第3球 九家学院の女王


 源水那さまの去り際の言葉が頭から離れず、昨夜はなかなか眠れなかった。その影響で今日は一日ずっと授業中に睡魔と戦う羽目になってしまった。


 可愛いって、どういう意味なんだろう。まさか、こんなどこにでも転がっているような見てくれに対してではないだろうし、ちょっと鈍感系なキャラに見えたのだろうか? どんなに考えても答えが見つからない。


 とりあえず、野球部のコーチを頼まれていることだし、放課後、野球部へ顔を出すことにした。まあ、コーチとは言っても、マネージャー的な役割もしなきゃいけないだろうし、意外とやることは多いかもしれない。


「お疲れ様です……って、西さん、どうしたんですか!?」


 翌日、放課後に野球部に行くと、ロッカーに頭だけツッコんでシクシクと泣いている西さんを発見した。


「いやぁ、ちょっとアタイが熱くなっちまって……」


 頬を指でかきながら、長身金髪の桜木茉地が事情を説明した。

 

 昨晩、どうせ野球部に入るなら、ビシッと形から入ろうと考えたヤンキー女子3人は、電車の快速で30分もかかる県内最大の街へ向かった。そこでスパイクやソックス、練習着などを買うべく野球専門店へ入ったところ、店内でこっそりと笑われたので、その場で喧嘩……ではなく、練習試合の約束を交わしてきたそうだ。試合は4日後、日曜日に相手校のグラウンドで行われる予定であるとのこと。


「6人しかいないのにどうやって試合を?」

「問題はそこじゃないんです」


 西さんの声が、ロッカーの中から聞こえてきた。


「相手があの聖武高校なんです」


 聖武高校。県内で有数の強豪校であり、男子野球部の方は、昨年の夏に47年ぶりに甲子園出場を果たし、1勝を挙げている。


 私立高校で、男子だけではなく、ここ数年では有望な女子選手もスカウトしているらしく、南関東3強と言われている高校に挑もうとしている今、もっとも注目を集めている高校だそうだ。


「まったく……さっそく厄介ごとを」

「木乃葉ちゃん、そう怒んなよ」

「私は練習できればそれでいい、先にグラウンドに行ってる」


 林野木乃葉。桜木茉地と同じ2年生で、昨日からこんな感じでヤンキーが部室を使おうが、西さんが困っていようが、自分には関係ないという態度を取っている。


「入部希望の子たちを連れてきました~!」

「おおっ天花寺ちゃん、ナイス!?」


 林野さんと入れ違いで天花寺さんが、1年生の女子を7人連れてきた。しかし、そのうちの4人は、見た目が怖そうな不良3人を見て悲鳴を上げ「天花寺さま、ゴメンなさい!」と言い残し、走り去ってしまった。


「すまないね、アタイ達がいるばかりに」

「いいえ、気にしないでください、放っておいてもあの子たちはすぐに辞めていたと思いますから」


 今日、クラスの女子が噂をしていたが、桜木茉地は四天王の一人として数えられるほど絶大な人気を誇っている。しかし、天花寺さんや源水那さまと異なり、彼女を遠くから羨望の眼差しで見られる存在であり、けっして彼女たちヤンキーグループに話しかける女子はいないそうだ。


 残ったのは3人。

 ひとりは僕と同じクラスの大門亜土だいもん あどさん。こうしている間にも彼女はスナック菓子の袋に手を突っ込み、ムシャムシャと食べてボーっと立っている。2人目は、他のクラスの女子で眼鏡をかけたお下げ髪の子。野球部というよりは図書委員をしていると言われた方がしっくりくるような印象だ。


 そして最後のひとりは……。


火華ひばな・ソルニットです。よろしくお願いします桜木センパイ!」

「あいよ、よろしく……えーと、そるにっとちゃん?」

「火華とお呼びください」

「火華ちゃんね、了解」


 いつも廊下などで顔を合わせるたびに、僕には攻撃的な態度を見せる。だが、桜木茉地に対してはすごく従順な後輩を演じている。それともこれが本来の姿なのだろうか?


