2

 一足先に船に戻って、船室で話をしていたユーシスたちの元へ、サラとエドガーが連れだって戻ってきた。


「ださ……」


 ユーシスは、幼馴染みの耳に先ほどまではなかった緑のイヤリングがこれ見よがしに飾られているのを見て、誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。

 翠緑だなんて安易過ぎる。

 今日、サラが着ているハイネックの紺のワンピースにもぜんぜん合っていない。


 ユーシスはサラの耳に付いた緑色のガラス玉を、むしり取ってやりたかった。


「サラさん、イヤリング、とても似合ってますよ」

 チネがにやにやしながら二人を冷やかした。


 サラは真っ赤に頬を染めながら、そ、そうかな……?とはにかんでいた。

 サラはいつもそうだった。

 いつもはサバサバしているサラが、こんな風に頬を染めてはにかむのは、エドガーの話をする時だけだった。


「ユーシス、大丈夫?」

 隣に座っていたクロエに声を掛けられて、はっとした。


「怖い顔してる」


「そうかな、僕としたことが……」

 

 クロエと付き合って、全てを忘れたはずだったのに。


――どうしたら、あなたを諦めること、出来るのかな……。

 

――誰よりもあなたのことを好きなのは、私なのに……!

 

――ずっと、ずっと、他の誰よりも、あなたのことが好きだったのに……!


 ユーシスが昔付き合って、別れた女の子が泣きながら投げ掛けてきた言葉が、そのまま脳裏に蘇ってくる。

 まるで呪いの言葉のようだ。

 呪われているんだ。

 自分がしてきたことのツケが回ってきたのだ。


 後悔……

 後悔しているのか?

 自分のやってきたことを?


「クロエー……」

 ユーシスはクロエと付き合っていた頃みたいに、クロエの細くたおやかな腕に縋り付いて艶やかな黒髪に鼻先を埋(うず)めた。

 このまま今夜クロエを食べちゃいたいな。無理だとは分かっているけど。


「こら、クロエとは別れたんじゃなかったのか?」

 リファールが呆れて言う。


「うん、私、他に好きな人がいるからね」

 クロエは堂々と誇らしげに言う。

 それでもクロエは、ユーシスを突き放すでもなく、優しく頭を撫でてくれた。


「相変わらず、どうしようもない人ね……」

 クロエは優しい。

 氷の女王だとか言われているけど、本当は、たおやかで優しい女の子だ。


「ユーシス、諦めないでね」


 クロエの言葉が頭に響く。


「私はあなたの方が好きよ。あなたの方が相応(ふさわ)しいと思う」


「無責任なこと言うもんじゃないよ」

 ユーシスはクロエの優しくない言葉に腹が立った。

 こっちは必死に諦めようと思ってるってのに。


 ユーシスはクロエに頭を撫でてもらいながら、こちらの様子など気にする素振りもなく、エドガーの隣で自分の世界に入っているサラの、翠緑色のイヤリングをもう一度見詰めながら思った。


 ダサいなんて言うのは大嘘だ。

 本当はめちゃくちゃ似合っている。

 濃紺のハイネックのワンピースに、さりげなくシンプルな一粒だけの翠緑色のイヤリングがこの上なく似合っていた。

 フェミニンと言うよりは、さばけてクールな印象のサラには、コテコテしたアクセサリーよりも、シンプルなものの方が合う。

 淡いパステルカラーと言うよりは原色だ。

 瞳の色と同じ翠緑の色は、サラに一番似合う色だった。

 自分がサラに買ってあげたかった。

 そしてサラの耳たぶに触りたかった。


 クロエが忠告した通りだ。

 この旅に参加すると決めた時から覚悟はしていたことだった。

 これは拷問だ。

 目の前で、サラが別の男と愛を育んでいる様子を一から十まで見せ付けられると言うことだ。

 耐え難い拷問でしかない。


 しかし、ユーシスは決めていた。

 耐え難いことに耐える必要がある。

 目をそらさず、一から十まで全部自分の目で確かめて、そこまでしない限り、諦めることなど到底出来そうになかった。

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