凱旋通りと呼ばれるだだっ広い大通りを抜けて、しばらく行くと、メインストリートに面した場所に、まるで宮殿かと見紛うような豪華絢爛な建物が現れた。


「こ、これですか……!?」

 チネが驚きの声をあげる。

 そうなのだ。ビスクラードの公衆浴場はどこもド派手なのだ。

 建物の中も、宮殿さながらだった。

 床は寄せ木細工が美しいモザイクを描いているし、レリーフで装飾された白壁に、天井からはシャンデリア。だだっ広いエントランスの左右に男風呂と女風呂の二つの入り口があって、それぞれ入り口には関所のようにお金を払う窓口がある。


 六人はそこで男女三人ずつに別れてお風呂へ向かった。

 チケットは少し豪華なお昼ご飯ぐらいの値段だ。観光客向けの浴場なのだろう。地元のきったないお風呂ならもっとずっと安い。


「はじめてだわ、温泉なんて」

 クロエがどぎまぎしている。

 そうでしょうとも。帝国にも公衆浴場はあるけど、あくまで庶民のためのもの。

 ある程度のお金持ちならばわざわざ行かない。湯浴みは自宅でするのが普通だ。

 学院の寮にも、お湯にかれるバスタブなどは存在せず、共有スペースに湯浴み用の部屋があって、寮母さんがお湯を準備してくれる時間帯に、五月雨式に身体を洗うだけ。

 あれは毎回、地獄絵図だ。スピード勝負というやつ。


「温泉って、健康にいいんだよ。病気療養のために湯治場に長期滞在する人もいるぐらいなんだから」

 観光客で溢れる窓口に並びながら、サラは怯えるクロエに説明した。

 この子恥ずかしがってるのかしら。

 みんなじっくり裸の付き合いなんて初めてなのだ。


「でも、潮風で身体がべたべたなので、お風呂に入れるのは幸せです」

 チネは対照的にわくわくにこにこしていた。


「サラさんは、手足が長くて羨ましいです。美脚ですねえ……」

 サラはスレンダー、チネは幼児体型というやつ、クロエはどちらかと言うと痩せているのに、出るとこでているバランス型である。

 背の高さで言うとサラは男の子並みに大きく、クロエは平均的。チネちゃんは子どもサイズ。


 観光客に混じって、おっかなびっくりお風呂へ向かう。


「すごい……」

 クロエの驚きの声が漏れる。


 建物から出ると、快晴の空の下、南国風の草花が咲き乱れる庭園に、ひろーーーーい浴槽が広がっていた。


「泳げますねこれは」

 チネが大はしゃぎだった。


「すぐ入っちゃダメよ。身体を洗ってからよ」

 身体を洗うスペースにある、庭園の噴水みたいに流れ出すお湯の溜めてある場所で、各自身体を洗う。


 皆で身体を洗いっこした。


「クロエさんの身体……」

 チネは突っ込んでいいのか躊躇っている様子だった。


「ごめんなさい、気味が悪いかしら」

 クロエはむしろ申し訳なさそうに言うのだった。


 クロエが怯えていたのはこのことか。

 サラは見慣れていたが、クロエの背中は傷だらけなのだ。

 体罰のあとだ。

 サラは自分の無神経さがクロエを傷付けていないかいまさら反省した。


「ごめんね、クロエ。みんなで大浴場なんて、嫌だった?」


 クロエは首を横に振る。


「楽しいわ、すごく。私にとっては、すべてが初めてのことで、戸惑っているだけ」


 クロエは家族旅行なんて、行ったことがないんだ。

 サラはあの恐ろしいレイアお母様の笑顔を思い出しながら言った。

 この旅行の許可を得るのでさえ、命懸けだったのだから。


「酷いです。こんなに綺麗なクロエさんの身体に、こんな傷痕を付けるなんて」

 チネは優しく撫でるように、クロエの白い背中を洗ってあげていた。


 日の光も浴びたことのないような透き通るような真っ白な肌に付けられた醜い傷痕。クロエを追い詰めてきたものの象徴のような背中だ。

 ユーシスもこの背中を見たことがあるのかな……。だからこそユーシスは、あんなすごい剣幕で混浴なんてダメだって言ったんだろうか……。


 その瞬間、なぜか耐えられないほどの嫉妬を感じた。

 私のことを護ってくれていたはずのユーシスが、同じぐらいか、それ以上の愛情を持ってクロエを護ろうとしている。


 ユーシスはどんな風に彼女の身体に触れたのかな……。

 って私、何を想像してるのよ……!馬鹿じゃないの……っ!?

 今まではユーシスが誰と付き合っていようと、こんなこと考えたことはなかったって言うのに。

 クロエに嫉妬だなんて。

 二人はもともと好き合って付き合ってたわけでもないし、もうとっくに別れたって言うのに。


「見てよ、私だって、屠殺鳥にやられて、身体中傷痕だらけよ!」

 サラはともすれば止まらなくなりそうな自分の妄想をはね除け、笑い飛ばすように言った。

 大きな傷は少し残ってしまっていた。消えるといいんだけど。


「屠殺鳥も許せません!サラさんの美しい身体を傷だらけにして……!」

 チネはプンプン怒っていた。


 お湯に浸かると、塩気の多い温泉のお湯が、治り掛けた傷痕に少しみた。


「サラさんはやっぱり、少し無神経でしたね」

 チネがお湯に浸かりながら言うので、サラはどきっとした。

「え……っ?」


 チネはくすくす笑う。

「私たちはいいんですけどね、リファール様とエドガーはともかく、そこにユーシスが加わって、男三人がどんな顔して一緒にお風呂に入ってるのかなって、想像したら、たまらないですね」


 サラも顔を青くした。

「うっ……た、たしかに、修羅場だわ」


「大丈夫じゃない?ユーシスとリファールは話がとても合うみたい。すっかり仲良しみたいよ、二人とも」

 クロエは涼しい顔で言った。

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