第十六章:サラ、いつになく可愛いなおまえ……

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「お嬢、お待ちしておりました!」

「お嬢、こちらでございます!」


 サラとユーシスの故郷、テセルの町の港では、屈強な船乗り達が、六人の少年少女達を待ち構えていた。


「ち、ちょっと……!口の聞き方……っ!やめてよ、マフィアみたいじゃない!」

 サラは赤面する。


「サラーーっ、遅いじゃないか!会いたかったよーーー!」

 そして、屈強な男達の筆頭が、大きく両手を広げてサラにハグを求めていた。


「もうっ!やめて、パパ……!私もう十七歳よ!いつまでも子ども扱いするんだからっ!」

 いつもならば父親の懐に飛び込むところなのだが、エドガー達がいる手前、サラは父の暑苦しい抱擁を全力で拒否した。


「サラのお父上は、なかなかの美丈夫ですね……」

 チネがびっくりしてリファールに耳打ちした。


 少し後頭部が後退してはいるが、サラの父親は、チネの言う通り、浅黒く焼けた肌が海の男と言った風情のハンサムな壮年男性だった。


「相変わらずだなあ、ブレイクは……」

 サラの父親のことも良く知っているユーシスは、サラの隣で呆れ顔だった。


「おっ、ユーシス、サラを頼んだぞ。学院の合宿なんだろう?お前が居ると聞いたから許可を出したんだからな……っ!お前はそのうちオレイン家の婿養子になってうちの跡取りになる男だ……!」


「そうなの?そんなの、僕、全く聞いてないんだけど?そうかそうか、ブレイクもやっと僕の魅力に気付いてくれたって訳か……!いいよー頼まれましたよ、大事な娘さんは、この長期合宿中、僕がしっっっかり、守りますからね……!」

 ユーシスは素知らぬ顔でいけしゃあしゃあとそんなことを言う。


 サラは顔から火が出そうだった。

 バカ父と言いユーシスと言い、最低だ……。コイツら……。


「もうっ!だからパパは来なくていいってあれだけ言ったのに……っ!なんで来るのよもおーーーー!」


 こんな、父親、恥ずかしくて誰にも見せたくなかったって言うのに……!

 私が必死に築き上げてきたサラ・オレイン像はどうなるの……!?

 いつも頼れるクールなおねえさんを演じている学年最強の風術士の慌てように、エドガーも、リファールも、チネも、みんながサラの後ろで生暖かく微笑んで見ていた。


「サラ、いつになく可愛いなおまえ……」

 エドガーがにやにやしながら言う。


「素敵なお父様じゃない。そこらの殿方より、よっぽど魅力的だわ……」

 クロエは真面目な顔をして、サラの父親に良く分からない評価を下している。


「もういい!パパ、時間があるんでしょう?下らないことばっか言ってないで、早く船に乗せてよ!」


 六人は、南方諸国へ向けて商品を出荷する交易船に、積み荷と一緒に乗せてもらった。


「なによ、サラ。貧乏商家だなんて言いながら、大きな船じゃない」

 クロエは初めての商船に、びっくりしていた。


「国にたっかい税金がっぽり取られるから、うちの儲けなんてほとんどあってないようなものなのよ……」


「お嬢、こちらの部屋を、自由に使っていただいて大丈夫ですんで。必要なものがあれば、言ってくださいね!」


「だから、『お嬢』はやめてってば……!」


 若い船乗りが、居住スペースを案内してくれる。

 船乗り達が使う寝室の一つを貸してくれると言うわけだ。通常、王侯貴族や商人たちが使う定期船なんかに乗ろうとしたら、それこそものすごい莫大な船賃を支払わなければならないところだが、そこはサラのお陰で無料なのだ。

 その代わり、魔物が出たら退治してくれと父から頼まれている。


「思ったよりマトモだな。もっときったないの想像してたけど」

 エドガーが素直な感想を口にする。


 船室は少なく貴重なので、六人皆で一部屋だった。ハンモックとランプと、食事用の小さなテーブルが並ぶ小部屋だ。


「我が社は乗組員たちの人権保障も大切にしてますからね!ご飯も美味しいし、船室は掃除が行き届いて快適!おかげで我が社は船員のなり手には全く困ってないのよー。船長から航海士から、優秀な船員がたくさん集まってるから、安心して航海いただけます」

