「リファール、あなたが『焔を使わない理由』が分かったわ。ヴァンパイアを倒す方法は、心臓に杭を打ち込むか、炎で焼き払うか、どちらかだと相場が決まっているのに……」

 クロエは漂う粒子を睥睨へいげいしながら言った。


「リファール。闘いましょう。貴方と私で力を合わせれば、倒せない相手ではないわ」

 クロエはリファールを励ますように言う。


「何を言ってる……。俺はお前を生け贄に差し出そうとしたんだぞ」


「貴方だって、『犠牲者』なのでしょう。ここで何が行われていたのか、分からない私でもないわ。目の前に自分の臣下でもない、他国の術士がいれば、迷わず差し出すのも、一国の王太子としてなら当たり前な話……」


 リファールは心底驚いていた。


「お前、変わってるな」


「貴方ほどじゃないわ」

 クロエは澄ました顔をして言う。


「……私たち、どこか似てるとは思わない?私には、あなたの気持ちが理解できる。私にもね、理性を保てなくなりそうな瞬間があるわ。一思いに、あなたの息の根を止めてしまいたいと願うような瞬間が……。水術士の本能ってやつかしら。私は貴方みたいに狂ってはいないから、そんなことは絶対にしないけどね」


 クロエはこのような状況にも関わらず、くすりと笑った。

 クロエの中にもまた、自らも持て余す『化け物』がいる。

 リファールに狂気を感じながらも、彼に恐怖を感じなかったのはそのためだ。



 くすくすくす……。

 霧の中から笑い声が響く。

「随分悠長なことを言うじゃない……?あなたには絶対に私を倒すことは出来ないというのに……。抵抗するだけ無駄よ。大人しくしていれば、命だけは助けてあげる。貴女みたいな美味しそうな女の子、殺してしまうのはあまりにも惜しいもの……くす、貴女も、私への供物になりなさい!」


けがらわしい。……絶対に、御免だわ」

 クロエは鋭く言う。


 少女は霧になれるが、霧のままでは攻撃はできない。攻撃するために、形を成した瞬間に、切り刻めばいいだけだ。


「リファールお願い。私が彼女を惹き付けている間に、火焔で全てを焼き付くすのよ!」


「クロエ……前の気持ちは有り難いが、俺にはもうほとんど呪力が残っていない。こいつの能力は、『呪力の吸収ドレイン』だからな」

 リファールは口惜しげに言った。


「火焔なら、吐けてあと一回だ」


「一回きりのチャンスをものにしないといけないと言うこと……?」

 クロエもさすがに焦る。

 ヴァンパイアと言うから血液か、生命力ライフをドレインするのかと思いきや、呪力を奪うのか……。


 くす……

「だから抵抗するだけ無駄だと言っているのに」

 粒子が凝縮し、少女の形を成す。


 クロエはその瞬間を捉えて再び刃を振るった。

 ヴァンパイアは軽々とそれをける。


「間抜け。刃の振るい方がなってないわ。霧になるまでもない。そんなんじゃ一生私に傷など付けられなくてよ」

 彼女の言う通りだった。


 仲間の存在が恋しかった。

 クロエには、サラのように敵と格闘する能力は無かった。

 そしてユーシスのように、よこしまなる力を排除する力もない。

 エドガーのように炎で焼き付くすことも、チネのようにリファールの盾となる力も。




「おい!お前ら、いい加減にしろ……っ!今度はリファールとクロエかよ!昨日の今日だぞ?また僕の見てない間に、甲板でよろしくやってたってのか……!?」


「あら、私もエドガーも、『よろしく』はやってなかったわよ、楽しくお話してただけだもん」


「お前は結局、どさくさに紛れて俺に抱き付いてきただろうが……」


「私のリファール様をよくもたぶらかしましたね、クロエさん……!今日と言う今日は許しませんよ……っ!シルヴィア様に言い付けてやりますからね……っ!」


「みんな……」

 クロエは、不覚にも涙が出そうだった。

 大好きな、うちのパーティーのメンバー達だった。


「敵は漆黒の不死者アンデッドか。僕の出番かな、ここは……?」

 ユーシスが何やら楽しそうに言う。


 黄金の髪をたなびかせるヴァンパイアの美少女は、不敵に笑いながら言った。

「至高の純白……美味しそうだけど、今日はもう、大好きな王太子様の呪力をもらってお腹いっぱいだから、そろそろ帰るわね。また来てあげるから、その時は楽しく遊びましょう、みなさん。……それでは、ごきげんよう」


 忌々しいことに、メリーウェザーは粒子となって姿を消した。


「また、倒せなかった……」

 リファールは口惜しげに言って溜め息をついた。


「リファール、次は迷わず私たちを呼んで」

 クロエはリファールの目を覗き込んで言った。

 自分達はあなたの敵ではないということを、伝えるために。


「分かったよ」

 リファールは耐えきれないようにクロエから目を離すと、叱られた子どものように言った。


「クロエ、悪かった……。もう、二度とあんなことはしない」

 妙にしおらしいことを口にするリファールに、クロエは笑う。


「無理だと思うけどね、あなた、性根しょうねが狂っているもの」

 

 状況の分からない残り四人は、困惑して二人の会話を見守っている。


「あの……詳しくはお話出来ないのですが、リファール様は、あの恐ろしいヴァンパイアに幼い頃から付け狙われているんです」

 チネが当たり障りのない部分だけ説明する。


「アルバートの王子様はモテモテね。物凄い可愛い女の子だったじゃない、さっきの魔物。なんか、喋ってるし。ほんとの女の子かと思ったわ。喋れる魔物なんて初めて見た」

 サラはサラらしく、呑気なことを言う。


「ヴァンパイアだのグールだの、不死者アンデッド系といえば、とにかく焔で焼けばいいんじゃないのか?」

 エドガーは、なぜそうしなかったのか、と言う顔だった。


「聖術で昇天させてあげるのが確実だよ。相手はちりになれるんだから」

 ユーシスは冷静な分析を加え、


「塵状態の敵にも聖術は有効なものかしら?」

 クロエは不安げに言う。


「あのさ、ここで術談義はじめるの、やめよ。真夜中だよ、王太子様を休ませてあげなきゃ」

 そして、サラが的確な突っ込みを入れ、全員撤収する運びとなった。

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