第4球 自主練習
「マジか!?」
「マジです」
中条古都先生がグラウンドの前で固まっている。
よしっ、想定通り、彼女の視線は四天王のふたりへロックオンされている。
「──へっ」
「はい?」
あ、先生、口から
「えへっ、えへへっ」
頭の中がどこかに飛んでしまっている。
「絵のモデルで放課後に残ってもらった美少女がふたり、勢い余ってあんなことやこんなことまで……ぐふっ、ぐふふふっ」
先生、心の声がダダ洩れですよ? ってか、この先生と天花寺さんや桜木さんだけにさせるなんて危険極まりない……。
「ありゃ、中条ちゃんが顧問なのか……」
「ふふふっ、茉地きゅん、もう逃げられないよ」
桜木さんは知っているのか。この先生が変態なことを……。
中条先生を見つけた瞬間、明らかに顔を引きつらせた。
「中条先生初めまして、1年の天花寺 月です」
「知ってるよ~月きゅん、あなたのことは。ぐふふっ」
目が怖い。
中条先生はニコニコしてるけど、目が普通じゃない。他の2年生の部員たちもその表情は硬い。
「先生、月と桜木センパイを変な目で見ないでください!?」
「あら、あなたは?」
「1年の火華・ソルニットです」
「なんてラッキーなの。野球部の顧問で本当によかった……」
ダメだこの人。美形の女子なら誰でもいいみたい。
「おほんっ、それで金穂、週末に練習試合があるのよね?」
「え? あ、はい」
正気に返った。
金穂とは西主将の下の名前で、冷たい口調で彼女の名を呼んだ。
「日曜日の引率を引き受けるなら条件があるわ」
「どうせ、アタイか天花寺ちゃんに絵のモデルになれって話だろ?」
「正解! でも火華きゅんも3人セットでお願いね」
「3人同時って、そんないっぺんに描けるんですか、先生?」
「だって、3人もいたら、色々と妄想が膨らむし、ぐふふっ」
条件を出そうとした中条先生へ桜木さんがけん制すると、素直に認めた。その上でさらに条件を増やしたが、不思議そうに西主将が質問すると、鼻息を荒くしてオッサンのような不気味な笑みを浮かべた。
「アタイ達からも条件がある」
「いいよ、茉地きゅんの頼みなら先生なんだって聞いてあ・げ・る!」
「そこの
なるほど、男子が一緒なら先生も変な気は起きないはずだ。
「て・だ? 少年、君の名かね?」
「はい、先ほど職員室からここへ来る途中も名乗りましたけど」
凍てつくような視線が僕に刺さる。
「おほんっ! もう一度、確認しよう」
「はい?」
中条先生が咳ばらいをして、改めて僕に質問した。
「やはり男の子なのかね?」
「はい、そうです」
「モデルを辞退する気は?」
「ありません」
2回目の質問の意図はわかったが最初の質問はよくわからなかった。
「はぁ……わかった、その条件でいい、はぁ……」
練習試合が終わった次の週の月曜から金曜日までの内の2日間で手を打つと中条先生が、何度もため息をつきながら答えた。
「
「先生への条件ですか? 気にしないでください」
「まったく……中条ちゃんの百合好きには困ったもんだよ」
「え?」
みんなと一緒に軽くランニングをした後、守備練習を始めた。初心者組はグラウンドの端っこで、バウンドを取り入れたキャッチボールから初めてもらい、今日はとりあえずボールに慣れてもらうことにした。
僕がシートノックをしている間、桜木さんが後ろで例の投球フォームの癖を矯正する練習をしながら、僕に話しかけてきた。
中条先生の趣味については、想像していたのと違っていた。てっきり先生自身が美形の女子が好きだと思っていたが、美形の女子同士のイチャつくのを見るのがなによりの好物だと、なかなかの性癖をお持ちだと教えてくれた。
桜木さんはその運動神経の良さで、野手投げから本来のピッチャーの投げ方の動画で解説したものがあったのでそれを見せたら素人にはわからないくらい投球フォームが整ったけど、ボールの握り方や指先の感覚は素人だった。
僕が彼女のストレートを簡単に外野へ運べたのは球が
野球のボールは8の字をふたつ十字に合わせるような縫い目がある。ある軸をぐるりと一周させた時に縫い目が2本だとツーシーム、縫い目が4本だとフォーシームと呼ばれる。ストレートの場合、4本の縫い目を持つフォーシームで投げるとボールの前面が上に向かって回転するため、縫い目が多いフォーシームの方が揚力が生まれる。その揚力によりボールが手元で伸びるように見えるのが「生きた」球というわけだ。
