「なんだ、今日は一人なのか?」


 憧れの王子様にいきなり話し掛けられて、サラの心拍数は跳ね上がった。


「一人になりたいときもあるのよ……」

 サラは出来るだけぎこちなくならないように、慎重に答えた。

 エドガーはこともあろうに、食堂で一人で夕食を食べていたサラの向かいに座った。

 嘘でしょう。

 何の用事があって私なんかと差し向かいになろうと言うの。

 こんなことは、学院入学以来初めてのことだった。

 どうしても周りの目が気になってしまう。


「幼馴染みを、よりにもよって親友のクロエに取られて、寂しいんだろう?」

 エドガーは愉しそうに笑いながら言う。


「第三者から見たらそりゃ、完全にそう言う構図にしか見えないわよね」

 サラはテーブルの上の白身魚のソテーに目を落として、フォークでつつきながら答えた。


 自分でも、自分の気持ちが分からない。

 どうしてこんな気持ちをいつまでも消化できないでいるのだろう。

 ほんの数週間前まで、ユーシスのすることになんか、気にも留めてなかったと言うのに……。

 ユーシスの隣に並ぶのが自分だったらどうだっただろう、なんて、こともあろうに憧れのエド様の前で考えているなんて……。


 集中だ集中!憧れのエド様と二人きりのシチュエーションなんて、滅多にないことなのだから、目の前のこの人に、集中しなくちゃ!


 エドガー・エレンブルグは今日も変わらずカッコいい。

 深紅の呪力の主(あるじ)しか持ち得ない朱色の瞳。無造作な暗褐色の髪。

 夕食は食べ終わってからサラの元へ来たのか、手には飲み物だけを持っており、男の子らしい節ばった長い指が、カップを弄んでいる。


「ほんとに、変だなオマエ……。らしくないにも程があるぞ」

 エドガーは心配そうな顔でサラを見ている。


 優しいんだよね。いわゆるギャップ萌えなのよ。

 やんちゃそうな見た目なのに、意外に真面目――というかマトモだし、裏表のない、それこそ、主人公みたいな、頼りがいのある性格なのだから。

 いわゆる長男気質と言うやつだ。


 何もかもを、この人に打ち明けたい衝動に駆られる。

 自分はあなたのことが好き好きで堪らなくて、そのせいでユーシスが足を踏み外してしまって、放蕩の果てに、サラの憧れの存在で、サラの大好きな女の子――クロエ・カイルと、付き合うことになったなんて、打ち明けたくても、打ち明けられない。

 代わりにサラは、その長いお話の一端だけを口にした。


「クロエが、私と全然話してくれなくなっちゃったのは、正直少し寂しいかな……」

 クロエは、サラにだけは心を開いてくれていたと思っていたのに……。

 ユーシスと付き合うことになったと、報告してくれたあの日から、クロエとはほとんど口を聞いていない。

 気まずいと思われているのかな……。

 それが一番、淋しいかも。


「そんなお前に、朗報だ……!」

 エドガーは明るい口調で言った。


「な、なに……?」


 この人、もしかしてほんとに、私のことを慰めようとしてくれてる……?


「もうすぐ夏休みだろう?」


「う、うん……」

 サラは、ひとまず頷いた。

 もうすぐ定期考査で、それが終われば七年生も終わり。そして、長い夏休みが待っている。


「一緒に、旅行に行かないか?」


 サラは目が点になる。り、旅行……!?

 付き合ってもないのに、デートすらしたことないのに、いきなり旅行ですか……!?

 

「ちょっと長くなるからご実家の許可を取ってきてもらいたいんだが……、往復の移動時間も合わせて、一月弱ぐらいかな……」


 ご、ご実家の許可、ですと……!?

 エドガーは、サラの心臓が止まり掛けているのにも全く気が付かず、淡々と説明を続ける。


「アルバートの王太子様が、ご実家に一緒に帰らないかと誘ってくれてるんだ。お前も、一緒にどうだ?クロエ・カイルと、ユーシス・クローディアも誘って。我らがパーティーのリーダーと、優秀な聖術士だろう?アタッカーの俺と、チネと、リファール。いつものメンバーだよ」

 エドガーの声は、心なしか優しさを帯びている気がした。

「アルバートの王城だぞ。一国の城に宿泊させてもらえる機会なんて、またとない話だぞ」


「アルバートに……?」

 アルバートに、この人と……?

 サラは、心がときめくのを感じた。


「い、行く……っ!いくいく……!」

 サラは思わずはしゃいだような声を上げる。


「決まりだな。ちゃんと、ユーシスとクロエも誘っとけよ」


 うん、と力強く頷いた。

 すべてを、解決しようとしてくれてるのかな……。

 それとも、ほんとに何も、考えてないのかな……?


「やっと笑ったな」

 

「そ、そう……?」

 顔が、にやけるのを止められない。


「ぜんぜん笑ってなかったぞ、最近」


「そ、そうかな……?」

 たしかに、ここのところずっと、イライラしてたかもしれない。


「元気出せよ」

 エドガーはどこまでも淡々とした口調。


「元気、出たよ!」


 やっぱり、大好きだ……!

 感謝だ。この人の、明るさと優しさに。

 本人は計算なんてしてなさそうだし、深い意味なんてないのかもしれないけど、それでも今、この人のお陰で私は、最高に気分が晴れている。


 良い機会だ。

 もう一度、あの二人ともちゃんと向き合おう。

 私は、二人を応援するって。

 少なくともユーシスは、本気でクロエを幸せにしてあげようと思ってるみたいだし。

 これが応援してあげないで、どうするのよ!

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