第十七章:貴方は私の獲物


 その夜、リファールは、夜半過ぎに目覚めた。

 首筋に、何とも言えない気配を感じたのだ。

 氷のように冷たく、おぞましい気配。

 リファールが幼い頃から良く知っている感覚だった。

 リファールは、弾かれたように身体を起こす。


「こんなところまで追ってきたのか、物好きだな」


 リファールは周囲で寝ている同級生達を起こさぬよう、小さな声で言った。

 激しい嫌悪感と少しの恐怖がリファールの胸の内を満たしていく。


「ふふふ……だって、学院では結界の力が強すぎて、まったく近寄れないんですもの。私の大好きな王太子様に」


「お前が好きなのは、俺じゃなくてアデルだろう」


「いいえ、貴方のことも大好きよ。特に貴方の極上の、紅い呪力がね。アデル王子は私の大事な大事なご主人さま。貴方は私の獲物えもの……」


 リファールは怖気が走った。

 黄金の髪がふわりとなびき、血のように紅い虹彩が舐めるようにリファールを視ている。

 幼い頃から身に刻み込まれている恐怖心が全身を支配し始める。

 この化け物を前にすると、リファールはいつでも九歳の時の自分に戻ってしまう。

 まるで飼い慣らされた家畜だ。


「随分大きくなったわね……。人間はすぐに大きくなってしまうからいけないわ。ついこないだまであんなに、女の子みたいに可愛らしい王子様だったというのに……!」


 メリーウェザーは妖艶に笑っていた。

 最後に別れた時から三年も経つというのに、メリーウェザーの方はあどけない十二、三歳の少女の姿から少しも変わっていない。

 リファールはとうに、彼女の見た目の年齢を超してしまった。


「別に、あなたがどうしても嫌ならいいのよ。ここにはチネちゃんや、紺碧や翠緑の可愛いらしい女の子達もいるもの。大きくなってすっかり男の子らしくなってしまった貴方なんかより、よっぽど美味しそうだわ」


「いいだろう。皆が……特に、聖術士なんかが目を覚ましたら……お前も困るだろう?甲板へ行こう」


 九歳の頃の自分へと戻ってしまったリファールは、他にどうすることも出来ず、メリーウェザーを甲板へと誘った。

 うちの唯一の聖術士に助けを求めることも出来たが、あの忌々しいユーシス・クローディアに借りを作るのもしゃくだった。

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