「クロエ、サラが……!」


 ユーシスが緊迫した声を出す。

 クロエも頷いた。


「分かってる……私がみんなの元へ行くから、あなたは結界の修復に、専念して」

 ユーシスがいまだに、誰よりもサラのことを気に掛けていることになんて、クロエもとっくに気が付いている。

 サラを護るのは、自分の役目だ。


 屠殺鳥の群れと戦うチネ、サラ、エドガーの三人の姿を見たクロエは、愕然とした。

 状況は、思ったよりも悪い。

 敵の数が多すぎて、三人の術士では対処仕切れていないのだ。明らかに、キャパオーバーだ。


「チネ、呪力はまだ、残ってる?」

 クロエは、なるべく冷静な声に聞こえるよう努力して問いかけた。


「かなり、キツいです、リーダー。あと、数分もつかどうか……」


 そして、それよりも、サラの身体の損傷が酷い。


「サラ!命令よ。貴女は離脱しなさい……!」


 傷だらけになって、血を流している親友が、途方に暮れた顔でこちらを見ていた。

 クロエは頭の中ですばやく考える。

 これは……急いで学院に戻って、教師に救援を要請すべきだろうか……いや、とてもそれまでもつとは思えない。


 クロエが判断に迷っていた時、ふわりと、どこがで嗅(か)いだことのある懐かしい香りがした。


 胸が締め付けられる。


 蒼天の色を宿す至高のオーラを放ちながら、美しい獣の本性を宿す少年が立っていた。

 柔らかな銀髪を長く棚引かせて。


「助けにきたよ、クロエ」

 その青色の瞳が、黄金色の光を放っている。


「アルファトス……」

 クロエは美しいその名を呼んだ。


「なぜ、こんなところに……?」

 クロエは、ユーシスと付き合うことで、彼のことを、『あなたの助けは必要ない』と、きっぱり裏切ったと言うのに……。


 アルファトスは、とても哀しそうな顔をしていた。

「仕方がないことだとは、分かっているんだ。クロエは『人間』だ。人間の女の子が、人間の男の子と恋をするのは当たり前で、僕に、それをとやかく言うことは、出来ない」


 クロエは、胸を突かれた。

 目の前のアルファトスは、『神様の遣い』と言うよりは、人間の男の子そのものみたいに、哀しみに暮れた顔をしていた。

 そして同時に、クロエの胸に、深い後悔と、激しい羞恥心が首をもたげる。

 ユーシスと、下らない偽装恋愛なんか始めた理由は、自分を謀(たばか)った『神の遣い』への腹いせのつもりだった。

 ユーシスとこれ見よがしな恋愛ごっこをしていたら、『神の遣い』の怒りを買い、裏切者のクロエには、厳罰が下されるのではないかと思っていた。

 そしてクロエは、どこかでそれを、望んでいた。

 この人に罰せられるならば、本望だと。

 それなのに、目の前のアルファトスは、怒り狂うどころか、ただただ嘆き哀しんでいた。


「あなたは、『神様の遣い』ではないの……?」


「『神様の遣い』だよ」


 神様の遣いと言うのは、こんなに、人間らしい心を持っているものなのだろうか。

 クロエは、タカを括っていた。

 熾天使アヴァロンも、スフィンクスのアルファトスも、彼らは等しく人間を超越した存在なのだろうと。

 人間を、誑(たぶら)かしたり、嘲笑ったりするのが仕事で、きっと、人間相手に本気の恋愛をするつもりなんて、さらさらないのだろうと。


「私は、あなたに誑(たぶら)かされたものと思っていました。貴女は人間の乙女の、『身体』が目的なのだと……」

 クロエは正直に言った。

 純白の熾天使アヴァロンが言っていた言葉だ。

 くす……。

 アルファトスは、自嘲するように笑った。


「そう言われてしまえば、それまでだ。事実は、どちらにしても変わらないのだから。僕が本気で恋をしていようが、遊びだろうが、いずれにしても、貴女に取って、結果は同じことだろう?」

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