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夏休み初日。
サラ・オレイン、ユーシス・クローディア、クロエ・カイル、エドガー・エレンブルグと、アルバート・ロムルス・リファールに、その従者のチネ・リリアナ。
六人の男女が、ランサー城のゲートに終結した。
バカンスの時期は、本当に、ゲートが混み合うので、夏休み初日の、早朝6時に集合したクロエたちだった。
「ひっどい顔だな、エドガー!」
ユーシスはクスクス笑いながらエレンブルグ家の長男に突っ込む。
「うるせーな……」
順番待ちしている間、エドガーは地べたに胡座をかいて座り込んでいた。
朝の苦手なエドガー・エレンブルグと対照的に、ユーシスは頭のてっぺんから爪先まで全てが完璧に整えられている。
「ユーシスって、ほんとにセンス良いわよね。お洒落だわ」
クロエは感心して眺めている。
以前より少し伸びた金髪の下に覗く片耳に、真鍮細工のイヤーカフ。柔らかな素材の細かな刺繍の入った白シャツに、臙脂色のボウタイと黒いベストを、男の子にしては少し華奢な身体にぴったりと着こなしている。
完全にお伽噺の王子様だ。
「誉められてもぜんぜん嬉しくないね。そう言ってクロエもサラも、結局本命は僕じゃないんでしょ……」
「そう言わないでよ、サラを見て。あなたのおかげで、信じられない美女っぷりだわ」
ユーシスが選んだオレンジと水色の総花柄のサマードレスは、手足の長いサラに最高に似合っていた。
大きな麦わら帽子を被って肩紐の付いた革のトランクを引っ提げている様子は、バカンスにぴったりの装いだ。
「これは、エドガーもやられちゃうわね、きっと……」
クロエはこっそり囁く。
ユーシスは瀕死のダメージを負っていた。
「僕はなんて愚かなんだ……なんであの時、あのままあのクソダサい服をサラに買わせなかったのだろう……」
たしかに、あの日サラが自分で手に取っていた服を購入していたら、こうはなっていなかったに違いない。
「でも、ユーシスが『個人的に』サラに着てもらいたい服だったんでしょう?良かったじゃない」
「クロエってさ……実は物凄い腹黒なの……?」
ユーシスは思わず突っ込む。
当のサラはと言うと、座り込むエドガーの隣にしゃがんで、眠そうな焔術士のほっぺたをつついている。
「学年イチ熱い焔術士が、朝がニガテなんて、ウケるね……」
サラはニヤニヤ浮かれている。
「ああん……?オマエこそ、なんなんだその格好は。気合い入りすぎて逆に痛い感じになってるぞ……」
「なっ……」
サラは朝から何回も見返した自分の全身をもう一度上から下まで確認して、赤面した。
イヤリングが、派手だったかな……っ。
「ひ、ひどい……っ!気合いなんか、ぜんぜん入ってないし!いつもこんな感じだし……!」
サラはエドガーの頭をポカポカ叩いた。
ユーシスに選んでもらったなんて、口が裂けても言えない。
「いてーな本気で叩くなよ……ウソだよめちゃくちゃ似合ってるよ、制服姿しか見たことなかったから、一瞬誰だか分かんなかったぞ」
「な、なによ……!今さらそんなこと言っても、喜ばないんだから……っ!この……!置いていくぞ、そんな、眠り耐性の低すぎる役立たずのケルベロスなんか……!」
浮かれまくってるな、サラ……。
「なんとかしてよ、あの子……。って言うか、いい加減さっさとくっ付けばいいんだよ、エドガーだって満更じゃないんならさ……まじでイライラする……」
ユーシスは鬼の形相でそんな二人の掛け合いを眺めている。
「だからね、私は言ったでしょう。貴方は来ない方が身のためだって……」
クロエは憐れみの声で言う。
「これが、来ないでいられるか……っ!学院最後の夏休みだってのに、前半の半月を悶々として過ごせって言うのか……っ?」
「どっちがいいのかしら……目の前で大好きな女の子が恋敵にかっさらわれていく様子を見てるのと、かっさらわれていく様子を想像しながらおうちで過ごすのと……」
一見無表情のクロエの声は、心なしか弾んでいるように聞こえる。
感情のない氷姫だったはずなのに、恋愛を経験したら、ただの腹黒い小悪魔になってしまった……。
「サラがかっさらわれることを前提で話すのはやめてくれないかな……。まだそうと決まったわけじゃないんだから。サラが盛大に振られる可能性だって、ゼロではないぞ」
