第十二章:術士と非術士の混血児!混ざりものが多すぎるわ

「あれ、今日は一人なの?ユーシスは……?」


 屠殺鳥のクエストから数日。サラは珍しく一人で夕食を採っているクロエを見つけて、その隣に座った。


「彼とは、別れたの」


 つんのめって皿に顔を突っ込みそうになる。

 

「ど、どういうことよ……!」


「大丈夫よ。円満に別れたから」

 クロエは涼しい顔で言う。


 円満に別れたから、じゃないよ……。

 サラは泣きそうになる。

 まだ二人は付き合い始めてたった数ヶ月じゃないか……。

 こんなの、ぜんぜん『クロエ』じゃないよ……。


「サラ、もう体調は大丈夫なの?」

 クロエは自分のことよりも、サラの心配をしてくれるのだった。


「うん。この通り。丈夫なのだけが取り柄だから……。まだ、ちょっと傷は痛むけどね……」

 しばらく、鳥は見たくない気分だ。


「そんなことより、だよ。なんでユーシスと別れちゃうのよ」

 クロエはくすりと笑う。

「もともと、好きでもない者同士が肩を寄せあってただけだしね」

 そんな風に言うクロエは、なんだかとても綺麗だった。

 最近ますますクロエは綺麗になった気がする。

 恋する乙女は美しいのだ。


「サラ、貴女は、人を見る目がないわ」

 クロエはとても残念な人間を見るかのような目でサラを見詰める。


「ユーシスって、とても善い人よ」


 そんなこと、言われなくても分かってるし。

 ユーシスは屑(クズ)だけど、根は善良な人間だ。

 でも、それとこれとは別の話なんだ。

 人間として好きであることが、恋する相手として好きであるとと必ずしも一致しないのが世の中なのだから。


「そう言うクロエは、なんか、変わったよね」

 一皮むけた、と言う表現がぴったりかもしれない。

 

「ユーシスのおかげだね……」


 永久凍土に、春の雪解けが訪れたみたいだ。

 私の思ってた『クロエ』とは、違うけど、

 こっちの『クロエ』の方が、断然いい。


 めちゃくちゃお似合いじゃない。なんで別れちゃうのよ、貴女達。





「準備はいいか、君たち……!」

 ユーシスは腕捲りして、やる気満々の顔をして言った。

 ユーシスとクロエ、サラの三人は、ある週末、連れだって帝都の旧市街を歩いていた。

 まるで戦場に赴く勇者達のように。

 

 ユーシスはなんでこんなに平気な顔をしていられるのだろう。

 ついこの間まで、目に余るぐらいイチャイチャしていた二人が、けろっとした顔をして同じ空間を共有している。 

 一途な恋しかしたことのないサラからしたら、こいつら、頭がおかしいのでは?と思ってしまう。


 昔からそうなのだ。

 昨日別れた女の子が、同じクラスで一緒に授業を受けていると言うのに、けろっとした顔をして、何もなかったように元カノに話し掛けることが出来るのだから。

 その器用さと言ったら、ほとんど『特技』と言っていい。

 いつもいつも、本心を偽って仮面を付けたまま生活していたとしか、言いようがない。

 そんなユーシスも最近、生身の素顔をよく見せてくれるようになった。

 エドガーが狡猾なワームと闘って医務室で休んでいた時、普段の彼とは似ても似つかない怒りの形相を見せていたことも、そのうちの一つだ。

 それが全部、自分のせいだったってことに、ここへ来てようやく気付いたのだから、我ながら罪が深いよね……。


「ここよ」

 クロエが、貴族の邸宅かと見紛うばかりの豪邸の真ん前で歩みを止める。


 クロエ・カイルの実家だった。


「ほんとに、大丈夫なの?」


 クロエは暗い顔をしている。

 サラも恐ろしくて堪らなかった。

 彼女にとって、厳しい両親の待つ実家は、けして寛げる場所ではないのだ。


「大丈夫だいじょうぶ。僕に任せときなって!」


 三人が連れ立ってこんな場所へやってきた理由は、夏休みの一大イベントにクロエを参加させるためだった。

 リファール王太子がご実家であるアルバート王国のお城へ学友達を招待してくれると言う。

 エドガーに誘われたサラとユーシスは、もちろん行く気満々だったのだが、唯一、厳格なご実家を持つクロエ・カイルは、行きたい気持ちは山々だけど、とても家族が許してくれるとは思えない、と暗い顔をしていたのだ。

 そんなクロエの姿を見たユーシスは、悪巧みの顔で言うのだった。

 それなら、僕がクロエのご両親を説得して見せる、と。


「お姉さま……!お帰りなさいませ。お待ちしておりました」

 クロエに良く似た、サラサラの黒髪を肩の上で切り揃え、ぱっつんの前髪の下に、藍色の瞳を覗かせたこれまた美形の女の子が、クロエを出迎えた。

 学院入学前の、八~九歳ぐらいの少女だ。


「妹の、ナナです」

 クロエはたしか三人姉妹だった。

 クロエとこの子の間に、学院四年生の次女がいて、その子もやっぱりクロエと同様、かなり優秀な水術士の卵と聞いている。


「こちらへどうぞ」

 ナナが三人を先導して、応接室へ案内してくれる。


 入ってすぐは吹き抜けの玄関ホールで、廠舎な螺旋階段が二階へと続いていた。

 階上へは上がらず、廊下をしばらく歩く。扉は濃紺色だった。扉の向こうは、豪華なシャンデリアの下、六人掛けのダイニングテーブルの置かれた、きらびやかな応接室だった。

 水術の名門カイル家に相応しく、建具はすべて、白と濃紺を貴重とされている。


 サラは完全に圧倒されていた。

 故郷フリースラント領の名家であるユーシスのおうちも、ここまで豪華絢爛ではない。

 カイル家、恐るべし……。

 緊張に固まりながら、促されるがままにダイニングテーブルに座って待っていると、しばらくして使用人が現れ、お茶とお菓子を運んでくる。

 ヤバいよ……。いったいどんなおうちよ……。貴族じゃないんだから……。


 向かいに座ったクロエは、実家だって言うのに学院にいるとき以上に蒼白な顔をしているし、それとは対照的に、クロエの隣のユーシスは、余裕綽々と言った表情をしている。その自信は、いったいどこから来るのか……。


「いらっしゃい、クロエのお友達ね。母親のレイアです」


 現れた女性は、クロエそっくりの黒髪を纏め髪にして、耳に紺碧のイアリングを付けて、貴族みたいな豪華なドレスに身を包んだ、絶世の美女だった。

 四十代とは思えない。衰え知らずの美貌だ。


 拍子抜けだった。


 どんな恐ろしい魔女のような人が現れることかと身構えていたと言うのに。

 笑顔が優雅な、優しそうなお母様だ。

 お母様はふわりと優雅に上座に座る。


「ぜひとも一度、お会いしたいと思っていましたの。私の可愛いクロエちゃんを誑(たぶら)かしているのはいったいどこのどいつなのかしらと思っていましたので」

 レイアさんはニコニコとした表情のまま言う。


 前言撤回です。

 どうやら恐ろしい魔女のようです。


「いいのよ、いいのよ。そんなに怖がらないでね、お茶もお菓子も、いくらでも召し上がってちょうだい。貴方たち、もう、二度と我が家に来る機会なんて、金輪際やってくることはないでしょうから」


 怖すぎる……。

 鈴を転がすような美しい声で、言っていることと表情がまったく一致していません。


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