第十八章:一番楽しい時って、同時に淋しさも感じてしまうということはない?
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その後も船旅は順調に進み、ますます仲を深めた帝国学院トップチームの六人は、たまに停泊する港町で観光を楽しんだり、船室で術談義を繰り広げたり、カードゲームに興じたり、互いに互いの胸の内に潜む様々な懸案や葛藤を押し隠しながら、学生の夏休みらしいことを満喫した。
四日目の夕方、最後に停泊したのはソシエの町。アルバートと国境を接するベガ王国の玄関となる町だった。
夕闇に沈み行く海岸に向けて作られたデッキを持つ、お洒落なお店でご飯を食べる。船の中では簡素なものしか口にしていないので、たまに停泊中に地元の料理を食すのが最高だった。
サラは楽しげに会話しながら食事を楽しむ仲間たちを見ながら、もっと早く、こういう機会持てば良かった、と心から思った。
学院生活最後の夏休みだ。
夏休みが終われば私たちはついに第八学年。最後の学年では、帝国軍の術士としてやっていくための厳しい訓練がまた待ち構えているし、卒業試験に向けて必死に勉強もしなければならない。
そして、アルバートの王子様も、卒業すれば自国へ帰ってしまうし、みんな、軍隊に入ったら、バラバラになってしまうだろう。
クロエのパーティーも解散だ。
「感傷に浸ってる顔だな、サラ」
店を出て、海岸に並ぶ飲食店や商店の間を歩きながら、エドガーが言った。
「すごく楽しいんだけどね、一番楽しい時って、同時に淋しさも感じてしまうということはない?」
『今この瞬間』は今だけなのだと言うことが、淋しくてたまらない。
「今がずっと続けばいいのにと、思うようなことは……?」
サラは、クロエもユーシスもエドガーも、アルバートの王子様とそのボディガードのチネのことも、みんなのことが大好きだった。
できることなら、ずっと一緒にパーティーを組んでいたい。みんなで力を合わせて、敵を倒していたい。
「楽しいな。たしかに。軍隊になんか、入りたくはないな」
「あら、その発言はどうなのよ。国を守る盾であるエレンブルグ家のご長男様とは思えない発言ね」
サラはくすりと笑いながら突っ込む。
そして、サラはいつまでも、エドガーに想いを打ち明けたくなどなかった。
恋人未満の今の状態で、ずっといたい。
思わせ振りなことばかりしてくるけど、本当にエドガーが自分のことを好きだと思ってくれているとは、到底思えないのだ。
いつの間にか、みんなが居なくなっていて、エドガーと二人きりだった。
もう、何なのよ。気を遣ってくれてるってやつ?
必要ないのにそんなの。
私はみんなと一緒に居たいのに……!
二人はどちらともなく、海岸に立ち並ぶ商店の中の、比較的小綺麗そうな店に入った。
魔除けの人形とかレースの壁飾りとか、ティーカップやら本物か偽物か分からないパワーストーンやら、雑多なものが並ぶ地元のお土産物屋さんだ。だいたいこういう商店は、夕方には店じまいなので、店主に迷惑そうな顔をされる。
「妹や弟たちにお土産買って帰らないとなー」
サラは、弟や妹たちの顔を思い浮かべながらぼやいた。
「兄弟がいるのか?」
「うん、妹二人と、弟一人。四人兄弟の一番上。お土産も買わずに帰ったら、あいつらにどんな目に遭わされることか……」
エドガーは笑った。
「幸せな家庭で育ったんだな。あのおっかなそうなお父様をはじめ」
「エドガーだってきっと、そうでしょ。見た目はやんちゃそうなのに、育ちの良さが滲み出てるわ」
サラは素直な感想を口にした。
クロエやリファールに比べれば、私たちはだいぶマトモな部類に入る人間だ。
「綺麗……」
ガラスビーズのアクセサリーが並んでいた。ソシエビーズと言うやつだ。この辺りはガラスの生産も盛んなのだ。
サラが思わず手を伸ばして触れようとすると、その前に、隣に居た男の子の手がすっと伸びてきて、サラの見ていた緑色のガラス玉のイヤリングを取った。
一瞬、二人の手が触れる。
「翠緑の色だな」
エドガーは翠緑色のガラス玉が一粒だけ付いたイヤリングをサラの耳に当てながら言った。
サラはどぎまぎする。
エドガーの緋色の瞳がサラの耳元を見詰めている。
「買ってやる」
「え……っ?」
この人、こういうことするんだ……。
また蛙化現象が起こりそうだから本当に勘弁して欲しいんだけど。
エドガーは恥ずかしがる素振りもなく当たり前みたいな顔をしている。
くそ……っ。遊びなれてるな。今まで何人もの女の子に同じことをしてきたに違いない。
なんとも腹立たしい。
私はあんたのおかげでこの十七年間誰ともお付き合い、どころか男の子と手を繋いだことすらないのに。いや、ユーシスとは何回もあるかもしれないけど、あれは『男の子』には数えない。
「お前みたいな性格のやつは、他人の土産物ばかり買って、結局自分のものは何も買えずに終わるのがオチだからな」
「なによ。あなただってきっとそうなんでしょ」
サラは顔が火照りそうになるのを隠すために強い口調で言った。
「俺は一人っ子だからお土産をねだってくる相手もいないんだよ」
エドガーはさっさと店主の元へ歩いていく。
「ち、ちょっと待ってよ!せっかく買ってくれるならもうちょっと選びたいのに……!」
「翠緑はこれだけだろう?赤の魔女は深紅のものを、緑の魔女は緑のものを、身に付けよ……
なんなのよこの人。
私の思い描いていたエドガー・エレンブルグ様は、ナーサリーライムの一節なんて口にしたりしない。
お願いだから、ちょっと黙っててよ……。
そして、購入したばかりの『緑のもの』を、サラの耳たぶにさっそく付けてくれた。
エドガーの長い指先が何度もサラの耳に触れる。サラは思わずびくりと震える。吐息すらも頬に掛かりそうな距離だった。
てきぱきとバネ式のイヤリングをサラの両の耳に付けると、エドガーはサラから身体を離し、満足げにサラの耳と顔と身体全体を眺めた。
「いいね、似合ってる」
サラはますます腹立たしくなる。
こんなのは、想い描いていたような初恋じゃない。
好きな女の子の前ではまごまごして欲しい。顔を赤らめて恥ずかしそうに贈り物を選んで欲しい。
私にとっては、初恋の人なのに、エドガーにとっては、数多くいる女の子のうちの一人に違いないのだ。
サラを相手に、いちいちまごついたりはしないのだ。
でも、それらによってサラの恋が醒めるようなことは一切なく、エドガー・エレンブルグ様はやっぱりカッコ良かった。
思わせ振りな態度は本当にやめて欲しい。
勘違いするから。
好きが止まらなくなってしまうから。
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