「話にならないね、リーファ。お兄ちゃんなら、僕の気持ち、きっと分かってくれると思ったのにさ……。僕にはね、それしかないんだよ。僕がどうしてこんな狭い部屋に閉じ込められて、何不自由なく、生き永らえさせてもらっていると思うの?僕が漆黒の呪力を使いこなし、最強の闇術士になることが出来なければ、僕に、『生きている価値』なんて、一切ないとは思わない?」


 可愛い弟の、こんな真剣な表情など、今まで一度も見たことはなかった。


 アデルは、今までリファールが顔を見に行くたび、ニコニコと楽しそうな笑顔を見せてくれていた。

 リファールが差し入れに持ってきたおもちゃや、本、お菓子などを嬉しそうに受け取って、外の世界のことなど一切知らず、興味も持たず、小さな地下室という小宇宙の中で何の疑問もなく安穏と暮らしているのかと思っていた。


「くす……そう言うこと、みたいですわよ。可哀想なアデル殿下。お兄様と同じ、王様と王妃様の間に生まれた王子様なのにね。深紅の呪力を持って生まれたか、漆黒の呪力を持って生まれたか、生まれ持った呪力の色で、こんなにも扱いに差が出てしまうなんて、人間って残酷な生き物ね。貴方がもし、漆黒に生まれていたら、いったいどうなっていたかしら……?」


 安穏としていたのは、自分の方だった。

 リファールは、何一つ疑問になど思っていなかった。第一王子は自分なのだから、深紅の力を持った自分が、王太子としての役割を果たすのは当たり前のこと。

 一方で、アデルは双子の『弟』で、漆黒の呪力を持った呪われた子どもであり、本来なら生まれた瞬間に殺されて然るべき存在であり、アデルが生永らえているのはただの僥倖(ぎょうこう)。

 地下室に閉じ込められているのも、当たり前のことだと、それに対しては何の疑問も持ったことはなかったのだ。


「わ、分かった……」


 リファールはアデルの傍らで弟にしなだり掛かり、妖艶な微笑を浮かべているヴァンパイアの少女に言った。

 自分には、この少女を倒すことは出来ないのだと悟った瞬間、結論は与えられていた。


「アデル。分かったから、お願いだ。約束してくれ。僕の、深紅の呪力でも構わないのだろう……?僕がメリーウェザーにいくらでも呪力を分けてあげるから、お願いだから、罪もないアルバートの術士達に、こんな怖い思いをさせるのは、やめてあげてくれないか……?」


 リファールは、覚悟を決めた。

 本当は、怖くて怖くて堪らなかったけど……せめてもの罪滅ぼしだ。

 少しぐらい呪力を取られたからといって、困ることは何もない。

 生まれた時から地下室に閉じ込められている弟が、それで満足してくれると言うのなら、こんな、どこの誰でも持っている、平凡そのものの深紅の呪力ぐらい、いくらでも差しだそうではないか。


 


 それからと言うもの、二人の王子と一体の召喚獣の、奇妙な共生生活は、およそ五年もの間、続けられた。

 リファールは、自分の中の何かが狂ってしまったのは、この時期の奇妙な体験のせいだと自己分析する。

 アルバートの『切り札』とすべく、漆黒の呪力を持つ王子を秘密裏に育てるという、国王の危険極まりない目論見は、アデルという漆黒の化物を育ててしまったのと同時に、深紅の呪力の持ち主である第一王子の内面にも、恐ろしい化物を育ててしまったのだった。


 リファールだって、一国の王太子としてのほほんと育てられたならば、もう少しマシな人間になれていただろうが、悪魔に呪われた漆黒の呪力を持った双子の弟の存在は、リファールを、『最強の焔術使い』になるように要請した。

 それが、可哀想なアデルへの罪滅ぼしだった。

 リファールは、何がなんでも、一国の王太子としての勤めを立派に果たさなければならない。

 そして、何がなんでも、アデルと、この国を守り抜く、最強の焔使いになる必要があった。

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