「げぇっ! お、お前はっ!?」

「あ、どうも」


 気づかれた。ってか、今まで僕のことが見えてなかったんだ……。


「なぜお前が野球部にいるんだ!?」

「天花寺さんにコーチを頼まれたから」

「嘘をつくな変態! 貴様の邪な考えが手に取るようにわかるぞっ」

「いや、ホントですって」


 相変わらず、ひどい言い方だ。

 変態って、証拠もないのにあまりにもひどすぎる。昨日、天花寺さんと握手したから、一生、手を洗いたくなかったくらいで変態呼ばわりされるのは困る。


「火華さん、本当だよ。私が志良堂くんにコーチをお願いしたの」

「なっ、こいつは男だぞ? 絶対にエロい目で月のことを見てるに違いない!」


 火華さんあなた……なんてことを天花寺さんに言ってるんですか? 洒落にならなさすぎる……。


「そんな、僕はそんな目で見てませんって」

「黙れケダモノ!? 月や桜木センパイに指1本触れさせんぞ!」

「そんな……火華さんこそ、ふたりに対してやけにデレてないですか?」

「ぐぅっ! 痛いところを」


 痛かったんだ……。

 女子高って、こういう同性好きの子が多いって聞くけど本当だったとは。


「月……大盛くれる。いい人」


 大門さんが急にしゃべったのでビックリした。同じクラスだが普段はまったく喋らないので大きな着ぐるみが突然しゃべったような衝撃を受けた。


 大門さんの言っていることが、いまいちよく理解できない。

 あははっ、と天花寺さんが笑い、大門さんを自分ん家がやっている定食屋の1年間大盛券を条件に入部させたそうだ。


 たしかに大門さんって、クラスの女子からお昼に色々とおかずをもらった挙句、持参のお菓子を休憩時間の度に食べている気がする。食べ物で大門さんを釣るのはある意味、正解なのかもしれない。


 それはさておき、火華さんはどうせ不純な動機だろうから置いといて、問題は先ほどからずっと怯えている時東さんだ。


 キャラ的には西さんと被っているが、西さんがシンプルな一つ結びなのに対して彼女は二つ結びだし、運動神経は見た目からあまり良さそうには見えない。そんな子がどうして野球部に入ろうと思ったのか、野球が好きなのかな?


 だけど、これで9人。

 ギリギリだけど、なんとか試合はできそうだ。


「もう一つ問題があります」


 まだロッカーに頭を突っ込んでいる西さんは、練習試合には監督兼部長の先生に引率してもらわないといけないと言っている。


 なにが問題なのかよくわからないが、西さんは昨年、卒業した先輩たちから主将を任せられて、その教師と交渉するのがすごく気が重いと話す。


「では、志良堂さん、私と一緒に職員室までお願いします」

「僕もですか?」

「はい、コーチですから」


 たしかにコーチが野球部長である顧問の先生へ挨拶に行かないのは失礼だろう。


 他のメンバーはさっそく着替えて練習することになった。

 職員室に向かう途中で、西さんから聞いたが、顧問は美術の先生らしい。

 美術の先生と言えば……。


「ダルっ……じゃなくて、ちょっと用事が」


 たしかに「ダルっ」と言った。


 中条古都先生。

 その威厳のある態度から生徒たちにこう呼ばれている。


 九家学院の女王……と。

 

「あのー」

「どうした、少年?」


 ゆるフワな茶色い長髪を左右に分けている。授業中は目をつけられないように気を付けていたのに、こんなことになるなんて。


「先生はどうして野球部の顧問をやっているんですか?」


 嫌味とかではなく、ただ純粋に気になっただけ。美術の先生なら美術部が合っていると思うけど、なぜ野球部なんだろう、と。


「ううっ」

「先生?」


 急に涙ぐんで、まるで罪でも告白するかのように話し始めた。


「去年、四天王の子が野球部にいたんだよぉぉ、でも、卒業しちゃったんだよぉぉぉ」


 ぶわぁぁっと大のおとなが泣き出した。情緒不安定すぎてちょっと怖い。


 話を聞いたところによると、昨年、可愛い女の子に絵のモデルをお願いしたくて、野球部の顧問を引き受けたらしい。しかし、今年の春にその四天王は卒業してしまい、完全にやる気を失ったと教育者にあるまじき告白を生徒にしてのけた。


 それなら……。


「先生に見せたいものが」

「えっぐ、えっぐ……ぅん?」





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