスをダブルスで勝負したが、すべて僕が足を引っ張って負けてしまった。


「ちょっと太陽、本気出してよ」

「えっ、僕、最初から本気で……」

「『僕』だって、ちょっ、マジでキモイんだけど?」


 火華には申し訳ないけど、今まですべて頑張ったつもりでいる。けっして手を抜いているわけではない。


「じゃあ逆に聞くけど俺らに勝てるのってある?」


 どんなスポーツでもいい、なにか自分たちに勝てるものはあるかと聞いてきた。


 それはもちろん。


「野……」

「フットサルよ」


 えーッ、火華さん、それはちょっと……。

 僕が野球って言おうとしたら、遮られてしまった。


「面白ぇ、じゃあやるべ?」

「そこのボクちゃんたち、お姉ちゃん達も入れてー」


 6人グループの小学生がフットサルをしていたので、無理やり混ざる。この辺が陽キャの恐るべきところ。なんでこんな普通に図々しいお願いができるんだろう?


「太陽、アンタさ」

「はい?」


 小学生同士でどちらのチームが最初にボールを蹴るかをジャンケンで決めようとしている。


 僕は当然のようにキーパーをやらされているので、ゴール前に立っていると火華が話しかけてきた。


「善人ぶるのをやめなよ」


 善人のフリ?

 いや、そんな善人ぶっているつもりは全然ないけど。


「自分さえ引き下がれば、大抵のことは丸く収まるって思ってない?」


 それは、確かにそうかも。


「それって善人じゃなく偽善者だと思うけど?」


 自分が傷つくのが怖くて争いを避ける。それは自分を善人だと思い込んでいる多くの偽善者となんら変わらないと話す。


「逃げることは恥じゃない、でも……」


 僕に軽く肩パンをする火華。


「アンタは自分を騙してないって、言い切れる?」


 いつから僕は「負けてもいい」と思うようになったんだろう?

 子どもの頃はヒーローになりたかった。幼稚園では悪ガキ扱いされて、よく先生に叱られていた。


 そうだ、あの頃から……。


 小学4年生の時、リトルリーグで4年生のレギュラー枠があった。


 当時、僕は身体の成長も早くて同じ年の子よりも目立っていたけど、ひとりだけライバルであり、仲の良い友達がいた。


 その友達も僕と同じキャッチャーを目指していて、ふたりで毎日競い合っていた。


 練習が終わった帰り道、どっちがレギュラーになっても恨みっこなしだと、友達は僕にそう言って笑ってみせた。


 次の日、近づいてきた大会に向けて監督からレギュラーの発表があった。それで、僕がキャッチャーとして選ばれた。


 その日の夕方の帰る道、僕は「恨みっこなしだよな?」って、うつむいて歩く友達に聞いた。


 そしたら……。


「俺の方が上手いのになんでお前なんだよ……なあ、太陽?」


 僕の胸ぐらを掴まえたまま、涙を流す友達が睨んできた。


「そうだ太陽。レギュラーを辞退しろよ。なぁ? 俺たち友達だろ?」


 僕はそれを見て深く絶望した。友達の裏の顔を垣間見たからでも、友情を裏切られたからでもない。ただ自分は本気を出しちゃダメなんだって、心の底から思った。


 もし僕が本気を出さずに手を抜いてさえいれば、友達がレギュラーになれただろうし、こうして友情にヒビが入ることもなかった。友達の関係が壊れる前の居心地の良い日々が、すべておかしくなってしまった。友達は次の日に別のリトルリーグに移ってしまい、それ以来会っていない。


 あの日を境に僕は何をするにも中途半端なヤツになってしまった。自分が引けば、争いは起こらない。そう自分に無意識に言い聞かせてきた。


 でも、野球だけはどうしても手を抜けなかった。シニアに入って榊雷闇という化け物に何度も自信やプライドを挫かれても立ち上がって踏みとどまってこれた。


 それは僕が野球にだけは嘘をつかなかったから? 野球に嘘をつかないのはある人と約束した・・・・・・・・から……。その約束がずっと僕を支えてくれた。もし、その約束がなければ、野球にさえ無意識に嘘をついていたと思う。


「アンタさっき、野球に・・・逃げようとした・・・・・・・よね?」


 野球は身体が勝手に動く。それこそ無意識のレベルで。でもそれでは意味がないと火華は話す。


 野球に逃げる?

 それって、僕には野球しか無いって言っている。


 違うッ!?

 僕が野球だけじゃないって今から証明してみせる!


 フットサルの試合が始まった。

 フットサルをしていた小学生たちは経験者ではなかったので、高校生が混じると、両チームともほぼボールを高校生が支配した。


 その結果、火華が2点取ってくれた。

 そして、僕がゴールを守るチームは……。

 

「くそっ、なんで点が入らねーんだよ!」


 ゴールを脅かされたシュートの数は、相手チームの倍以上。だけどそのすべてを僕が止めた。


 アクセサリーをジャラジャラさせたパリピ男の至近距離からのシュートを簡単にブロックする。


 推定50キロくらいのシュート。観察に長けたキャッチャー出身の僕には蹴る動作の時点で方向が予測できる。フットサルが上手い人ならキーパーの動きを見てコースを変えてくるはずだけど、目の前の男はただの素人。


 ギャルの方も何度かシュートしてきたが、すべてキャッチした。


「どうやら私の彼、覚醒しちゃったみたい、他のゲームもやる?」

「お、俺らこの後、用事があるんだった、だよな?」

「そ、そうね、残念だけど火華またね」


 逃げるようにエレベーターに乗り込んだパリピカップルにニコニコと手を振っていた火華はエレベーターの扉が閉まった途端、右手の中指を立てて、映画でよく聞くあまり子供の教育によくない言葉を吐き捨てた。


 彼らは火華と同じ中学校出身で、性格のキツい火華に中学校のLIMEグループ内で彼氏を作るなんて無理だろうと馬鹿にされたのが、今回の騒動のきっかけだったらしい。


「ありがとな、太陽」

「うん、僕もスッキリしたよ」

「あれ?」

「え?」


 火華が下から僕の顔をじっと覗き込む。

 さっき激しく動いたばかりだから、ほんのり浮き出た汗とともに頬が紅潮している。

 顔に何かついているのかな?

 そんなにまじまじと見られると、なんだか恥ずかしい。


「太陽、アンタ鼻血出てるよ!」

「うぇ、ホントだ!?」


 ちょっと張り切り過ぎたかな?

 でも、ちょっと楽しかった。


 鼻を押さえたままトイレに急ぎつつ、今日の出来事を思い返してみた。







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