「ナインアータ&ティリンスですね。でも、一番下のラインだ、安物ですね」

 ユーシスもティーカップを啜(すす)りながらニコニコして言う。


「あら、よくお分かりですこと。あなた方みたいに、地方から出てこられた方には、ぴったりのお紅茶でしょう?」


 何のことか全く分からないけど、取りあえず喧嘩売るのはやめなさい、ユーシス。


「あなたは純白、あなたは翠緑ね……。色の冴えで分かるのよ。大したことのない血筋……。それでは大した術も使えないでしょう。術士と非術士の混血児!混ざりものが多すぎるわ」


 相変わらず、ニコニコしながら唄うような口調で、世にも恐ろしい台詞をはくレイアお母様。


 対するクロエは、感情剥き出しで、ティーカップを持つ手がカタカタと震えていた。


「お母様、この二人は、生まれてはじめて出来た友人なんです。こんな私に、懲りずに話し掛けてくれるのなんて、この人達ぐらいなものよ」


 クスクスクス……。

 レイア様はますます笑みを深める。


「何が言いたいの?馬鹿な子ね。すっかり堕落しきってしまって。お友達ごっこが楽しいのね?そんなことだから、あんな片田舎の、アルバートの王子なんかに出し抜かれるのよ。ほんとうに、情けない子」


 ユーシスは余裕綽々の表情を全く崩すことなく席を立って、クロエの隣に身を寄せ、手慣れた仕草でその肩を抱きながら言った。


「申し訳ないけど、僕はお嬢さんのことが大好きなので、『お友達ごっこ』をやめるつもりはさらさらないですよ」

 この上ない挑発行為である。

 サラはハラハラした。

 コイツのことだ。今にもキスでもし始めそうだ。

 だけど、私だって、指を咥えて見てるだけじゃダメだ。

 勇気を出さなきゃ。


「わっ、わたしもです!私も、クロエのこと大好きだから、お友達はやめません」

 一言そう口にしたら、後は平気だった。


 勇敢そのものの、ユーシスのおかげだ。


「クロエは、堕落なんかしてません!学院の他の誰よりも努力してるし、誰よりも強い水術士です。あ、あなたの教育方針は、間違ってませんから、自信を持っていただいて、大丈夫ですよ!」


 レイアお母様は目を丸くする。

「あらまあ。私の娘は、ずいぶん素敵なお友達を持ったものねえ!でも、おかしいわ。それじゃあどうしてこの三年間、たったの一度も『首席』を取れていないのかしら……?この不甲斐ない成果が、あなた達のせいではないって、どうして言えるの?いったい、どう責任を取ってくださるつもりなのかしら?」


「やめて……お母様。この人達は関係ない。この人達のせいじゃない。全部、わたし自身の弱さのせいなのよ。リファールに……勝てな……」

 『勝てないのは』と言おうとしたクロエの口を、ユーシスが両手を使って塞いだ。


「いやいや、負けてない負けてない。全然負けてないって」


 クロエは怪訝な顔でユーシスの手を振り払う。


「あなたのおうちの教育方針に、口出しするつもりは僕も毛頭ありませんけど、クロエに唯一足りてないのは『自信』ですよ。『自己肯定感』ってやつですよ。クロエのこと、大好きだよって、誉めてあげる僕とか、サラとか、そう言う存在が、この子には必要なんですよ」


 ユーシスの言葉は、自信に満ち溢れていた。


「あなた……黙って聞いてたら、学生のクセに随分生意気ね」

 クロエのお母様が、はじめてニコニコ顔を崩して、ドスの利いた声で言う。


 怖すぎるよ……!もういや、こんな空間、早く逃げ出したい!


「奥さま、こうしませんか?アルバートの王太子様を負かしたいんでしょう?……もうすぐ七年生最後の定期考査です。それで、クロエが見事『首席』に返り咲いたら、一つだけこの子のお願いを聞いてあげてください。夏休み、片田舎のアルバート王国に、一ヶ月間合宿に行かせる、ってね!」





「ユーシス、あんたってやっぱ凄いわ……。いったいどうなってるの。どうやったら、あんたみたいな無茶苦茶な人間が育つんだろ」


 ユーシスと二人、クロエの実家から学院への帰り道を辿りながら、サラは思わず呟いていた。

 こう言うとこだけは、ほんと、尊敬する。大人相手でも全然怯まないんだから。


「惚れ直してくれた?そろそろ僕と付き合う?」

 ユーシスはニコニコしながら言う。


「ごめん、それはない」

 サラは申し訳ないけど反射的にそう言っていた。


 ユーシスが冗談で言ってることは承知の上だ。

 こんな本性化け物っぽい人と付き合う気にはなれない。全部見透かされそう。

 私はもっと、裏表なく手放しで自分のこと誉めてくれるような、単純バカっぽい人がいいんだ。


「僕って、四人姉弟の、末っ子長男じゃん。上に三人もお姉ちゃんいて、女だらけの家で育ってるから、女の人の扱いはお手のものってわけさー」

 ユーシスは楽しそうだ。


「クロエのこと。よろしくね。やっぱりあの子はあんたに任せる。あんたぐらいよ。あんな恐ろしいお母様と太刀打ち出来るのは」


「うーん……。でも、それだけはちょっと、自信ないんだよね……。クロエの好きな人って、『人間』ですらないんだもん」


「はあ……っ?何それ、どういう意味……?」

 何の冗談かと思ったら、ユーシスは至極真面目な顔をしている。


「やっぱり、サラは気付いてなかったんだね。あの日、僕らが屠殺鳥を間一髪で倒した日、僕はクロエを誑かしたとんでもないヤツを、この目で見たんだ。クロエのお母様じゃないけど、索敵能力のない僕にも、ひしひしと伝わってくる呪力の持ち主だった。あんなの、どう見ても人間じゃない」

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