フォーシームの握り方を教えるついでに、カットボールの握り方も伝えて練習するようにお願いした。投げ方はストレートと変わらず、握り方を変えるだけでボールに変化をつけられる。強豪校が相手であるため、桜木さんの速球でも対応できる選手が何人かいるだろう。そのため、そういった上位打線を
それにしても、ボールの握り方を教えるため、桜木さんの手に触れる度に彼女の顔が真っ赤になっている。どうやら痒さを我慢しているようだ。痒い場所は人それぞれだから、彼女の場合はそれが手ということだろう。
部活が終わる直前に天花寺さんから声をかけられた。
内容は、部活後に1年生だけでバッティングセンターに行こうという提案だった。僕は緊張しながらも行くと答え、校門前で待ち合わせすることになった。
部室は女子部員が着替えの時は占有しているため、僕はリュックを受け取り、近くの男子トイレで着替えた。
校門の前で合流した僕たちは、隣町の駅近くにあるビルの屋上のバッティングセンターの中に入った。
メダル貸出機でメダルを3枚買って、受付で学生証を見せると1枚メダルをサービスしてもらえた。
今日は守備練習やキャッチボールしかしなかったので、天花寺さん以外のバッティングがどれほどのものかわからなかった。
最初のコイン1枚で、4人のバッティングを確認したところ天花寺さんの他にリトルリーグ経験者の火華さんはいきなり試合に出ても大丈夫そうだった。
大門さんは1球もボールがバットに当たらなかったけど、スイングスピードがすごく速かった。時東さんの方は25球すべてを振り遅れてしまっていた。
「大門さん、バットが速すぎるので、タイミングを取ってみてください」
「どうやる?」
「えーと、それは……」
一般的には1、2、3の3で打つのがいいって、僕は少年野球をしていた時に覚えたのだが。
そう助言してみたが、大門さんには合わなかったみたいで、次の打席では振り遅れが目立ってしまった。
「じゃあ好きな食べ物でタイミングを取ってみたらどうかな?」
天花寺さんが面白い提案をしてきた。
でも、野球はそんなに単純なスポーツでは……。
「寿司、から揚げ、フライドポテっト!?」
そんなバカな!
タイミングがバッチリ合って、まるでレーザービームのような打球が約30m先にあるホームランの
その後、カレーライスやラーメン、お好み焼きなど色んな食べ物で試したが、うまくタイミングが合うものはなかった。
「時東さんは、まずはバットを前に出して当てることだけを意識してください」
「ひゃ、ひゃいっ!」
小柄で力もないから、バットに振り回されている。スイングも安定していないし、バッセンには少年野球用の小さいバットがあるので、持ち替えてもらったら少し振り遅れが減ったけど、やっぱり高さが合っていない。まずは自分が振り抜く時の高さとボールの高さを合わせる必要がある。
「ちょっと失礼します」
「あゎゎわわっ……」
ボールが当たらないので、時東さんの斜め後ろに立って彼女の腕を掴んで高さを調整してあげた。ボールが前に転がるのを3回確認して、今度はバットをゆっくりと振りながら高さを意識して振るように伝えた。
「いい感じです。だいぶ前に転がるようになってきました」
「ありがとう……ございます」
前に転がってくれれば、試合になる。初心者に数日でヒットを打たせるのは無理がある。だけど、前に転がせるだけで、方向が良ければバントヒットも狙える。
「女を囲んでエラそうに講釈たれてんじゃねぇよ!?」
うっ……。
いつの間にか隣の打席に高校球児らしき男子が立っていた。後ろには仲間が2人いる。
「綺麗なお姉さんたち、俺たちの方が上手いっすよ?」
「言えてる。ソイツはただの野球オタクだよ」
結構、ガラが悪い。
僕はこういう時、強く出たことはない。だけど……。
「あの……練習に集中したいので話しかけないでくれませんか?」
「あ? なんだオタク、喧嘩なら買うぞコラ?」
自分だけのためなら、静かに嵐が過ぎるのを待つ。あの手の輩はおとなしくしていれば、鼻で笑って見下して済むことが多い。けど、天花寺さんたちのコーチである以上、そのままにはしておけなかった。
でも、怖い。
僕の生徒手帳を取り上げられて住所や名前を覚えられてしまいそう……。
「では、バッティングで勝負しましょう」
「お姉さんたちと俺たちが?」
「ええ、負けたらあなた達に教えてもらうわ、でも……」
もし、こちらが勝ったら、SNSで顔を出して、「女子に負けました」と実名で投稿をするけど、どうする? と天花寺さんが条件を出した。その挑発に彼らはすぐに乗っかってきた。
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