「あら、てっきりユーシスはもう、サラのことは諦めて、二人がさっさと結ばれることを願ってあげているのかと思ったのに……やっぱりユーシスは、いまだにワンチャンスを諦めてはいないのね……」
クロエは相変わらず憐れみの籠った声で言うのだった。
「……もう僕、クロエとは友達辞める……せっかく仲良くなれたと思ってたのに……」
「あら、私は貴方のこと、とても気に入っているわよ。『人間』の中では、一番魅力的な存在だとさえ思ってる」
「だから、そんなこと言われてもぜんぜん嬉しくないんだってば……!まったく!」
「クロエさん、ユーシス、そろそろ喧嘩は終わりにしてください!順番来ましたから……!」
チネが二人の仲裁に入る。
どうやら、ゲートの順番が来たようだ。
チネが張り切って六人を先導する。
一見、庭先にあるような、ごく普通の門だ。レンガ造りなのだか、古いのでところどころ崩れ掛けている。
ただ、そのレンガ造りの門のアーチの下には、揺蕩う水面のような膜(まく)がある。
チネ、リファール、エドガー、サラ、ユーシス、クロエの順に、ゲートを潜り抜けた。
水の底を歩いていくような、抵抗感のある空間を押し流されていくような感覚。
次の瞬間、六人は西部――グリフォンの要塞の片隅にいた。
六人は辻馬車に乗り込み、ユーシスとサラの故郷である港町テセルに向かうことになっていた。
チネとリファールは、通常通り騎馬にてランサー帝都から南下し、山越えルートで約一週間掛けてアルバートへ帰るつもりだったのだが、里帰りという理由でゲートの使用許可が下りるならば、西部テセル経由で船に乗り、西回りの航路でアルバート西部のシュトマールまで行くのはどうかと、サラ・オレインが提案してくれたのだった。
サラの実家は商船問屋らしい。商家の令嬢の特権で南へ行く船に、チネ達を乗せてくれると言うのだ。
チネはワクワクしていた。たしかに、ランサーと南方諸国の間にある山脈は、かなり険しい。馬を引きながらで黙々と山道を登るよりは、船旅の方が優雅でいいかもしれない。
「しかし、チネも物好きだな……。クロエとサラとユーシスとエドガーって……どう考えても修羅場じゃないか」
夏休みシーズンの込み合う辻馬車に、詰め込まれるように乗り込んだリファールは、ゼロ距離で密着している傍らの小さなボディガードに耳打ちした。
「そうですか?なんだかんだ言って、仲良しじゃないですか、みんな。クロエとサラは外せなかったんです。なんせ、シルヴィア様のご指名ですから!」
リファールは驚く。
「シルヴィアが……?」
「ええ。シルヴィア様の脅威となる可能性のある女性の、二大巨頭ですからね、クロエ・カイルとサラ・オレインは。リファール様の許嫁として、存在感を示して置かなくてはならないんですって……!」
得意気に言うチネに、リファールは苦笑した。
「だから、俺がランサー帝国の女の子達相手に恋愛なんか、するわけがないだろう?」
口ではそう言いながら、チネの二大巨頭認定はあながち間違ってもいない、と心の中で冷静に判断するリファールだった。
サラ・オレインはともかく、クロエ・カイルはリファールの一番のお気に入りだった。
クロエ・カイルは強すぎる。
リファールの焔を止められるのは、同学年の百人の学生の中でも、クロエぐらいしかいない。
それだけに、いつも張り詰めた表情で、愁いを含む藍色の瞳をしたクロエの姿は、なんともリファールの嗜虐心をそそるのだった。
自分の中の深紅使いとしての本能は、その可憐な水術士をとことん追い詰めて、痛め付けてやりたいと囁く。
理性のタガが外れたら、危うく本当に彼女を殺しかねない。痛め付けて、一思いに殺したい――それを恋心だと言うのならば、もしかしたらそう言えないこともないのかもしれない。
そして、リファールは、そんな自分を俯瞰的に見つめる、冷静な第三者の視点も持ち合わせていた。
もちろん、リファールはクロエ・カイルをうっかり殺したりはしない。まかり間違っても授業中に、クラスメートの息を止めるようなことはしない。
そんなことをしたらどのような結末が待っているのか、分からないリファールでもないからだ。
リファールには可愛い弟がいる。アルバート王国にとっては、人質にするほどの価値もないような、呪われた子どもだったとしても、リファールにとっては、大好きで、大切な大切な弟だった。
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