 サラは得意げに言った。


 この小部屋で、四泊五日の船旅を楽しむと言うわけだ。

 大好きなエド様も一緒だし、サラの心の中には、これからの旅路に、どうしようもないワクワク感が沸き起こってくるのだった。

 六人はおのおの荷物を納めると、さっそく甲板へ出た。

 甲板では十数人いる水夫達がバタバタと出港の準備をしている。

 蒸気機関など存在しないこの時代、船は漕ぎ手たちの人力と、大きな帆で風を受けて走る。

 水夫達の作業が大変なことは分かっているので、サラ達は邪魔をしないように、甲板の端っこの欄干にくっ付いて、大人しくしていた。


 屈強な船乗り達の力で、順調に漕ぎ出した。

 潮風がクロエの長い髪をはためかせている。

 航行中の安全のため、商船組合(ギルド)の船同士で船団を組むので、回りには似たような帆船がたくさん並んでいる。


「圧巻だな……」

 リファールが、港から出ていくたくさんの船影を見ながら呟く。


 快晴だった。

 汗が滲むほど暑いけど、海風が吹き荒ぶので、それほど気にならない。ただ、気を抜いていると、潮風のせいで身体中が潮でベタベタになってしまう。


「あっ!そうだ大変……!」

 サラは慌ててパーティーのメンバーにキャンディのような形をした酔い止めを配った。


「ちょっと遅かったかなー……。みんな、これ、ほんとに良く効く酔い止めだから、しっかり嘗めといてね!」


 自分が船酔いしないので、すっかり忘れていた。

 この人達はみんな素人なのだ。

 帝都で生まれ育って、船になんか乗ったことのない者達が、いきなり遠洋航海船なんかに乗ったら、いったいどんな悲惨な状態になることか……。


「なんだこれ、酸っぱいな」

 エドガーが文句を言う。


「そう言うもんなのよ、我慢して」


 そうそう。ほとんどレモンキャンディみたいなものだ。レモンのクエン酸とビタミンの塊なのだ。

 本当に酔い止め効果があるのかは大いに疑問だが、いわゆるプラセボ効果的は絶大なのだ。信心深い人ほどよく効くと言われている。


「あーーーー夏休み、さいっこーーーー!」


 サラはワクワクして仕方なかったのだが、ほんの数刻もしないうちに、楽しい旅路は悲惨な状態に陥ることになる。

 プラセボ効果の効かなかったエドガーとクロエとチネが、揃って酷い船酔いに陥ってしまったからだった。


「やっぱりさ、船旅なんて無謀だったんだよ……素直に陸路行ってたら、もうちょい楽しい旅になってただろうに……」

 船室内で疼(うず)くまる三人に囲まれて、ユーシスがぶつぶつ言う。


「だって!こんなにダメだとは思わなかったんだもん」

 幼い頃から何度も船で旅行をしたことのあるユーシスとサラは、船酔いなどほとんどしたことがない。


「いやいやいやいや、お前ら、頭がおかしいだろう。こんなに揺れてるんだぞ」

 エドガーはキレている。


 たしかに、船室のハンモックに横になっていても、物凄い上下運動だ。

 揺れるのは当たり前なんだけどね……。ヤーデ湾を出て、外海に出たんだから。


「もうイヤだ!オレは帰るっ!」


「出港してまだ半日も経ってないんだぞ。次の港までまだまだあるぞ。帰れる訳がないだろう……」

 咜られて逆ギレする子犬みたいに不貞腐れているエドガーに、リファールが冷静な突っ込みを入れる。


 リファールは何故かしらないけど、船酔いはしないタイプみたいだ。プラセボ効果が効いてるのかな。


 サラは思わずふふ……と笑ってしまった。

 クロエも真っ青な顔で一言も喋らず横になっているし、なんか、普段と違うみんなが見れて、ちょっと面白いかも。

 そしてユーシスはやっぱり優しい。クロエやチネの様子を甲斐甲斐しく見てあげている。エドガーに対してだって、弱ってる人間の弱味につけ込むようなことはしないで、普通に心配してあげているんだから。

 サラは船酔いしている三人のために、炭酸水の瓶を貰ってきてあげた。


「海水で冷やしてあるよ。船酔いには炭酸水が良いんだって」

 船室に胡座をかいて目を瞑(つむ)り、グロッキーになっているエドガーの隣に座り、その頬っぺたに冷たい瓶をぴとっと当ててみる。

 エドガーは目を瞑って、何も言わずに気持ち良さそうにしていた。


「アルバートに着く前に、俺、死ぬかも……」


「船酔いで死ぬ人がいるもんですか、バカね……っ」

 サラが思わず罵ると、エドガーはこともあろうに、傍らに座っていたサラの膝にしなだり掛かってきた。

 エドガーの焦げ茶の、意外にも柔らかい髪が、サラの膝に押し当てられる。


「もう無理だ……サラ、た……す……け……て……く……れ……」

 サラの頭が一気に沸騰する。

 何よこの状況……!これって、完璧に『膝枕』じゃない……!

 ユーシスもリファールも、パーティーのみんなが目の前に居るってのに、この人、まさか『バカ』なの……!?

 サラはエドガーの頬っぺたに炭酸水の瓶を当てたまま、一歩も動けなくなってしまった。


「おまえらなーーーっ!どさくさに紛れてイチャイチャするな!ブレイクに言い付けるぞ……っ!」

 ユーシスはブチキレているが、そんなことはこの際、お構い無しだ。


「い、いいじゃない……?我がパパも、お相手が天下のエレンブルグ家のご長男様なら文句言わないと思うし……」


 思わず呟くサラに、お前ら、これはいったいどんな状況だよ……と、冷静なリファールも心の中で突っ込んでいた。

 そして賢いユーシスは、エドガーのこれ見よがしな行動が、自分への最大の嫌がらせだと言うことにも、薄々気が付いているのだった。


「勝手にやってろお前ら。心乱されるだけ損だ、くそ……」

 ユーシスは頭の悪いアタッカー達は放っておいて、クロエとチネの看病に専念することとした。

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