第9球 フードファイト!
7回の裏、4対2で1アウト、ランナーは1塁にいる。
4番バッターは、あの黒髪が腰まで伸びている聖武高校のエース。
桜木さんにこれ以上の負担はかけられないため、選手の配置を変えることにしたようだ。桜木さんを3塁に移し、ピッチャーは西主将、キャッチャーは林野さんが行う。
西主将は元々控えのピッチャーですらない。でも他にできるものがいないので仕方なく彼女が投げることになった。
持ち球はツーシームと急ごしらえのカーブ。コントロールはそこまで悪くないものの、強豪校相手には全然通用しないレベルだった。
歩かせてもいいくらいの外角の際どいところを攻める。
フルカウントになり、6球目。あれほど警戒したのにもかかわらず、外野中央へ運ばれてしまった。打球はもう少しで柵を超えてしまいそうなところで、壁に当たって跳ね返った。そのボールを時東さんが取り損ねた。もたついている間に1塁ランナーがホームに帰って3点目が入った。
その後、さらに1点が入ったところで試合終了となる。練習試合だから、最初に取り決めしておいた7回までで、延長なしの4対4の引き分けになった。
「見くびっていたことは謝罪しよう、しかし……」
聖武高校の監督がようやくベンチから出てきて、僕の前に立った。
「外野をどうにかしないと、君たちとは予選で会えないかもしれないね」
たしかに外野は全員が初心者。
強豪校と渡り合えたのは、桜木さんの剛球のおかげ。内野さえ固めてしまえばそうそう点を取られることはない。
だが、どんなに桜木さんの球がすごかろうが、少なからずボールは外野へ届くもの。フライの練習すらほとんどできずにこの練習試合に臨んだので、完全に準備不足だった。だが、これからの課題として最初から認識をしている。
それとは別に新たな問題が浮上した。桜木さんのスタミナが1試合持たないという事実。
できれば、外野を安心して任せられるくらい足が速くて、肩も強く、控えのピッチャーもできる人間が欲しい……。
いや、無理か。
そんな都合のいい人がいたら、すぐにスカウトに行っちゃうだろうな。
「いるぜ、ウチの学校に」
「──ッ!?」
桜木さん。
みんなが片付けを始めている間、肩を冷やしながらベンチの中で休んでもらっている。
「2年の源水那。四天王のひとりさ」
水那さま?
たしかに足が速いのは知っているが、肩も強いんだ?
「体育の時間、ドッジボールであの子無双しちゃってさ、大変だったよ」
他の球技全般は桜木さんが学年でトップだが、ドッジボールは別らしい。水那さまは素早いからボールは当たらないし、投げるのも速いし、反射神経もいいからキャッチもできる。だけど、彼女が苦手だから勧誘できないと桜木さんは話す。
「アタイ、ああいう距離感のおかしい子はダメなのさ」
あっ、それ、なんかわかる気がする。
僕も耳元でささやかれた日の夜は眠れず、次の日、寝不足で悩まされた……。
でも、僕が勧誘できるかって言われたら無理。たぶん半径5メートル以内まで彼女に近づいたら親衛隊の人たちに見つかって僕の存在が消されてしまうかもしれない。
同じ2年の西主将や林野さんに頼みたいところだけど無理だろうな。
林野さんはそもそも断ると思う。チームのことはどうでもいいと考えているような気がするから……。西主将の方は性格はどちらかっていうと僕と同じ陰キャ属性。とてもではないがあの光り輝く陽キャの頂点にいるような水那さまに頼んでくれなんて、かわいそうで話せない。
「メシ、約束」
「あ? お前ら、勝ってないだろ」
「でも、負けてもいない」
「ちっ、よく覚えてやがる」
亜土に迫られた中条先生は舌打ちしながら諦めた。
たしかに中条先生は「負けるな」と言った。
もし、負けなければ練習試合の帰りに昼飯を奢ってやるって約束していた。でも、先生は知っているのか? 亜土は普通の女子の10倍は余裕で食べることを……。
マイクロバスで学校に戻り、部室で着替えを済ませてから校門に集合した。駅の近くに最近できた焼き肉店に向かった。
「よし、亜土と志良堂、お前らはあれに挑戦しろ!」
大食いチャレンジ。
メガ盛りごはん、特大玉子スープ、ワケあり外国産バラ肉2キロのセット……。制限時間は20分。完食できたら、チャレンジ料はタダで、おまけに3,000円分の飲食券がもらえる。
「なっ、先生、僕には無理です」
「お前に拒否権はない、死ぬ気で完食しろ」
そんなひどい!?
