第十一章:好きでもない者同士が付き合うと言うのも、思ったより悪くないことだった 

 クロエのパーティーが討伐クエストに出掛けるのは、久しぶりのことだった。

 後期の授業が始まって、一発目のクエストだ。


「久しぶりだね、クロエ。わくわくするよ……」


 サラが、本当に久しぶりに、笑顔を見せてくれた。

 クロエは、心がほっとするのを感じた。

 サラに、なんと思われているのか、不安で堪らなかったから、ずっと、彼女のことを避け続けていたのだ。

 崇高な考えのもと、帝国最強の水術士になるためにひたすら自分を磨くカイル家の長女……サラは、そんな風に自分のことを神格化していたに違いない。

 そんな自分が、色恋にうつつを抜かして心を乱されてるなんて……、幻滅されているに決まっている。

 それに、ユーシスは、愛情表現がおおっぴら過ぎて、覚悟はしていたことだけど、今や、術の研鑽に励む崇高なクロエ・カイル像なんて、跡形もない。


 でも、クロエはそんな自分がけして嫌いではなかった。

 少なくとも、無理に虚像を演じているより、ずっと良い。

 すべては、ユーシス・クローディアのおかげだ。

 好きでもない者同士が付き合うと言うのも、思ったより悪くないことだった。

 ユーシスとクロエのベクトルは、一緒に居ながら、全然別の方向を向いていた。

 ユーシスはサラを忘れるため、クロエはアルファトスを忘れるため――利害関係の一致した、立派な契約関係だ。

 一緒に居て分かったことだが、ユーシスはかなり『人間』が出来ている。

 彼が女の子にモテモテなのも頷けるというものだ。

 ユーシスは辛抱強く、とことん優しい。クロエが何をしても、何を思っていても、何一つ否定せず、すべてを許容してくれる。

 何を言っても、何をしても全否定される、厳しすぎる両親の元で育ったクロエに取っては、目から鱗の世界だった。


 クロエは、ぜひともサラが、『この人』と結ばれるべきだとさえ思っているのだが、サラのエドガーへの七年越しの想いも分かっているので、それは、クロエにどうこう出来る話ではない。


「二人とも。いい加減仲直りしなよ」

 ユーシスがいつも通りの優しい声で言う。


「なによ、ユーシス。私たち、別に喧嘩なんかしてないし!」

 サラが昔と同じように、ユーシスに言い返す。


「何を勘違いしてるのか知らないけどね、私は、あなたたちのこと、心から応援してるんだから……!ユーシスも、ほんとに、あんたのことは見直した。クロエのこと、大事にしてあげなね」


「わざわざそんなこと、サラに言ってもらわなくても、僕はクロエのこと、心から愛してるから、心配いらないよ……!」

 ユーシスはニコニコしながらこれ見よがしに、クロエの肩を抱いて耳元にキスしながら言うのだった。


「やめて……もう……っ」

 クロエはさすがに恥ずかしすぎて、ユーシスを押し返した。


 エドガーは苦笑している。

「お前らなあ……サラとの関係を修復出来たことはめでたいが、クエストの間はイチャイチャするのは我慢しろ……さすがに目に余るぞ」


「い、いいじゃないですか、エドガー!お二人がラブラブなのは、私も嬉しい限りですよ」


 なぜか、チネはニヤニヤして喜んでいる。


 一行が向かっているのは、帝都郊外の町シヌエ近郊の平原だった。


「なんだっけ、今日の現場。屠殺鳥とさつちょう?」

 サラはクロエに尋ねる。


「うん。飛行能力はあるけど、物理の近距離攻撃しか持ってないから、全く難しい敵ではないわ。相手もこっちを攻撃するためには、空から降りてこないといけないから、その隙にエドガーかサラに倒してもらえばいい。攻撃力も大して高くないしね」


「でも、いっぱいいるんでしょ?飛行を持ってる小さいのがいっぱいって、結構めんどくさそう……」

 クロエの隣のユーシスが、警戒するような顔で言う。ユーシスはクエストとなると意外に慎重派なのだ。


「そう、だから、まあ、定石と言えば定石なんだけど、チネ。まず、貴女に“挑発“をお願いしたいと思ってる。私も、バフを掛けるなりして妨害するなりして、サポートするから。それで、チネを狙って降りてきた鳥たちをアタッカー二人に倒してもらう……どうかしら?」


