なんか、調子狂うわ。


 想像してたのは、こんなんじゃないわ。


 サラの中のエドガー・エルンブルグ様は、頼れるカッコいい皆のリーダーで、鈍感なサラだって、エドガーが自分のことを女の子として見てくれていないことにはとっくに気付いていたのだ。


 だいたい、エド様の周りには、彼のことを狙ってる綺麗な女の子達もいっぱいいるし、私みたいな、可愛げもないし、意識も低い、女子力も低いタイプは、及びでないとばかり思ってたのに……。


 それなのに、いったい、なんで急にあんなこと……。

 嬉しいんだけど、なんか、違う。

 こっちはこの旅行の間、いっぱいお洒落して、一生懸命、頑張って頑張って、振り向かせようと計画を練ってたって言うのに……。

 これが、世の女の子達が言う『蛙化現象』ってやつ……?


 その夜、サラは一人で甲板に出て、相変わらず荒波に激しく揺れる欄干にすがりながら、考えていた。

 みんな、疲れ果てて寝てしまった。

 せっかく船員達が分けてくれたお昼ご飯も、夜ご飯も、船酔いメンバーはほとんど食べられずだった。


 船酔いには、寝るのが一番。

 寝て起きたら、明日にはいい加減、身体が慣れてくるはずだ。


「サラ……」


 低い艶のある男の子の声がサラを呼ぶ。


 振り返ると、そこにはサラが長い間片想いをしている陰術クラスのリーダーが立っていた。

 サラはやっぱりドキドキした。


 前言撤回、大丈夫だいじょうぶ。

 蛙化なんて起きてない。

 エドガーは今日もカッコいい。

 途轍もなくカッコいい。


「寝てればいいのに。もう大丈夫なの?」


「だいぶ慣れた」 


 エドガーはサラの隣に並んだ。


「ありがとう。炭酸水がよかった」


 サラはどうしても、自然と顔が綻んでしまう。


「まじで助かった。死の淵から帰還した」


 サラは笑った。

 意外なのよ、いろいろ。


「私達って、実は似た者同士なのかな……」

 サラは自然と口をついて出てきた言葉を、そのまま口にしていた。


「クロエやリファールは、ちょっと思想がヤバい感じするし、正直引くよね、気高すぎて……。私はね、生まれも育ちも普通の女の子なんだ。学院では、カッコいいおねえさんぶってるけどさ……。幻滅するでしょう?」


「いや?ぜんぜん?お前はどっからどう見ても、自他共に認める『最強の風術士』だろ。正直羨ましいよ。俺なんか、エレンブルグの名前に胡座かいてるだけで、いつまでも、二番手三番手の平凡な焔術士だよ。リファールにはとても敵わないし、クロエやユーシスみたいに、賢い戦略家タイプでもないしな」


 あら、今日は随分しおらしいじゃない。

 エドガー・エレンブルグ様のくせに……。

 船酔いのせいで、弱気になっているのかしら。


 サラは拍子抜けだったけど、それがエドガーの本音なのだと言うことも、理解してあげることが出来た。

 やっぱり、ほんとに私達、似た者同士だ。


『エドガー・エルンブルグ』って、焔術の名門エレンブルグ家のご長男様で、びっくりするぐらいイケメンで、何もかもが完璧に揃ってるんだけど、サラがいろいろと『完璧なエド様像』を膨らませ過ぎて、ハードルが上がりすぎてただけで、もしかしたら、見掛け倒しなのかもしれない。

 中身はびっくりするぐらい普通の男の子なのかも。


 だけど、幻滅するどころか、逆に親しみが沸いてくるのだった。


 二人はそうして、少しの間、黙って欄干に掴まって星を見ていた。

 なんだかロマンチックな夜だった。

 まだまだ旅は始まったばかりなのに、こんなに楽しくてどうしたらいいのやら。

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