まるで軍隊に入ったみたいだ。
僕と亜土は別の席に座って、その時を待つ。
他のみんなは隣の方で食事を楽しんでいる。
「はい、おまたせー」
ドンっ、とテーブルに置かれたのは巨大な器。大きめの器の中は、まるで登頂不可能なほど険しい山盛りのごはんがそびえたっている。量にして普通の茶碗の5杯分くらいはありそう。玉子スープも麺の容器にたっぷり入っているし、肉はお皿に山のように盛られて出てきた。
ちなみに大食い自慢の人が挑戦しても、失敗することがあるくらい鬼レベルの難易度らしい。店内に飾られている写真を見ても成功者は1か月にひとり出るか出ないかくらい。僕には絶対無理だと思う。
「せんせい……ぼく……もう、ダメみたい……です」
「まだだ、志良堂! お前なら食える!?」
いえ、無理です。やることが全て悪魔の所業にしか思えない。
7割くらいは食べたけど、もう限界。1か月分の食事を一気に食べた気分。肉をもう1枚でも口に入れたら、キラキラを口から発射して、この場を阿鼻叫喚地獄にする自信がある。
「ちっ、なら仕方ない、奥の手を使うか……」
中条先生はそう言って、僕がお腹を壊していると店の人に話し、トイレに連れて行くと「志良堂、大丈夫か……っと見せかけて、オラぁ!」とボディブローを食らわせてきた。
「よし、あと少しだ! 頑張れ!?」
トイレでキラキラさせてスッキリしたところでチャレンジを再開した。
それにしてもパンチに年季が入っていた。絶対に殴り慣れてるよこの人、よく教員免許を取れたものだ。
なんとか完食できた。
お店の人に不審な目で見られるも、知らないフリをしてなんとかやり過ごした。
亜土も普通に完食したので、これで部員の食事代も多少は浮いたと思う。でも先生の財布事情をなぜ僕が命を賭して守らなければならなかったのか、いささか疑問が残った。
焼き肉店の前で解散になったので、お腹がいっぱいで歩くのがしんどかったので、近くの書店に入って、エアコンで涼みながら本を物色することにした。
まずは書店の奥にトイレがあるので、まっすぐトイレに向かう。
書店に入るとトイレに行きたくなることを「青木まり子現象」というらしいが、青木まり子さんっていったい誰なんだろう? とにかく、僕も書店に入ると高確率でトイレに入りたくなるのは事実。
「あれ、時東さん?」
「あっ、こ、こここんにちは」
トイレから出たら、書店の奥側に教育コーナーがあって、時東さんが本を探しているところに遭遇した。
うーん、僕となんか似てるな。
違うクラスだが、彼女もまた地位はかなり低いだろうと大変失礼ながら想像してしまった。
「その本って……」
「はい、お恥ずかしいのですが」
野球のルールブックか。
野球技術を伸ばす本なら、みんな読むけど、ルールは体で覚える人が多い。でも時東さんはわざわざ買って家で読むつもりだと話した。
「なぜ、ルールを覚えようとしているんですか?」
「実は兄がやっているので興味があるのですが……」
2コ上の兄が野球をやっているそうだ。しかもK県でも強豪校でレギュラーをしているらしい。野球に興味はあったものの、実際やってみたらかなり難しかったという。運動はあまり得意じゃないため、できれば違う形で野球部に関わりたいと思っていると話してくれた。
「実は今日、志良堂……くんが審判してるのを見て、すごくカッコいいなって思って」
「え?」
「あわわっ、カッコいいってその……見た目とかじゃなくて」
見た目がカッコいいわけではなく、審判ができる僕がうらやましいと感じたそうだ。それは別にいいけど、わざわざ言い直さなくても……。帰ったらお風呂場で僕、泣いちゃうかも。
「でででは、失礼します」
「あ、はい、また明日」
時東さんは慌てた様子でルールブックを持って、そのまま出口の方向へ向かったが、出る寸前に会計を済ませてないことに気づき、あたふたしながらレジの方に曲がっていった。
時東さんが会計を終えて店を出たのを確認した僕は、店内を2周ほど回って知り合いがいないか入念にチェックした。
よし、今ならいけるッ!?
目指すは、ラノベの転生物ラブコメコーナー。男子だってラブコメを読みたい。しかし、読んでいるのがバレたら、僕みたいな陰キャ男子は大変なことになる。この辺は身分の差がはっきりしており、例えば学校で派手に失敗しても身分が高い陽キャ男子なら「かわいい」と言われて許されるが、底辺陰キャの同志諸君が同じ失敗をしたら「キモっ、●ね!」などとひどい扱いを受ける。
「よお、変態、なにしてる?」
「っひゃぁぁぁぁぁッ!?」
もっとも知られたくない相手に見つかってしまった。
火華・ソルニット。
とにかく僕を人類の全女性の敵みたいに扱ってくる。
「ははぁーーん! それは……」
いやぁぁぁッ、もうトラックに轢かれて転生したい。
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