5
翌日。グロッキーだった三人も、少しずつ船の上の生活に慣れてきたみたいだった。
サラは、朝食として貰ってきたビスケットとサラミ、飲み物をみんなに配った。
各々なんとなく自分の領分が出来てきて、食事を採る際に集まる席もだいたい決まっていた。
サラの隣にはチネとエドガー。意外だったのは、クロエとリファールが船室の狭い環境の中で急接近していることだった。
クロエとリファールとユーシスは、頭脳派三人で話が合うのか、いつまでもいつまでも術談義を繰り広げていた。三人とも、学年随一の戦略家で、術マニアなので、話が尽きることがないみたいだ。
「あれ、ヤバイね……。マニアック過ぎて、全くついていけないよ……」
サラはチネとエドガーと一緒に朝ごはんを食べながらぼやいた。
「ああ、普通に気持ち悪いな……」
サラはほっとする。
よかった、やっぱりこの人はマトモな感覚を持った人だ……。
「サラはなんで、帝国学院に入ったんだ?テセルの商家の生まれなのに」
エドガーは他愛ない話の一つとしてサラに質問した。
「そうね……翠緑の呪力をちゃんと使える人間になりたかったからかな。帝都の生粋の術士家系出身者のあなたには分からないかもしれないけど、片田舎の貧乏商家に翠緑持ちの娘が生まれても、気味悪がられるだけで、喜ばれることなんてないの。ユーシスが居なかったら、私なんてどうなってたことか……」
サラは昔のことを思い出しながら答える。
ビスケットがしょっぱくて美味しい。
「ユーシスが、誘ってくれたんだ。一緒に帝都へ行かないかって。それで、うちのバカ父にも丁寧に説明してくれたの。……私のこの危険極まりない力が、『呪力』と言うもので、普通の人にはない特殊な能力なんだってこと。それから、きちんと使いこなせば物凄い力を秘めているということも……」
私にはユーシスに恩がある。
とてととても大きな恩が。
「ほんとにずっと、一緒だったんだな、お前らは」
エドガーの言葉にサラははっとした。
ついついユーシスの話ばかりしてしまった。
エドガーはなんとも思ってないのかな。少しぐらい、ジェラシー感じてくれてたりしたらいいのにな……。
思わせ振りなのよ。こないだから本当に。
お姫様抱っこしてくれたり、いきなり膝枕に頭載せてきたり……!
代わりにチネが首を傾げている。
「あなたは本当に、ユーシスのことが好きではないんですか?」
「や、やめてよ……何言ってるの、そんなんじゃないんだってば!」
サラは 慌てて全力で否定する。
「ただの、幼馴染みよ。恋愛感情なんてないの」
チネも人が悪い。サラが好きなのはエドガーだってこと、気付いていないとは言わせないぞ。
「俺にはそう言う、幼馴染みみたいな人間はいないから羨ましいよ。まあ、プライマリースクールからの付き合いの人間は何人かいるけどな。クロエもそうだし、フレイ・アサルもそうだし」
うんうん。とサラは頷いた。
帝都出身者はやっぱりみんな、何か風格がある。生粋の都会人って言うような……。
はあーーー。
サラはお腹がいっぱいになって伸びをした。
「少し、甲板に出ない?」
サラは二人を誘った。
気持ち悪い術談義を繰り広げる人たちなんて放っておいて、旅を楽しもうではないか!
甲板へ上がる狭い急な階段を登る途中で、船が大きく揺れ、チネが盛大につんのめった。
サラが振り返って慌てて手を差し出す前に、しんがりにいたエドガーがさっとチネを抱き留める。
「あ、ありがとう、エドガー」
前々から思っていたけど、チネはエドガーにだけはタメ口なのだ。
陰術クラス同士、なんか仲良しで羨ましいのだ。
私もよろける振りでもしようかしら。
「お嬢、あと数刻もすればビスクラードの町に着きますぜ」
三人がゆったりと欄干にもたれ掛かって潮風を楽しんでいたら、
甲板で作業をしていた水夫が。、サラに声を掛けた。
「ほんと?どのぐらい停泊するの?」
「積み荷の上げ下ろしがありますんで、三時間ぐらいかな……」
「やったー!」
サラは大喜びだった。
これは急いでみんなに伝えにいかなきゃ。
お風呂だお風呂だ!ビスクラードと言えば温泉だ!
