エドガーはサラの横顔を見ながら、冷静に分析していた。


 透き通るような白い肌、というほどではないが、健康的で張りのある肌。深緑の瞳と、切れ長のクールな目元。鼻筋が通っていて、顔立ちだけで評価するならば、上の下か中の上ってところだ。

 出るとこは全く出てないけど、背が高くて手足が長いので、トータルバランスが良い。

 すらっとして立ち姿が綺麗なタイプだ。


 外見も中身も、全く悪くはないのだが、エドガーの好みとは、完全に真逆のタイプだった。

 極端な例を上げて比較するならば、サラ・オレインとクロエ・カイルであれば、即答でクロエ・カイルを選ぶ。

 か弱く儚げな女の子の方が好きなのだ。

 サラは、放っておいても、一人で何でも解決していけそうではないか。

 自分が傍に居て、何とかしてあげなければという気持ちは、少しも沸いてこない。


「や、やめてよもう……っ!そんなに見ないでってばー……!」


 サラは顔を真っ赤にしてうつむいている。目も合わせられない、というヤツだ。

 まあ、全く好みではないんだけど、普段学院ではクールなサラが、こんな風に顔を赤らめて自分に好意を寄せてくれている姿を見るのは、まったく悪い気はしない。

 可愛いから、もう少し焦らして、放置しておくことにするか……。

 そんな風に、エドガーがまたしても悪巧みしていた時だった。


「エドガー、なんか、見えない?」

 サラがぎょっとした顔をして甲板の上を指差す。


 背筋が凍った。


 そこに、女が立っていた。


「キャーーーーーーーーッ!!」

 夜気をつんざく叫び声を上げて、サラがエドガーの腕をギュッと掴んだ。


 暗闇に白く浮かび上がる、ボロボロのドレスを着た女だった。

 暗がりで、長い髪に隠されて、表情は伺い知れない。

 いや、伺い知れない方がいいような気がする。見てしまったら、呪い殺されそうだ。


「サラ、しっかりしろ。今すぐ、聖術士ユーシスを呼んでこい」

 エドガーは鋭く言う。


「だ、ダメよ……!貴方を置いていくことなんか、出来るわけないでしょう……?」


 スピリット系の魔物は、焔術士の天敵だ。

 屍肉しにくまとった不死者アンデッドならばともかく、霊的存在を、炎で焼くことは出来ない。

 そして風術士にとっても、それは同じだ。物理系の刃で、霊的存在を斬ることは出来ないのだ。

 つまり、ここにいるエドガーとサラでは、逆立ちしても目の前の亡霊を倒すことは出来ないと言うことだ。


 コイツを倒すことが出来るのは、パーティーで唯一、聖術の使えるユーシス・クローディアだけだ。


「二人で、呼びに行けばいいでしょう?」

 サラはエドガーの腕を掴んだまま言う。


「いや、その間に、コイツが水夫達を襲いに行ったら厄介だぞ。術士である俺ならまだ魔物に対する耐性があるから平気だ。俺がコイツを惹き付けておく」


「そんな……っ、それなら貴方がユーシスを呼びに行ってよ!私がここに残ればいいでしょう……!?」


「つべこべ言ってる暇があったらさっさと行きやがれ、相変わらず可愛げのない女だな!俺はお前に、大きな『借り』があんだろうがよ……いい加減、こないだの借り、返させろよ……!」


 エドガーの緋色の三白眼が冷たく燃えていた。

 有無を言わせない態度に、サラは身をひるがえして駆け出す。





「さてと……それじゃあ可愛いお嬢さん、遊びましょうか」

 エドガーは短い呪文を詠唱した。


「“挑発”」

 挑発は基本の地術だ。

 この時代のランサー帝国学院では、深紅なら焔術、褐色なら地術と、色と術を一致して習得させるのが主流で、多色遣いは厳禁とされていた。

 非効率だからだ。

 だからと言って、『陰術』の使い手が違う色の術を使えないと言う訳ではない。

 深紅を持っていれば地術も理論上は習得可能。逆に、陽術に関して言えば、純白は紺碧や翠緑の上位にある色なので、聖術だけは聖術士にしか使えないが、陽術士ならば風術も水術も使用可能なのである。


 エドガーの深紅の呪力が、挑発効果を生じさせた。

 これで亡霊を自分に惹き付けることができる。


 白い肌の亡霊は、はじめて長い髪に隠された両眼を曝して、エドガーを見据えた。


 おぞましさに身震いする。


 ぽっかりと開いた眼窩が、深淵の闇のようにどこまでもどこまでも続いていた。

 ちっ……思わず舌打ちする。

 やられた。身体動かない。

 漆黒の呪力お得意の、『精神攻撃』というやつか。

 術の打ち消しも解除も出来ない焔術士のエドガーには、為す術がない。

 一方的に、いたぶられるだけだ。


 元々は花嫁だったのだろうか……今や、見る影もないボロボロのドレスを身に付けた亡霊は、広角を吊り上げて嬉しそうに笑っていた。

 亡霊は片手に刃物を握っていた。令嬢のように優雅な所在で、わざとゆっくりとエドガーに歩み寄る。

 氷のように冷たい手が、エドガーの首を掴む。

 おぞましくて堪らないのに、身じろぎもできない。

 空いたほうの手を振り上げて、刃渡り大人の肘から指先ぐらいの刃が、エドガーの心臓目掛けて振り下ろされた。


 あまりの傷みに、声を上げそうになるのを、辛うじて耐えた。

「くそいてーな……。これが、呪力攻撃の傷みか……」

 スピリット系の魔物に攻撃を受けるのは、初めての経験だった。

 相手は亡霊なので、攻撃を受けても身体を物理的に損傷することはない。だが、魂を削られるようななんとも言えない傷みは、物理的に肉をえぐられる傷みと、大差ないものだった。

 

 ……ったく。冗談じゃない。『前衛』だから仕方ないものの、こないだからこんなんばっかじゃないか。

 いちいち損な役回りだな。

 花嫁姿の亡霊は容赦なかった。

 滅多刺しというやつだ。

 これはまじで、今度こそ死ぬかもしれん……。

 申し訳ないな、サラ。

 こんなことなら、さっさと頂いといてあげれば良かったよ……。


 

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