 クロエが本日の作戦オペレーションをパーティー全員に伝える。


「了解です、リーダー!」

 チネは敬礼でもしそうな勢いで言った。

 相変わらずいつも一生懸命でかわいらしい女の子だ。





「う、うわ……何これ、イヤだ……っ」

 現場に近付くに連れ、異様な光景が目に付き始めた。サラは思わず顔をしかめた。

 平原に疎らに生えた木の枝に、カエル、トカゲ、鳥やネズミと言った小動物達が、突き刺されているのだ。

 干からびてしまったものも居れば、つい先ほど殺られたのか、辛うじて動いているものすら居る。


「大丈夫?クロエ……」

 クロエは真っ青な顔をしてユーシスにくっついていた。ユーシスはそんなクロエを気遣う口調で言う。

 氷姫の弱点だ。彼女はこう言ったグロテスクなものが苦手なのだ。


早贄はやにえってやつだな……。『屠殺鳥』と呼ばれる由縁だよ。こうやって突き刺しといて、後でゆっくり食べるんだろ」


 怖がるクロエの代わりに先頭を進みながら、エドガーが何でもないことのように言う。


「こんな光景が広がってるってことは、現場は近いってことだな」


「“探索“」

 クロエはまず、結界の綻びを探す。

 屠殺鳥がこんな人里に近い場所に大量発生しているのは、魔物を排除するはずの結界に綻びがあるからだ。

 まずはそれを探し出して、ユーシスに結界を張り直してもらわなければならない。


「こっちだわ」

 クロエは先に立って歩き出す。


「きた……っ!」

 サラは声を上げた。

 大量の屠殺鳥の襲来だ。

 たしかに、背中は平凡な茶色、腹は鮮やかなオレンジ――一匹一匹は手のひらほどの小鳥だ。だが、クチバシは鋭く、殺傷能力が高そうだ。

 サラはひとまずクロエを庇って刃を振るった。

 同じくアタッカーであるエドガーも、パーティーに近付く輩は焔で焼き殺していく。

 その間に、チネが呪文を詠唱した。


「“陽動作戦“」


 チネの小さな身体から褐色のオーラが四方へ放たれた。褐色の十八番、“挑発“の全体呪文だ。

 鳥達は、盾役である地術士チネに群がりはじめる。


榛摺はりずりの盾」

 すかさずチネは次の術を放つ。


 鳥達の細かな攻撃に対処する榛摺はりずり色の盾が、チネの小さな身体を護り始める。


「さすがね、チネ」

 サラは思わず呟く。七年生にとって、簡単な術ではない。学年トップの実力があるからこそ扱える術だ。


「チネ、ありがとう。それじゃあ、私とユーシスは、結界の修復に対処するから、みなさん、それまで、持ちこたえてください……!」


「了解……!」


 パーティーのリーダーであるクロエの言葉に応えて、サラは必死で恐ろしい小鳥達を一匹一匹屠っていった。数が多すぎる。

 小鳥はちまちま数が多く、素早いので、風術の刃で倒すのには向いていなかった。


「エドガー、これ、結構ヤバくない……?」


 サラは傍らで、やはり地術士のチネを庇いながら炎を放っている焔術士に声を掛けた。


「ああ、思ったより、数が多いな……」


「……っ!」

 庇いきれない攻撃が、サラの身体を傷付ける。肉を裂かれた場所から鮮血が滲み出す。

 攻撃力が思いのほか高いのだ。

 チネの盾はチネ自身を護るのに精一杯だ。


「前回の討伐クエストと言い、教師達は何を考えてるんだ……っ?七年生の手に負える案件じゃないぞ、こんなのは」

 いつも泰然としているはずのエドガーの声にも焦りがある。


「サラ、大丈夫か……っ?」

 サラはあっという間に傷だらけになっていた。流れ出した血液が制服を汚し、足元が滑りそうなぐらいだった。


「ぜんぜん……、大丈夫じゃないよ、こんなの……っ」

 サラは正直に弱音を吐く。

 特に、左脇腹に受けた傷が痛む。

 一つ一つは大した傷ではないが、もちろん物凄く痛いし、前衛で身体を張って戦わなければならない風術士に取って、痛みはパフォーマンスの低下に直結する。


「こんなのは、初めてだよ……」


 広範囲に炎を吐けるエドガーと違い、風術士はこういう細かい敵の襲来には向いていない。刃で一体一体倒していかなければならないのだから。

 でも、だからと言って、大きな呪力を消費する大技を使う気にもなれない。延々と湧き続ける鳥達の襲来に対処するのに、呪力は温存しておく必要がある。


「サラ、敵は挑発効果でチネしか襲わない。お前は下がっていろ……!」

 エドガーが鋭く言う。


「そう言う訳にも、いかないでしょう……!」

 サラは歯を食い縛って立ち続けた。

 チネの盾も、呪力を消費し続けている。

 相手の攻撃力が高ければ高いほど、そしてその数が多ければ多いほど、消費コストが高くなるのが地術の盾だ。

 鳥達を倒せるのはいま、アタッカーであるサラとエドガーしかいないのだ。ユーシス達が、結界を修復してくれるまで、何とか持ちこたえなければならない。


「ユーシスの言った通りね……。『飛行を持ってる小さいのがいっぱい』って、こんなに対処に苦労させられるなんて……これじゃあ、デカい神獣一匹の方が、よっぽど倒しやすいわ……」 

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