駆け出すサラに驚いて二人が慌てて追い掛ける。
「みんな!お風呂の準備して!」
開口一番そんなことを言うサラに、クロエとリファールはぽかんとしている。
「おいサラ!混浴じゃないだろうな……!」
昔一緒に家族旅行をしたことのあるユーシスが嫌そうな顔で言う。
「あら、もし混浴だったら、水浴着を貸してもらえばいいのよ」
サラは当たり前のように言う。
「ダメだダメだ!ぜっっったいに却下だ!混浴じゃないとこ探さないと、絶対に入らせねーぞ。年頃の女子が何を抜かすか、それこそブレークに言い付けるぞ!」
ユーシスはかんかんに怒っていた。
何よ、昔は一緒に温泉で泳いでたじゃない。
遊び人のくせに、お堅いこと言うんだから。
ビスクラードは有名な湯治場だ。
海に面した塩泉――塩気の強い温泉がいっぱい沸いている。
たいてい混浴なのだが、地元の人はそれが当たり前なのでまったく気にしないし、観光客は水浴着を貸してもえる温泉を探す。
こうしてランサー帝国学院トップチームの六人は、それぞれ着替えを袋に詰めて、意気揚々と下船した。
木製の桟橋を歩いて行くと、砲台の並ぶ頑強そうな砦と、オレンジ色の屋根で統一された建物の立ち並ぶ港町が広がる。
商業と、観光業で栄える地方都市だ。
港は業者や着飾った観光客で溢れ返っていた。バカンスの季節なのだ。
関所を通過する際に、本日限定で書いてもらった下船許可証を見せる。ここはランサーの国境を超えた外国なのだ。
先導するのユーシスだった。
水夫たちに情報収集して、混浴ではい、観光客向けの清潔な温泉を聞き出してきたらしい。
ユーシスの隣を恋人同士のように歩くクロエも、心なしか表情が明るい気がする。
クロエ様の本日の服装は、清楚な白いワンピースだった。同じ素材のつばの大きな白い女優帽が最高に似合っている。
美しい……。サラは口を開けて見惚(みと)れていた。
男じゃなくても、惚(ほ)れるわこれは……。
「おいヨダレ出てるぞ」
エドガーに突っ込まれる。
「ユーシスに見惚れてたのか」
「ちがうわよ!クロエ姫よ!」
くそ、わざと言ってるな、コイツ。
「クロエ姫の淑やかな黒髪、ほとんど日に焼けていなそうな真っ白な肌……お色気たっぷりで憧れます……」
チネも憧れの眼差しで見つめていた。
「はっ……!ダメです、リファール様は渡しませんよ!リファール様はシルヴィア姫の王子様なのですから!帝国の平民風情などには渡しません……!」
チネは急に我に返ったように言った。
「シルヴィア姫って、どんな方なの?リファール様を夢中にさせるお姫様なんて、気になるなー!」
お伽噺のプリンセスに憧れるサラは、アルバートの王太子様の許嫁に会えることを、心待ちにしていた。
片田舎出身の平民からしたら、雲の上の天上世界の方々のお話みたいなものだ。
帝国学院に入って良かった。
天上世界の住民達と、こうしてお友達になれたのだから。
「クロエ姫やサラさんにも引けを取らない、美人さんですよ。白銀色の美しい髪の色は、彗星の光に染められた色と謡われています」
そう言うチネの表情も、憧れの人を想ううっとりとしたものだった。
チネにとって、恋敵のお姫様は、チネにとって憧れのお姫様でもあるというわけだ。
「見た目だけじゃなく、中身も完璧なお方なのですから……。性格は、ちょっとだけ、サラさんに似てます。どこまでも明るくて、勇敢で、お優しいお方です」
サラは急に誉められて、ドキドキした。
普段この気質を誉められることなんてないから、なんか無性に嬉しいかも。
「似てるか……?」
しんがりを歩く当のリファール様はやんわりと否定している。
そうでしょうそうでしょう。こんなのと、大事な許嫁様を一緒にされたら、そりゃ心外でしょうとも。
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